59.f.
2016 / 07 / 10 ( Sun )
「善処します」
「うん」
 一通り言いたいことを言い終わったリーデンは、くるりと裾を翻して立ち去ろうとした。
「私は」
 背後から声をかけられて、ベンチから遠ざかりつつあった足が止まる。

「いつか訪れる別れの――形と、時期が。思っていたのと違いそうで、苦しいんです」
 暗に、それ以上の本音は存在しないと断言するような口ぶりでミスリアは伝えた。
 リーデンは何も言わずに目を細めた。そして微かな笑みを返してから、踵を返す。広大な敷地の中でも、比較的人気の少ない西側の庭へ向かった。
(違いそうじゃなくて、違う、って確信があるんだね。君は嘘が吐けない人だと思ってたけど……そんなこと無かったみたい)
 袖の中で、リーデンは人知れず拳を握る。

(他人事じゃないんだった。別れは、等しく僕も味わわなければならない)
 足の下の大地が沈んだように感じられた。重くなった足をなんとか激励して歩を進め、空を仰ぐ。綿のような雲が太陽にまとわりついているのが見えた。無意識にまた、足が止まる。
 改めて想像してみると、心中穏やかではいられなくなるものだ――

 出会いと別れは人生に於いて決して避けられぬプロセスである。なのにこんなにも受け入れ難いと感じるのは、愛着が沸いてしまったからだろうか。ミスリア本人へのそれだけでなく、「聖女ミスリア一行」という在り様への愛着だ。

 要(かなめ)である彼女が抜けてしまった後、自分たちはどうなるか。元のギスギスとした関係に戻るのだけは、御免被りたい。
 それどころか、兄が一体どんな行動に出るのか全く予測できない。できないからこそ、第三者として突いてみたのだが。

(何を言ったところで、当人次第だよね)
 リーデンは腕を振り上げて大きく伸びをした。こみ上げる欠伸をかみ殺して、緑豊かな庭を進んでいく。
 西の庭には教団の創立者たる、ラニヴィア・ハイス=マギンを象った石像があった。

 後世の彼女へのイメージがこういうものなのかそれとも実際の人物像の記録に準じてこうなったのか、リーデンの感性に言わせてみれば、石像はなかなかに奇異なデザインであった。
 躍動感に溢れている。助走をつけた跪拝、とでも呼べばいいのか。華奢で儚げな女が懇願するような表情で掌を天上に向けて伸ばし、片膝を地に着け、片膝を宙に浮かせている。石像の若そうな女は、現代の聖女が正装とする白装束とヴェールによく似た服装をしている。

 忘れてはならないのが、首から提げられた教団の象徴。腹部まで垂れる巨大なペンダントは恐るべき精密さで石像にも再現されていた。ペンダントの角度にさえも躍動感が満ちている。
 この愉快な石像を訪れるのは既に三度目くらいだが、今日は先客が来ていたらしい。
 まさしく現代聖女の礼装を着た人影はリーデンの足音に気付いて、肩から振り返る。白いヴェールが、ふわりとなびいた。

(あれ)
 驚き、瞬いた。思わず声をかけてしまうほどに、見知った人物だったからだ。
「聖女さん」
 と言っても、ついさっき会ったばかりの聖女ミスリア・ノイラートではなく、自身がこれまでの人生で関わりを持ったことのある、二人目の聖女だった。

「貴方は……」
 聖女は白い手袋をはめた手を口元に添えた。碧眼が見つめる先はリーデンの顔を通り過ぎて、輪郭の外側をなぞった。何を見ているのかは大体察しがついた。
「君、確かお猿さんと厳ついお姉さんを従えた聖女さんだったよね」




今になって思えば、ラニヴィアさまの人生だけで長編一本書けそうな感じが…。
次の記事で〆だと思います。今回の59は早目に切り上げて、次に入りますー。(短めとか言いつつも1万字近い…気分的には短いのに…

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