41.h.
2015 / 03 / 19 ( Thu ) 二人は静けさを求めて廊下の突き当りまで行った。運の良いことに、他の連中は距離を保ったまま追って来ない。 カーテンのかかった窓の下枠に寄りかかり、リーデンは口火を切った。「油断したつもりは無いんだけど、想定外に逃げ足が速くてね」 「お前の飛び道具から逃れるほどか」 俄かには信じられない、と言うのが率直な感想だった。 「ありったけ浴びせたけど、かわされたよ。ていうか魔物の群れに紛れ込んでお茶を濁された感じ。あれじゃあ、いくら僕でも狙いを定められない」 「魔物の群れ?」 「そ。むしろ、群れを引き連れてた印象もあったけど、どうだろうね。どっちみちそんな知恵が働くのって、れっきとした生きた人間でしょ」 「ああ」 その点に関しては間違いないだろう。たとえ人型だったとしても魔物の思考回路は混濁していて、理に適った作戦や計画を立てられないはずだ。 「もしかしたらこの一週間の内に下見に来てたのかもね。それで僕らへの対策を練ったのかな」 声からは不機嫌さが潮を引き、楽しそうな語気が復活している。 「単独犯か」 楽観抜きで考えると次からはもっと相手も慎重になるだろう。複数犯なら余計にそうだ。せめて単独犯であれば焦りからの判断ミスに期待できる。 「……とは思うけど、他の人影に気付かなかっただけかも。ただねー、去り際に一度振り返って、屋敷の方をじっと見つめてたんだ。あれは諦めてないよ。明日明後日はなりを潜めるとしても、絶対また来るね」 「迎え撃つ準備をすればいいだけだ」 「ん。とりあえずさー、平和ボケな警備兵の使い道から考え直そうか」 「確かに」 そうと決まれば早速二人は応接間へ戻る為に歩を進める。 「きゃっ」 入口でミスリアとリーデンが衝突した。 「おっと、気を付けてね」 「は、はい。あの、お怪我の方は本当に平気なんですか」 聖気で治癒しなくていいのかと訊いているのだろう。オロオロと心配そうに見上げる少女の肩に、リーデンが安心させるように手をのせた。 「たまにはこういう僕も新鮮じゃない? 大丈夫、明日医者にかかるから気にしないで。ブラック・アイ久しぶりになるなぁ」(ブラック・アイ=パンダ目のこと) 「やっぱりその傷は、殴られたんですか?」 「ううん。蹴られたよ」 リーデンは不可抗力で歪んでしまうのであろう、面妖な笑みを浮かべた。 _______ 読み通りに四日後には次の襲来があった。 粉雪が疎らに降る夜のことだ。 それまでは無造作にしか配置されていなかった衛兵は、あれ以来ちゃんと法則を用いて特定の位置に立たせることにしている。毎晩少しだけ移ろうようにして配置を変えているが、共通している点はある。 望んだ場所へさりげなく誘導するように――兵が手薄な場所を調整し、屋敷から明かりが漏れる部屋も変えている。 老人の扱いや明かりの点く部屋に関してはミスリアと聖人が動いている。使用人の協力も得た。たった一人の為に手間をかけすぎているとの意見も挙がったが、逆に言えばたった一人を相手に何度も手こずるのは癪だった。どうせなら徹底的に手を回してさっさと決着をつけたい。 ゲズゥは木の枝の上に屈んで待機していた。魔物を一刀両断するにはあつらえ向きの大剣は、今日ばかりは持参していない。 ここからは伏兵の姿は視認できない。見えなくても、屋敷の傍の植物の中に隠れているのはわかっている。 息を潜めて耳を澄ませると、真下からは微かに話し声が聴こえた。ミスリアと聖人の安定した声色と、不規則に音量が跳ね上がる老人の声が交差している。 ――魔物の群れを引き連れていたことに関しては、猛獣みたいに血の臭いでおびき寄せられるわけでもないし、聖気を纏った物を持っていたんじゃないかな。その人が僕らの同胞である線も考えうるけどね。 そういえば数日前に聖人はそんな推測を口にしたのだった。ゲズゥにとっては大した重要性を持たない問題だ。相手が聖職者であろうと何だろうと、こちらの選択肢に変動は無い。問題は、魔物を衣のように纏った相手をどう処理するかに限る。 つらつらと考え事をしていた内に、下ばかり向いていた首が凝ってきた。かといって鳴らすわけには行かない、と若干困ったその時―― 眼下の景色に動きがあった。 |
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