24.b.
2013 / 07 / 07 ( Sun )

 朝、とある問いの答えを求めて聖地へ赴いた。
 聖地は最初に夢で視た通りの穏やかな場所だった。真っ白な綿雲に空は覆われ、草花は微風に吹かれて揺れる。野花の周りを蝶や蜂が元気に飛び回っている。

 四百年以上前――かつて聖獣が大陸を浄化する為に飛翔し、途中でこの岸壁を選んで休憩をしたと伝えられているのが、この地である。
 まさに偉大なる聖獣が降り立ち、丸一日の休眠を取ったらしいとされる崖に、ミスリアは向かっていた。

 空気は澄み渡り、聖気の暖かさとは異なる、何かの透明な存在感が周囲に満ちていた。
 ミスリアは五感を研ぎ澄ませて探した。一歩踏み出すごとに、僅かな変化でも感じ取れるように努めた。けれども未だに問いの答えに近づけそうにない。

 昨夜、ミスリアにその問いを課したのは教皇猊下だった――

「聖女ミスリア、我々が何故聖地を巡るのか、わかりますか?」
「聖獣様の安眠の地へ辿り着けるよう、繋ぎ合わせるべき情報を得る為ですよね、猊下」
「ええ。その認識に間違いはありません。教団でもそのように教えているのでしょう。ですが、言い方に多少の語弊があるかもしれませんね」

「語弊ですか?」
「情報がどのような形をしているものと考えますか? 地図の中の隠し文字、秘術によって作り上げられた迷路のような道……そういったカラクリや仕掛けによって偽の情報の中に真実の断片が隠され、ばら撒かれていると学びましたか?」

「はい。教団ではそのように……」
「確かにそれらもまた、実在するものです。ですが、その実、聖人・聖女であればそんな方法に頼る必要はありませんし、わざわざ聖地を訪れる理由にはなりません。『聖地を巡れ』以外の指示は受けていないでしょう?」

 言われてみれば、そうだった。
 聖地のどこに次に向かうべき場所の手がかりがあるのか、まったく聞いていない。教会の人が知っているのか、書物を調べればいいのか、詳しい指示は受けていない。

 そもそも旅に出る聖人・聖女が皆誰しも他の誰かと道のりが重ならないと言われているのが妙である。
 真実の情報を探す使命が共通し、それを見つける方法――対象に祈りを捧げ、水晶で照らす――までもが同じなら、少なくとも何人かは似た軌跡を辿るはずだ。

 ミスリアはこれまでに教えられた以上の真実に思いを馳せたことは無かった。
 ただ漠然と、偶然の働きで誰も同じ行路を辿ることが無いのだと思っていたし、よくわからない点は実際に聖地を巡礼してみれば明らかになるだろうと想像していた。
 なら聖地で得る情報とは本当は何か、と訊ね返すと、猊下はやはりこう答えた。

「まずは行ってみることです。こればかりは、誰かに伝え聞いただけでは理解が及ばないでしょうから」
 ――したがって、ミスリアは一人で崖上の草原に立つことになった。

 背後、かなり離れた位置にゲズゥがどこかの樹に寄り添って様子を見ている。
 彼はナキロスの神父と教皇猊下に絶対に聖地に踏み入れないよう言い聞かせられていた。理由は、魂の穢れた者が聖地に与えるであろう影響を怖れてのこと。聖女であるミスリアとて、入念に身を清めた。

 そして何が起きてもミスリアが自力で戻ってくるまで決して手を出してはいけない、と猊下はきつく言った。

(何も起こらないまま岩壁の先端まで来てしまったわ)
 足元に注意を払いつつ、ミスリアは崖下の川を見下ろした。なんて澄んだ水だろうと思う。

 瞬間、全身に何か強烈なエネルギーが流れ、髪の一本一本までもが浮上した――ように感じられた。次いで心の内にとてつもない重圧を感じた。
 今までの人生経験の中で、この重圧に一番近かったのは魔物と魂を繋いだ時だ。最近だと、ゲズゥの故郷で彼の母だった魔物の記憶を覗いたのがいい例である。

(でも……もう一つの、感覚は――聖気……!?)
 普段、自分が展開している聖気や他者から受けたことのある聖気とは比べ物にならないほどの強い力と流れである。

 ふいに映像が脳内に浮かんだ。

(谷? 城……塔? 山、と泉……)
 同時にいくつものぼやけた映像が重なったため自信は無い。どの場所も、これといった特徴を読み取れなかったので認識できなかった。
 そうしてその後に、廃城のイメージを視たのだった――。

 ミスリアがひととおり話し終えると、一同は教会の一室に移動していた。小さな会議室である。

「私が視たのは黒ずんだ崩れた廃城でした。堀があって、死体の積み重なった……。でもそんな場所は、現在保護されている二十九の聖地にありませんよね」
 一連の出来事を思い出しながら、次の聖地の手がかりをビジョンとして視ることが情報を得る方法では、とこっそり仮定を立てていた。だが、あのイメージの性質を思えば、これは見当外れだったのではないかとミスリアには思えてきた。

「ありますよ」
「え?」
 あまりにあっさりと否定されたので、思わず頓狂な声が出た。
「貴女が視たのは、今とは時を同じくしない聖地の姿です。ディーナジャーヤ国のクシェイヌ城ですね」
 教皇猊下はへにゃりと笑った。

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15:44:05 | 小説 | コメント(0) | page top↑
小説書きさんを問い詰めるバトン
2013 / 07 / 06 ( Sat )
サイトの方の相互リンク様 http://einbidung.web.fc2.com/ からバトン拾いました。
結構楽しかったですん

薄いですが、ネタバレかもしれない話を含みます(8番)。
続きからどーぞー


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01:45:22 | 余談 | コメント(0) | page top↑
24.a.
2013 / 07 / 05 ( Fri )

 赤黒い空を背景に、見覚えの無い古城を見上げていた。むしろ、廃城か荒城と呼んだ方が似合うような歪な形である。
 人の気配はない。烏の鳴き声を除けば完全な静謐が辺りに流れていた。

