65.e.
2016 / 12 / 23 ( Fri )
 死というものを理解したのも、この一件がきっかけだったはずだ。父はそれからゲズゥにもわかるように丁寧に生き物の死を説き、最後には人手を呼んで死体を片付けさせた。

「供養する。柳のところまで運べ」
 あの大きな柳が村にとっての墓場だと教えられたのも、この時だったかもしれない。確か、死体が埋められるまでの流れも見せられた。そのプロセスよりも、柳にまとわりつく空気に気圧された記憶がある。

「此処に生きる我らの一族は……同胞だけでなく敵の血肉をも養分にして、存在し続けている」
 弔いが終わった時に父が呟いた言葉の意味を当時は理解できなかったが――今なら、わかる気がした。

「お前はこれから何度も間違いながら、大人になるだろう。よかれと思ってやることが望む結果をもたらすとは限らない。どんなに願い、奪っても、愛する者を守れないかもしれない。だがいつだって心折れている暇は無いぞ。立ち止まっている間にも、状況は悪化するものだ」

「……わかった」
 子供の枠に収まった己の身体と口を通して返事をした。最後の言葉だけは、現在のゲズゥに向けられているものに思える――
 ぐにゃりと、思い出を囲う色が褪せていった。


 気が付けばそこはまた聖獣の背中の上だった。
 意識が現実に再び繋がれて最初に考えたのは、大陸を一周するのにいかほどの時間が必要だろうか、だった。聖地の中に「聖獣がこの野原で休んだ」と言い伝えられている場所もあるくらいだから、ずっと飛びっぱなしではないのだろうと思いたい。

 ゲズゥは四つん這いの姿勢で周囲を見渡した。薄闇の遠景に建物が見える。目を細めて凝視すると、ごく最近に見たばかりの形の砦であることを知る。
 魔物を信仰する集団が拠点としている場所。ミスリアを攫った、腐った連中の巣窟だ。

 突如、聖獣の身から光の粒が溢れ出した。
 細雪を彷彿とさせる光景である。金色の光が一斉に地に降り注ぐさまを、ゲズゥは呆気に取られて眺め下ろした。
 それらが降りしきる先には複数の人影がある。遠くてよく見えない、と思うが早く、聖獣は急降下していった。

「――――っ」
 勢い余って舌を噛みそうだ。何故自分はこんな目に遭っているのか。疑問が宙に浮いたまま、聖獣は今度は急停止した。そうして地上から一定の距離を保って、羽ばたいている。
「おい、冗談じゃない。上空に何かとんでもないのがいる」
 最も近くに立っている、体格の良い女から怪訝そうな声が発せられた。女は以前会った時に比べて腕が片方減っている。

「何ですか、こんな時にー」
 傍で女の傷の処置をしていた男が、常よりも切羽詰まった形相で顔を上げた。極度の近視である男の為に、女が事細かに描写してやった。
「羽ばたきが聴こえるだろう? 四本足の何かが宙に浮いて……光を振りまいている。この様子では、魔物とは言い難いな。むしろ、そこかしこの魔物が、光に触れてからは銀色に輝いて消滅している」
 地上から見上げているのでは聖獣の身体に遮られているものまでは視認できないのだろう。女の説明には、ゲズゥに関する情報が含まれていなかった。

「え、ええ!? 先輩、それってもしやあの聖獣じゃないですか!? すごい! 聖女ミスリアがやったんですね!」
「そうなのだろうな。聖獣など伝承の産物かと思っていたが、本当に顕現するとはな」
「……じゃあ、この腕ももしかして……」
 期待を抱いたように、男が空を振り仰ぐ。

「いや。いかに聖気をもってしても、魔物に噛み砕かれたものまでは再生しないのだろう。まあ、おかげで傷口は完全に塞がれた。十分だ、もういい」
 残った左腕で双頭のモーニングスターを拾い上げ、女が立ち上がりかける。
「よくないです!」
 しかし女のコートの裾を、部下の男がしっかり掴んで放さない。

「フォルトへ、声を荒げるな。そんなに大声を出さなくても聞こえている」
「聞こえてても聞いてないからですよ! 魔物が飛び掛ってきた時、自分を庇ったりしなければ――」
「既知の事実をいちいち言わせるな。お前が腕を失うのと私が失うのでは重みが違う。私は隻腕でも生活できるが、お前には不便だろう。庇うのは当然だ」

「それでもです!」
 駄々をこねる子供のように、男が地団太を踏んだ。女はそれを無視して、辺りを見回している。

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