2.逃げたい娘、シェニーマ - b
2020 / 05 / 31 ( Sun )
「長く一緒にいるのですね」
「なのかな」
「他には?」

「背が高くて姿勢が良いの。顔はまあ、人目を惹くタイプじゃないけど、真剣な横顔がかっこいいというか……。普段おしゃべりとかしない方だけど、パパの言うことは絶対遵守、あたしにはお小言が多い感じ」話しながら、その姿を脳裏に思い浮かべていた。「朝ね、パパに結婚のことをまた言われて、ついちょっと声を荒げちゃったの」

 いつまで先方への返事を先延ばしにすればいいんだ、うやむやにするのも大概にしろ、みたいなことを言われて頭に血が上ったのをおぼえている。言い合いになり、シェニーマは廊下に飛び出たのだった。護衛は父の書斎のすぐ外で待機していた。
 すれ違いざまに腕を掴まれた時の感触を思い返し、無意識にそこをさすった。

「あいつ、『わがままを言うのはやめなさい』って。喧嘩の理由も知らないくせに、真っ先にパパの肩を持つんだ。ひっどいのよ」
 せっかくミスリアが楽しい話で気を紛らわせようとしてくれたのに、いつの間にか愚痴ばかりになってしまった。
「――ですね」

「いま何て?」
 前半が吐息混じりだったからか、返事がうまく聞き取れなかった。
「喧嘩別れのままでは、つらいですね。お父君とも、想い人とも」
「そんなこと」
 ない、と言い切れなかった。

 今生の別れになるのだろうか、あれが。何年も悶々と傍に居た者と、こんなにもあっさりと会えなくなるなど、ありえるのか。
 それに父は――母を亡くして長いのに、未だに後妻を娶るつもりはないと言い張る父は、独りになってしまうではないか。想像しただけで胸がぎゅっと締め付けられた気がした。

(逃げなきゃ。こんなんじゃダメだ)
 握り合わせた指先が震えている。ただでさえ暗い視界が、涙で歪んだ。
「助けに来てくれた時の様子を妄想してみたら、楽しいのではありませんか」
 鬱々とした思考に、やけに明るい声が切り込んできた。こんな時にどこまでものんきな!

「もう十分でしょ! ふざけないでよ」
 半ば反射のように怒鳴った。他人に当たるのは間違っているとわかっていても、止められなかった。
「ふざけていません。必要な――いえ、私のためだと思って、もうしばしお付き合いください」
 暗がりの中で、再び手を握られる。当たり前のように、温かい。

「……うまいね」
 そう呟いても、ミスリアは首を傾げるだけだった。とぼけているようには見えないが、この気の遣い方は計算なのか無意識なのか、やはり判別つかない。
 シェニーマはため息を漏らした。もうしばらく付き合うくらいいいだろう。

「助けに来てくれるかなぁ。けっこうひどいこと言ったんだ、朝」
「貴女を護るのが彼の役目であれば、どのような感情が間にあっても、来てくれますよ」
「役目、ね。あいつがあたしのためにしてくれることが全部、役目だからなんだって思うと、相当むなしいものがあるわ」

「むなしいと思うのでしたら、再会できた時に訊ねてみましょう。お役目がなくても大切に想ってくれますか、と」
「簡単に言ってくれるね!」何故だか、笑ってしまった。「でも、融通が利かない感じでね。へたすると正門叩いちゃうんじゃないかな。護衛なんだし、腕は立つ方だと思うんだけど、荒事に慣れてるかっていうと、あやしいわ」

「なるほど」
「ねえ。ミスリアこそ、助けに来てほしい人がいるんじゃない?」
 訊き返すと、彼女は虚を突かれたように、一拍の間黙り込んだ。やがて苦笑交じりに答える。
「来てほしいと言えばそうですね。いえ、おそらく私が何かをしてもしなくても来るでしょう」
「うわー! ねえどんなひと!? 根掘り葉掘り聞きたいわ」

「まず、正門を叩くようなひとではないですね」
 そう言った声音が驚くほどに優しくて、これは冗談でなく惚れこんでいるな――と、シェニーマが置かれた状況を忘れてはしゃぎそうになったところで、物音がした。
 恐ろしく近い。いつの間に接近していたのだと気付くと、体が凍り付いた。
 おい、と男の鋭いひと声が闇を切った。路地に現れたあの男のものだとすぐにわかった。

「もう一度確認する。シェニーマ・ウーデルハインツは、どっちだ」
「あたしよ」
「私です」
 今度は後れを取らなかった。隣のミスリアとほぼ同時に応答する。
 静寂があった。
 そして、男の手元に火が灯る。

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