 城の端にある瓦礫の山にて数羽の烏が戯れ、城の壁は蔦に覆われている。どこからか腐臭が漂っている気がした。烏たちが突付いているのは或いは何かの骸であるのかもしれない。

 瘴気が周囲に充満しているのは明らかだ。ならば、此処は忌み地だろうか。
 低い丘の上で、堀に囲まれた黒ずんだ城。これまでに見てきた絵画や記録を思い返しても、これに該当するものは無かった。

 ――それにしても、おかしい。
 自分はいつの間にこんな、まるで記憶に無いような地を訪れたのか。これより以前に何をしていたのか、どうやっても思い出せなかった。

「もしかして夢?」
 その言葉が舌を転がり落ちた途端、何かが足首を強く圧迫した。
「ひっ」
 ひどく冷たい感触に全身が鳥肌立った。

 鋭く足元を睨むと、そこには頭部の右半分がごっそり欠けた人間らしきモノが這っていた。
 恐怖とおぞましさで声が出なかった。魔物、だろうか。生死をさ迷う人間、だろうか。
 思わず、自由な方の足でソレを蹴った。足首にかかった力が弱まると、そこから逃げ出した。

 しかしあろうことか自分は古城に向かって走り出していた。間違った判断だと頭の中ではわかっているのに、どうしてか体が方向転換できない。
 かろうじて堀の前で停止した。

 すぐに吐き気を催した。
 堀の中は、腐敗した人の屍骸でぎゅうぎゅう詰めになっていた。

(夢なら今すぐ覚めて――!)
 心の中の叫びに応えてのことなのか、世界がフッと消えて別のものに入れ替わった。同時に意識から何かが抜け落ちたような、切り離されたような、妙な手応えを感じた。

 掌に触れる感触はひんやりとしていて柔らかい。視界の半分は緑色に輝いている。この匂い、草だ。
 目に映る空はやはり赤いけれど、つい今まで見上げていた重苦しい色ではなく、茜と薄紫が入り混じった優しげな模様である。これは夕暮れ時の色。

 どうやら夢の中と違って現実では自分は横たわっているらしい。
 ゆっくり身を起こすと、目に見える世界を野原が満たした。

「聖女ミスリア。気が付きましたか」
 離れた場所から、柔らかい声が響いてきた。気遣い、慈しむ声音である。
「あの……此処はどこで、私は……」
 だれ、と問いそうになって、やめた。

(ミスリア……そう、だわ。私はミスリア・ノイラート。教団に属する聖女)
 自分が身にまとっているのは聖女の着る純白の衣装で間違いなかった。
 そこまではわかる。が、そこからが曖昧にしか思い出せない。

 呼びかけてきた声の主は両手を組み合わせた丁寧な立ち振る舞いで、微笑んだ。
 真っ直ぐな黄金色の長髪が風にそよいでいる。男性だとは思うけれど、小柄で華奢な体型だった。ぼんやりとしか姿が確認できないほどに、その人は離れた位置に佇んでいる。

「では、私が誰だかわかりますか?」
 彼はミスリアの問いかけには答えずに別の質問を返した。
「……私にとって身近な方でしょうか」
 失礼な物言いと思いながらも、ミスリアはそのようにしか返せなかった。見知った人間であることは薄っすらと感じられる。

「いいえ。あまりよく知らないかもしれません。困りましたね」
 金髪の男性は隣に立つ別の男性を振り仰いだ。裾の長い黒装束は、司祭の位を持つ者が着る正装に見えた。こちらの司祭の人は金髪の男性以上に、ミスリアには知らない人に思えた。

(ところでどうして彼らはあんなに離れているのかしら)
 助け起こして欲しいとまでは思わなくても、この距離の取り方は不自然に思えた。

 二人の更に後ろに、もう一人男性が立っていた。
 遠目にも長身とわかる、黒髪の青年だ。両腕を組んで静止している。

「ゲズゥ!」
 より自分にとって身近な人間の姿を認めて、ミスリアの脳は冴え渡った。
 思い出した。

(私は巡礼の旅をしている。そして、最初の聖地である岸壁の上の教会を訪れた)
 でも、それならどうしてあんな不吉なイメージを見たのだろう?
 聖地とはいったい何であったのか――

 前触れもなく息が苦しくなった。襟元を片手で押さえ込む。
 ひとつの想いが、目的が、全身を占め付けていく。他のことを考えようとすれば頭が激痛を訴えた。
 ――行かなければ! あの地へ! 直ちに! 行くのだ!

「聖女ミスリア」
 力強い、澄んだ声に、ミスリアはハッとした。
「落ち着いて。まずはこちらにおいでなさい。一緒に順を追って、思い出して行きましょう。あなたが経験した一切を」

「げい……か……」
 尚も混乱する心を落ち着けて、何とか立ち上がった。ゲズゥが、身動き取らずにじっとこちらの動向を見守っている。
 はい、と声を絞り出して、ようやくミスリアは三人に向かって一歩踏み出した。

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11:50:51 | 小説 | コメント(0) | page top↑
びゅーん
2013 / 07 / 02 ( Tue )
今晩は実家に帰ります。
飛行機二時間の旅~

希望としては明日か明後日の内に次話を更新したいところです。
パツキン教皇さま(腹黒疑惑)の出番あるよ☆ <需要あるのか果てしなく謎ですが。

彼の護衛の兄弟は多分二人がかりでかかればゲズゥも苦戦するレベルに強いです。
おそらく連携の巧い人らです。



ヨンフェもラノグもあんまり出番は無いですが、気に入ってます。
ナキロスの町だけで番外編いくつか書けそうな勢いですね。

あくまで本編に集中したい私ですが、なんか世界観が発達しすぎてきたような……
勿論どっぷりはまれる世界を創りたくて書いてますが。


このままでは完結した後もこの世界で遊んでいたくなるかも……。

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23:37:47 | 挨拶 | コメント(0) | page top↑
23 あとがき
2013 / 06 / 29 ( Sat )
Mm...おまたせしました、23終了です。
なんとか7月になる前に終わらせられましたOrz


最近眼精疲労がぱねぇです。
もうやだ山に引っ越して手書きで小説を続けるしかない……。


ではつづきへどうぞん。

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06:21:17 | 挨拶 | コメント(0) | page top↑
23.g.
2013 / 06 / 29 ( Sat )
賊であった以上、人を恐喝した事も、拷問にかけた事も、殺した事もあるはずだ。生きる為だったとしても、世間が認める道徳に反しているのは事実である。何より、穢れた手で家族に触れていいものか迷う気持ちは、ゲズゥには自分の事のようによくわかった。自分がソレをするのはどうでもよくても、大事な人に伝染させたくはない。

「知った時にどう反応するのか、それが怖いんだよ。臆病者で情けないだろ?」
 紫色の双眸が映し出す哀しみは深い。
 その問いに、少女はぶんぶんと頭を振って否定した。

「そんなことありません。過程がどうであれ、貴方は危険を冒して行動に移しました。大切な人と再会できた今では、それを『遅すぎる』と批判できる人はいないはずです。彼女にすべてを打ち明けるのが正しいのかどうかまでは私にはわかりませんけど……」
 語尾に向けて声が沈んでいく。

「でも、イトゥ=エンキさんがお姉さんの心の動きを恐れるのは人として当然のことだと思います。情けなくなんてありません」
「はは、ありがと。気休めでも嬉しい」
 エンがミスリアの頭を優しく撫でると、ミスリアは益々複雑そうな顔をした。エンはミスリアから手を放した後はまた片手をポケットに突っ込んだ。

「……それはそうと、いい加減、謝りに行くかな」
 時計塔の方角を見上げてエンは呟いた。
「多分、夕飯時にでもまた会うだろ。じゃーなー」
 既に踵を返し手を振るエンに対してゲズゥは「ああ」と答え、ミスリアは「頑張って下さい!」と答える。

 人混みに溶けて消える後ろ姿を見送った後、ゲズゥとミスリアは町の散策を再開した。
 目に映る景色や道を記憶の内に刻みながら、二人は歩を進める。

「お昼、どうします?」
 先を歩いていたミスリアが、振り返って訊ねた。言われてみれば、いつの間にか胃袋が空洞と化していた。
「食えれば何でもいい」

「ではあちらに見えるカフェで――」
 道の向かい側を通る小さな集団を目に入れて、ミスリアは露骨に後退った。そして恐怖に鋭く息を呑んだ。

「え? な、何か問題が?」
 向かい側を歩く男がこちらに気付いて、困惑している。だが少女の目が釘付けになっていたのは人間の方ではなかった。

 三頭の山羊だ。
 黒い毛皮のそれらは縄でできた首輪によって繋がれ、まるで飼い主の男に散歩をさせられているようにも見えた。実際は、男は山羊たちを売る為に移動させているのだろう。

「何でもない」
 顔面蒼白で硬直したミスリアに代わってゲズゥが口を開いた。強引にミスリアの腕を引いて歩かせる。面倒臭い状況に発展しないようにさっさとその場を去った。
 カフェまでの間、ミスリアは唇を噛み締めたまま何も言わない。何か苦々しい思い出に囚われている――山羊から連想できる、何か。

 ユリャン山脈付近の集落。
 瞬時に脳裏に浮かんだのは、無残に殺された赤い髪の少女。そう、その晩に襲ってきた異形どもは、身体の一部が山羊と羊の姿に似ていたのだ。

 確かにあれは楽な退治ではなかったし、犠牲者も出た。
 だが過ぎた事だ。トラウマという形で精神に影響を残していてはいずれ先に進めなくなるのも必至。普通に生活しているならいざ知らず、ミスリアは大きな目的を抱いて旅をしている聖女だ。

 こんな調子で本当に聖獣まで辿り着けるのか。
 ゲズゥがそれを思い悩むのおかしいが、多少の疑念が沸いた。

_______

 ドタバタと走り回る七、八人の子供の渦中に、探し人は立っていた。ここは教会の二階にある、いわゆる「子供部屋」である。床には木馬や人形などのおもちゃが散りばめられている。

「こら! 土足で部屋上がっちゃだめだっていつも言ってるでしょ! 言うこと聞かないと今日はご飯抜きにするわよ!」
 腕に三歳くらいの子を抱くその女性は周囲の子供たちに怒気を放った。
「うっそだあ」
 子供たちは聞く耳持たない。

「いいわ。人間は三日くらい食べなくても、平気だものね。悪い子たちには緑期日まで何も食べさせるなって、皆に言っておくから」
「ええー。ヨン姉ひどいっ」
「わかったら靴脱いで! それと、食事の前はちゃんと手を洗うのよ」
 はーい、と誰もが合唱する中、一人だけ部屋を飛び出す少年が居た。

「やなこった!」
「あ、待ちなさい――」
 そこで更に説教を畳み掛けたかっただろうに、腕の中の子供が泣きだしたため、ヨンフェ=ジーディはあやす方に意識を集中した。

(ふむ。手を貸すか)
 さっきから廊下で静観していただけのイトゥ=エンキは、逃げ行く少年の足を引っ掛けた。少年は、どてん、と大きな音を立てて転んだ。我ながら単純な手段だ。

「なにすんだよっ」
 転ばされた少年はイトゥ=エンキの足に殴りかかる。
「まーまー。ご飯三日も抜かれんのはマジでやばい。悪い事言わんから従っとけって、な」
 イトゥ=エンキは少年を楽々と腕に抱えて、子供部屋に返す。抱えている間も何かと殴られたり蹴られたりしたが、気にならなかった。

 下ろされた少年はふてくされながらも、他の子たちに合わせて靴を脱ぐ。皆はその後は部屋の片隅の水瓶に向かっていく。
 ヨンフェ=ジーディのブルー・ヘーゼル色の瞳が、静かにイトゥ=エンキを見つめていた。彼女の肩に寄りかかる幼児は、眠そうな顔で親指をくわえている。

「…………えーと、ただいま」
 なんとまあ、気まずい。ひとまず何か言おうと思って、無難な言葉を選んだ。今笑っていいものか自信が無いので、自分でもよくわからない顔になっている気がする。

「お帰りなさい」姉は眉根を寄せたが、応じてくれた。「言いたいことはたくさんあるけど。……お昼もう食べた?」
「や、まだ」
「作り置きで良ければ、温めるわ」
「ん。じゃーもらう」
 ありがと、と小さく追加しておくと、ヨンフェ=ジーディは何も言わずに微笑んだ。

 締め付けられる想いがした。
 痛いのは喉なのか胸なのか、とにかく息が詰まった。微笑みを返そうにも顔の筋肉が言うことを聞かない。
 一体それをどれ程の間、切望したことか。

 彼女の笑顔を最後に見たのが何十年も前だった感覚がある。泣き顔ばかりが浮かんで、笑った顔を忘れてしまうのが怖くて、洞窟の闇の中で幾度と無く思い出した。おかげで思い出は薄れても、消えはしなかった。

 もう二度と見られないと思っていた。
 それを言うなら、二度と声を聞くことも、手を握ることも、叱られることもできないと思っていた。
 今更、生きて再会できたのだという実感が全身を駆け抜けた。同時に、紋様がじわじわと広がっているのがわかる。

 ――会いたかったよ、ヨン姉。

 そう伝えるのは、後の機会に取って置こう。これからゆっくりと、色々な話をしていけばいい。今はまだ話せないことも、いつかは――。
 顎を引いて、くくっと喉を鳴らして笑う。

「どうしたの」
 心配そうな声がかかる。
「あー、いや」
 顔を上げた時にはもう、イトゥ=エンキはいつもの人を食ったような笑みを浮かべていた。紋様の広がりも引いている。

「アイツら、下まで連れてくんだよな。手伝うぜ」
「え? うんそうだけど……いいの?」
 首を傾げたヨンフェ=ジーディは、どこか嬉しそうだった。

「もたもたすんなよ、ガキどもー」
 ユリャンでもたまに子供の相手をすることはあった。イトゥ=エンキは嬉々として群れに混じった。
「おにいちゃんだれ?」
「さあ、ちゃんと二十まで数えて手を洗ったら教えてやるよ。ほら、せっけん」
「あーい」
 少女が石鹸の欠片をイトゥ=エンキから受け取る。

(ま、今はこれでいっか)
 まだ考慮しなければならない問題は多くあったが、これからどうすればいいのかの決断は先延ばしにしても大丈夫だろう。急ぐ必要は無かった。
 どうせもう、他に行きたい場所も会いたい人も居ないのだから。

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04:43:45 | 小説 | コメント(0) | page top↑
23.f.
2013 / 06 / 26 ( Wed )
「めざといな、お前」気まずい空気をかもし出すことなく、エンはけらけらと笑った。「別にコレは理由の内じゃねーけど。見られたくないのは違いないな」
 奴が手首を翻し、傷痕は視界から消えた。
「そうか」
 とだけ、ゲズゥは返した。

 花壇から目線を移したミスリアが、大きな目を瞬かせている。
 暫時の沈黙が流れた。
 往来の人々はゲズゥらに関心を示すことなく、忙しなく通り過ぎている。水瓶を頭に乗せた女がすれ違いざまに一瞬だけこちらをチラリと見たが、それだけだった。

 ミスリアがゆっくりと立ち上がる。茶色の瞳はエンをしっかりと捉えていた。ところが、次いで発せられた言葉は心もとない。

「あ、あの、私にできることがあれば言ってください。古い傷を治すのは難しいんですけど、精一杯頑張りますから……」
 オロオロとかける言葉に困るその様を、ゲズゥは今までに幾度も見てきた。

 相手を気遣いたい気持ちを持て余し、どう言ってあげるのが一番いいのかわかりかねているのだ。それを「できることがあれば」の言葉に包む事で、何より相手を尊重したいという意思を示している。「お前にできることは無い」と相手がそう断じれば、大人しく従うだろう。
 押し付けがましくない分、そういった想いが純粋に届くこともある。

 エンは最初、驚いたようだった。次には、朗らかに笑った。

「……嬢ちゃんはホントお人よしだなぁ。そんなんじゃ早死にしそうでこえーよ。誰も彼も助けようとして、疲れないか?」
 ゲズゥも何度か抱いてきた疑問である。今となっては、この娘の根本を成す性質だと受け入れて諦めている。

「私……私たちは、何度も貴方に助けられていますから。信頼に値する人物だと思ってます」
「カワイイこと言うじゃん」
「はい?」

 次の瞬間、エンは大股でミスリアに近付いた。長身の男は少女を両手でひょいっと抱き上げ、子供に高い高いをするように空に放った。

「きゃあ! イトゥ=エンキさん!? 何するんですか、やめ、やめてください!?」
「ははははは」
 エンは笑うだけで取り合わない。

 きゃあきゃあ喚く少女を、道行く人々は好奇の目で見る。あらまあ仲良いのねー、と口元に手を当ててくすくす笑う女も居た。
 あまり長引くと不審者だと勘違いされないだろうか。ゲズゥはふとそんなことを考えた。

 少なくともミスリアに害が及ぶ予感は全くしないので、手を出さないでいる。
 が、助けを求める目がこちらを向いた。タイミングを同じくして、エンはくるりと身体を巡らせた。

「ほれ、パス」
 宙に飛ばされ、ミスリアが小さな悲鳴を上げる。
 ゲズゥは飛んできた華奢な身体を素早く受け止め、地に下ろしてやった。
 若干目を回しているのか、ミスリアはぼんやりとしていた。

「ごめんなさいっ」
 我に返ると、すぐにゲズゥの腕から逃れた。何を謝ったのかは謎である。
「オレ妹欲しかったなー。来たのは姉だったけど」
 エンは両腕を組んで、悪びれずに言う。

「……来た、ですか? やはり血は繋がっていないのですね」
「わかったか。っていうか全然似てないだろ? ヨン姉は父さんがこの町まで遠出に行ったある時、連れて帰ってきた孤児だよ」
「そうだったんですか」
「そ。たまたま同族だからか感情移入しちゃって、教会から引き取ったってさ」

 それを聞いて、ゲズゥは色々と納得した。生き別れた後の姉の消息を、元々彼女と縁の深い教会なら何かわかるだろうと考えたのはそういうことか――。
 そして、十五年前にあの女やエンが味わったであろう絶望をなんとなく想像して、冷風が吹いたような錯覚を一瞬覚えた。

「イトゥ=エンキさんは、どうしてお姉さんを避けるんですか? 会いたかったのでしょう……?」
 少女の澄んだ声が静かに問うた。どこか、陰を内包した声だった。
「そりゃあ……ヨン姉は十五年前までのオレしか知らないんだよ」
 ミスリアの様子に気付いたとしても、エンもやはり静かに答えた。

「……? 必然的にそうなりますね」
「つまり。これまでに何処でどうやって、何をして生きてきたのか、知らないワケだ」

 即時にゲズゥは理解した。
 隣のミスリアも、エンとの最初の出会いやユリャン山脈を思い出したのだろう。今にも泣き出しそうな顔をしていた。

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00:10:05 | 小説 | コメント(0) | page top↑
夢のできごと
2013 / 06 / 24 ( Mon )
そういや今朝、夢にミスリアとゲズゥが現れました。

自キャラが夢に出るのはたまにあることなんですが、この二人は何気に初めてかも……? いやブログの過去ログ読めば他にもあったりしてw?

ストーリーの方はというと。

何かの戦いか場所の副作用で紫外線(?)を多く受けてしまったミスリアが、ブレスみたいなデジタルなアイテム(時代錯誤・笑)で体内の危険度の数値を確かめていて。減ったと思って安心してたらぐっと急上昇して、死から逃れられないという事実が発覚して。その様子を傍で一緒に眺めているゲズゥが、顔には出さないけど心のうちで動揺・焦りを募らせるという話。


謎。

本編とはまるで関係が無い夢の中でのできごとでした、まる

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23:11:08 | 余談 | コメント(0) | page top↑
ないないづくし
2013 / 06 / 22 ( Sat )
時間が足りないというよりもう人生が足りないです。
あと三回くらい生きられたらやりたいことやりつくせるかも……無理ですかね。

私は多分運よく100歳まで生きられたとしても「来月の○○が楽しみでまだ死ねない!」とか言いそうな。それまでに興味の有るものが減ればいいんだけど。まあ、体力落ちすぎてそれどころではない可能性もありますね。

せめて一日の9時間ほどを仕事して過ごせなくても良かったら――

って、仕事も好きなんですけどね!!!




人物紹介と地名紹介ちょっと付け足しました。
ぶっちゃけアルシュント大陸はカリフォルニア型だと思ってます、はい。
そろそろ地図描かないといけないくらい混雑してきたかしら……


余談。この曲にはまってます→
http://www.youtube.com/watch?v=9XT72VAk1M0

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00:33:34 | 挨拶 | コメント(0) | page top↑
23.e.
2013 / 06 / 21 ( Fri )
 いくら何でも気前が良すぎる。そう思ったが、口には出さなかった。こちらにとって都合が良いのだから敢えて不平を言うのもおかしい。

「そんな――」ミスリアは何かを言いかけて顔を伏せた。
 逡巡してから、再び顔を上げる。
「教団との協力関係への感謝……そして代わりに、巡礼を必ず成功させて欲しいとの期待を込めてのことでしょうか」

「……町の偉いさんの考えはわからんよ。わしらが聖女様の成功を願ってるのは間違いないがね。とにかく気にせんでくれい」
 職人は分厚い手で帽子を被りなおした。屈託の無い笑顔が印象的である。

「わかりました。ご厚意、有り難く頂戴します」
 ミスリアが返したのは、民の期待を一身に背負った聖女に相応しい、使命感と誇りに溢れた微笑みだった。
 鍛冶屋の師弟は反射的に手を合わせて頭を下げる。傍らではエンが物珍しげな顔つきをしていた。

「あ、でもそっちの兄ちゃんは何かして欲しいなら払わないといかんぞ。すまんな」
 職人が祈祷の姿勢から顔を上げる。
「当然だな」名指されたエンはまったく気を悪くした素振りを見せずに笑った。「で、それなんだけどー」

 エンは腰の鉄鎖を外し、先端についている細い三又(みつまた)のフックを掌に乗せた。フックは鋭いものではないらしく、鎖を何かに巻き付ける時の滑り止めに見えた。
 歯の二本が歪に折れ曲がっている。

「む。ぼきっといっちゃってるのう」
「いっそ直さずに取り替えてみては? 確か武器屋に似たものの完成品が置いてあるはずです」
「それが良いな」
 職人は己の弟子の提案に首肯した。

「大剣は預けてもらえんかね。ちょうど今、手が空いててな。ちょっと向こうで時間潰してくれればその間に修理するぞ」
「できれば鞘も頼もうと思っていた」
 ゲズゥは大剣を両手に乗せ、差し出す形で応じる。

「あぁ、なるほど。だったら合わせて数日かかるな。とりあえず代わりになる得物を武器屋から借りるといいぞい」
 職人が剣を受け取った。
 ゲズゥはミスリアを見下ろした――この町で何日を過ごす気でいたのか知らないが、一応同意を得る必要はあるだろう。少女は小さく頷きを返した。

「どうか私からもお願いします」
「うむ。この形だと剣を『引き抜く』タイプの鞘じゃダメだな……二つの面を合わせて留め金付けるのがいいじゃろう。それで後ろ手に外せれば……」
 ブツブツと職人はひとりごちる。やがて、弟子の方も案を挙げていく。

「形はお前らに任せる」
 二人の会話を遮るようにしてゲズゥは言った。彼は鞘の質にはこだわっていなかった。
 それに、こういったものは玄人の考えに従うのが一番だ。この二人ならおそらく大丈夫だろう。工房の壁や床など至る所に積まれているさまざまな鉄器の試作品を見るに、腕は確かなようだった。
「おう、任せとけい」

「では後で教会でお会いしましょう」
「はい。案内ありがとうございました、ラノグさん」
 簡単な別れの挨拶を交わしてからゲズゥたち三人は工房を後にした。
 来た道を辿ると、坂を上ってすぐそこに武器屋があった。

 品揃えはそこそこ良かった。ゲズゥは隠し持てるタイプのナイフと予備の短剣を新調し、ついでに曲刀を借りた。際立った特徴の無い、一般的な曲刀である。
 ミスリアにも何かしら持たせた方がいいのか迷ったが、使いこなせないのならかえって危険だと考えて、止めた。

 エンは鉄鎖に付ける新しいフック、直刀、そして黒革の手袋を買っていた。指の第二関節までの長さの、指先が空いた手袋である。

「ふー、いい買い物したな」 
「私も何か買ってみたかったです」
「や、別にいーんじゃねーの、嬢ちゃんはそのまんまで」
「そう思いますか?」

 昼も近い頃、三人はぶらぶらと町をふらついていた。ふいに小さな花壇の前でミスリアがしゃがみこんで、鮮やかな色の蝶を見つめる。
 ゲズゥはその姿を背後からぼうっと観察していた。一眠りしたくなるようないい天気である。
 
 その時、何か気になるものが目の端を過ぎった。首を振り向くと、横でエンが手袋を付けたり外したりと調整をしている。
 奴の手首の内側、黒い革が途切れるすぐ下。そこにミミズが這うような皮膚の盛り上がりがあった。

 ――あれは……いつも手をポケットに入れているからあまり気付かないが、そういえばごくたまにチラリと目に入ることがあった――。
 他人の事情に関与しない主義のゲズゥは、これまでは無視し続けていたのに、何故かその時声を出さずにいられなかった。

「……エン」
「んあ?」
「お前がやたらと姉を避けるのは、その傷痕を見られたくないからか」
 治った痕を見る限り、それはためらい傷と呼ぶにはあまりに深かった。死ぬつもりだったというより、まさに死にかけたのかもしれない。

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13:20:30 | 小説 | コメント(0) | page top↑
23.d.
2013 / 06 / 13 ( Thu )
 どうして人混みに揉まれていたのか、向かう場所があったのかそれともふらふらと目的地も無く暇を潰していたのか。訊ける前に彼の方が先に問いを振った。

「どっか行くん?」
「鍛冶工房と武器屋」
 これにはゲズゥが答えた。
「マジでー、いいなソレ。オレも行く」
「あの! その前にちょっと」
 ミスリアは思わず声を上げた。この流れのままに進む前に、伝えるべきことがある。

「ヨンフェ=ジーディが探していましたよ。血相を変えていたと言ってもいいでしょう」
 その先を、戻ってきたラノグが告げた。心なしか責めるような声音だった。
「へえ。そりゃ悪いことしたな、後で謝っとくよ」
 対するイトゥ=エンキは含みのある笑みを作った。紫色の双眸を明らかな拒絶の光が過ぎる。まるで「身内の問題に他人が口出しするな」とでも言いたげだ。

「……なら、いいのですが」
 ラノグは食い下がらず、むしろ気圧されたように僅かにたじろいだ。
「で、武器屋に行くんだって? オレも連れてってくれよ」
 打って変わって、イトゥ=エンキの雰囲気が明るくなった。束の間張り詰めてた空気が和らぐ。
「…………そうですね。この道です。ついてきてください」
 まだ何か言いたげな、複雑そうな表情を浮かべつつも、ラノグは一同を先導した。

_______

 南端に並ぶ店の背後。緑茂る坂を下りた先に、一軒だけ建物がポツリと建っていた。
 街から少し離れているのはおそらくはあの煙突から上るおびただしい煙が人の迷惑にならない為だろう、とゲズゥ・スディルは考える。
 灰銀色の屋根とベージュ色に塗られたレンガは薄汚れ、街中の建物より全体的に華やかさで劣る外観だが、二階建てで広そうではある。

 ハンマーが何かを叩く音が外にまで響いている。
 これでは扉にノックをしたところで聞こえやしない、ということで全員はそのまま入口から入った。鍵はかかっていなかった。
 工房の中心にて鉄を鍛える初老の男がいる。

「師匠、おはようございます! 昼前に起きてらっしゃるなんて珍しいですね!」
「おう、ラノグか。よく来たな。死んだ女房に怒鳴り散らされる夢見て、目が早く覚めただけじゃい」
 ハンマーを下ろす手を止め、鍛冶職人は前歯の抜けた笑みを返した。その背後で、加熱炉の炎が激しく燃えている。おかげで屋内の温度はなかなかに高かった。

「んで? 客か、さっさと紹介せんか、バカ弟子」
「バカは余計です。えーと、こちらが巡礼の聖女様と護衛の方。こちらは……」弟子の男はエンに顔を向けて、口ごもった。「お二人と一緒に来た方で、まあヨンフェ=ジーディの弟さん? だそうですけど……?」
「ほお」

「よろしくお願いします。ミスリア・ノイラートと申します。それから、私の旅の護衛のスディル氏です」
 スカートを広げる礼と共にミスリアは自己紹介をした。隣でゲズゥは特に何もしなかった。
「どーも。オレはイトゥ=エンキってんだけど、ヨロシク」
 エンは片手をポケットに突っ込んだまま、空いた片手を振った。

「ほお、ほほお。聖女様、しかも可愛いお嬢さんは大歓迎だ。よろしくよろしく。にしてもそっちの兄ちゃんは顔にすごい刺青じゃな」
 長いあごひげを撫でながら、値踏みする目で鍛冶職人は来訪者を一人一人見回した。
「コレは生まれつきですよー」

「生まれつき? ソイツは傑作じゃ」
 何がどう傑作なのかよくわからないが、エンと職人が笑い出したので弟子もミスリアもなんとなく合わせて笑っている。

「さぁて。今日は何か特定の用向きでもあるんかいの。そのバカデカい剣なんてどうじゃ。鞘が無いのかね」
 職人は腕を組んでゲズゥを見上げた。正確に言えばゲズゥの背中の大剣を凝視している。
 ゲズゥは剣を下ろし、巻いてある包帯を手早く解いた。

 刃が露わになった途端に職人とその弟子が真剣な面持ちになって近付いてくる。

「こりゃあ見たことの無い型の剣じゃな。しかも鉄も珍しい……」
 指を刃の上に滑らせたりしている。
「こことか、所々に綻びが見えますね。修理しますか?」
 弟子の方が顔を上げて訊ねる。

「ああ。いくらかかる」
 金の管理をしているのはミスリアであるにも関わらず、ゲズゥは真っ先にそれを訊いた。
「まさか、受け取れませんよ。巡礼中の聖人・聖女様方からはお金を取らないのがナキロスでの原則です」
 弟子は意外な返事をした。

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13:31:52 | 小説 | コメント(0) | page top↑
ぱちぱち
2013 / 06 / 11 ( Tue )
拍手お礼入れ替えました。

最近執筆ペース落ちてますが構成は練ってます。
第三章のタイトルがまったく浮かばないけどまあ練ってるうちに何か思いつくでしょ(楽観

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07:44:07 | 余談 | コメント(0) | page top↑
23.c.
2013 / 06 / 08 ( Sat )
 弟と言っても二十六歳の成人男性のことだ。普通なら、一晩姿を見なかったくらいでここまで気にかける必要は無いはずである。しかしこの姉弟は十五年も離れて生きていて、突然再会したばかりだ。決して普通とは言えないだろう。

「大体、身体が弱いのに一人で街中をふらついていいはずが無いんです」
「あ、そのことでしたら、もうすっかり健康になったそうですよ」
 彼女のただならぬ気の揉み方に別の理由が垣間見えた気がして、ミスリアは思わず言った。

「強がりではなくて?」
 ヨンフェ=ジーディが訝しげに眉根を寄せる。
「はい。実際、旅の道中も涼しい顔で長い時間ずっと走っていましたし」
「そう、ですか」
 彼女は考え込むように口元を指先で押さえた。きれいな形に切り揃えられた爪が目に付く。

(改めてよく見ると、イトゥ=エンキさんにどこもかしこも似てない)
 髪や瞳や肌の色だけでなく輪郭や顔のパーツですら似ている箇所が無い。唯一共通しているのは、紋様の一族である点だけだ。ここまでだと、いっそ血が繋がってないのかな、などとも考える。
 ふいに背後で扉が開く音がした。皆の注目がそちらに集まる。

「……もしも街中で奴に会ったら、お前が探していたと伝えておく」
 振り返らずにゲズゥが無機質に言った。その言葉をきっかけに、ラノグも動き出した。
「じゃあそういうことだからヨンフェ、また後で」
「わかったわ……。気を付けて」

 頷いたヨンフェ=ジーディに、ミスリアは会釈した。
 教会を出て通りに出るとラノグが申し訳なさそうに笑った。

「すみません、聖女様。ヨンフェは元から心配性なんですけど、今回はなんていうか……特別なんでしょうね」
「気にしていません。それだけ彼女は思いやりが深いのですね」
「そう、そうなんです」
 彼はとても嬉しそうに破顔する。なんとなくこっちも嬉しくなってきて、笑みをこぼす。

 ミスリアとラノグは並んで道を歩いた。大剣を背負ったゲズゥが無言で数歩後ろをついてきている。
 レンガに舗装された道の手入れが行き届いていて歩きやすいことに、なんとなくミスリアは気が付いた。

「何を隠そう僕は行き倒れていたところを彼女に救われまして」
「行き倒れたのですか?」
「はい、その時は一人旅をしていて、この町に辿り着いて間も無く体力が尽きたんです」
「大変ですね」

「そうですね。でも皆さまの優しさに救われた、という大切な想い出なので……」
 ラノグは急に手を広げて町並みを指した。
「この町、ナキロスは美しいでしょう?」
 彼の動きに吃驚した鳩がパタパタと飛び交う。

 美しいか、と訊ねられてミスリアは周囲に視線を巡らせた。
 辺りの建物の輪郭が青い空にくっきりと浮かんでいる。黒または灰色の屋根が白とパステルカラーの外装の建物たちによく似合っていたし、植物の緑に彩られたベランダや丸く可愛い窓の形まで、すべて丁寧に設計されたのだと素人目にもわかる。

 外観だけではない。設備がしっかりしているのだろう、汚水の漏れや汚臭も無い。町の清潔は生活水準の高さと結び付きが深いものだ。
 この町は西に断崖、東に樹海と地理的に孤立していながらも栄えている。それはヴィールヴ=ハイス教団が多方面で支援しているからであって、一方で国家からはある程度の自治権を認められているらしい。

「確かに素敵だと思います」
 ミスリアは強く肯定した。
 その時、近くの建物の屋根を夢中で清掃していた中年女性が顔を上げて手を振った。ラノグが快く手を振り返す。二人は声を張り上げて世間話をし出した。

(きっと美しいのは見た目だけじゃなくて)
 余所者を受け入れる心の広さ。ミスリアが教団から聞いていた話でも、ナキロスは何かと移住者が多いらしかった。ほとんどの者は何か或いは誰かから命からがら逃げてくるのだという――。

 ふとゲズゥに視線をやってみると、彼は先の方の人混みを見ていた。どうかしたのかとミスリアが首を傾げる。ゲズゥは前方の一つの人影を指差した。
 差された人物が早足に距離を詰めてきている。

「よ。何してんだ、嬢ちゃん」
「イトゥ=エンキさん! 何処から現れたんですか」
 今ではすっかり見慣れた笑顔を認めて、ミスリアは驚きに声を上げた。

「んーと、あそこの人混みに揉まれてたんだけど、ゲズゥが見えたから来てみた感じ」
 いつものハスキーボイスで、イトゥ=エンキは質問の答えになってない答えを返した。

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13:14:30 | 小説 | コメント(0) | page top↑
えびに素敵な淡い色合いのらくがきもらいました
2013 / 06 / 05 ( Wed )

 ミスリアはどこか居心地悪そうに辺りをきょろきょろと見回し――ある壁の前で唐突に表情が翳った。
 何を見たのだろうかとゲズゥは視線を追う。演壇から見て左隣の壁だ。台の上で蝋燭が列になってびっしりと並べ置かれている。蝋燭は全部に火が点いていない。
 急に我を忘れたように、滑るように歩いてミスリアはその台を目指した。ゲズゥは動かずに、目だけで後ろ姿を追った。

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01:35:25 | | コメント(0) | page top↑
23.b.
2013 / 06 / 01 ( Sat )

(昨夜から姿を見ないと思ったら……樹の上で寝たのね……)
 今更呆れるまでもなく、ミスリアはただ納得した。
(相変わらずな人)
 内心くすりと笑って、気を緩めた。

 祭壇の前で泣き崩れる所を見られた所為で気まずいかも、と心のどこかで心配していたけれど、おそらくゲズゥは気に留めていない。だったら、一方的に気にしても仕方のない問題だった。

「それで一言『かわる』と言って斧を取られました。おかげで休憩できましたよ」
「そうだったんですか」
 ミスリアは黙々と薪を割り続けるゲズゥ・スディルを観察した。薪の山はどんどん積み上がっている。彼の手際がいいせいだろうか、あっという間に終わりそうである。勿論、顔には疲れの色など微塵も浮かんでいなかった。

(いつもと同じ無表情なのに。どうしてかな、ちょっと楽しそう)
 手作業に没頭するという状況を楽しみたかったのか、それとも単に身体を動かしたいだけだったのか。正解は、本人にしかわからない。

「さて。そろそろまた僕がやりますよ。あと少しですね」
 五個目のスコーンを飲み込んだラノグが立ち上がった。彼はズボンをはたいて食べカスを払い、近くに置いてあった手ぬぐいで指を拭いてから、袖をまくりあげた。
 ゲズゥはラノグの顔を直視せずに斧を手渡した。そうして今度は彼が切り株に腰をかけた。

(あ、コップ一つしか持って来てないわ)
 手元のトレイにはラノグの飲みかけのガラスコップが置いてある。同じのを使うのはゲズゥは嫌がるだろうか、と首を傾げていたら、横から褐色の手が伸びた。

 ゲズゥはコップではなく水差しを片手に取った。それを頭よりも高い位置に持ち上げ、上向きに首を傾け、開いた口にとくとくと水を注ぎ込んだ。注ぎ口に触れることなく。

「き、器用な飲み方ですね」
 などと感想を述べても、返事は無い。うっかり漏れたりしないかなー、とハラハラして見守った。
「………………町に」
 ようやく水差しを下ろしたゲズゥが呟いた。前髪に隠れていない黒曜石に似た右目が、何かを問うようにミスリアを見つめている。

「町に?」
 話が掴めなくて思わず復唱する。
「そいつが町の鍛冶屋で働いていると」
 水差しをトレイに戻して、ゲズゥが答えた。「そいつ」とはラノグのことを指しているのだろうか。

「鍛冶屋ですか」
「そこから武器屋も近いらしい。俺は見に行きたいが、お前はどうする」
 ゲズゥが立ち上がった。黒い瞳が返答を待ちながら見下ろしてくる。
「私は……」
 武器屋に行きたいけどミスリアと離れては護衛の役割を果たせないから、一緒に来るかと誘っているのだとわかった。こちらとしては教会に残っていてもやることが無いし、ついていくのが妥当だろう。

「行きます。ラノグさんも、是非、ご案内お願いします」
 ラノグを向き直り、ミスリアはきっちりとお辞儀した。
「勿論いいですよ!」
 額の汗を布で拭いつつ、彼は気持ちのいい笑顔を返した。

 数十分後には割り終えた薪を纏めて教会の中に持ち込み、三人は町に出る為に正面玄関に向かった。
 ところが扉に手をかけた瞬間、階下から上がって来る人間に呼び止められた。

「どこ行くの?」
 振り返ると、長い蜂蜜色の髪を一本の三つ編みに纏めた女性が階段の手すりに片手を添えて立っていた。この教会の女性の普段着である灰色のワンピースを着ている。確か彼女はイトゥ=エンキの生き別れた姉で、名をヨンフェ=ジーディと言った。

「やあ、ヨンフェ。少し早いけど、鍛冶屋の方に行くよ。聖女様方も行きたいそうだし」
 明るい声でラノグが応じた。
 彼女は一言、あらそう、と意外と身の入らない応答をした。
 そして気難しい顔で手すりを睨んでから、また顔を上げた。

「ねえ。イトゥ=エンキを見なかった? あの子、昨日はどこ泊まったのかしら……晩餐にも来なかったわ」
「君の弟だという彼? 僕は見ていないな。聖女様は?」
 そう言ってラノグはミスリアたちとも顔を見合わせた。
「いいえ、私も昨晩からは……」
 自身に欠ける声でミスリアが答える。

 昨晩、イトゥ=エンキが「町に消える」や「晩御飯を適当にどこかで食べる」と言っていたことは伝えるべきだろうかと迷う。本人は、あまり追われたく無さそうだった。

「朝は一瞬だけ聖堂に居たって司祭様の証言があるのだけれど。逃げられている気がするのはどうしてかしら」
「そこまで心配しなくてもそのうち戻ってくるんじゃないか」
「わからないわ」
 ヨンフェ=ジーディは足早に残りの階段を上り切り、三つ編みを揺らしながらミスリアに近付いた。

「聖女様、お願いです。昨日は訊けなかったけど、教えて欲しいことがあります。イトゥ=エンキとはどうやって出会ったんですか? どうして一緒に旅をしてたんですか? あの子は今までどこで何をして――」
 こちらに返答を挟む隙も与えず、彼女は次々と質問を並び立てた。

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