15.e.
2012 / 09 / 09 ( Sun ) 親しげに呼ばれたトリスティオも一度だけ手を振り返す。
どこか照れているように体を強張らせているが、口元は確かに笑っている。 「おー、レネ。元気か」 「私はいつも元気だよ? それに昨日も会ったじゃない」 「そういえばそうだったな」 照れ隠しのためか、彼は黒い巻き毛の前髪を指先に絡めている。 「変なの。それで、見回りどう? 何か居た?」 「や、居たら騒ぎにしてるって」 「じゃあトリスも一緒に食べようよ。魔物居ないなら外でもいいよね」 ツェレネが笑顔で誘う。ツェレネの両親はというと、仕事で疲れているから屋内で食べるらしい。 「それは……」 トリスティオは気遣わしげな視線を向けてきた。客であるミスリアたちに遠慮しているのだろう。 「是非、私からもお願いします」 ミスリアが微笑みを返すとトリスティオはしばし考えるような素振りをし、頷いた。 (何か聞けるかもしれないし) こんな誘い方はずるい気もするけれど、かといって急に「この集落の諸々の事情を聞かせて欲しい」と詰め寄っても不自然である。 一同は裏庭のテーブルの席に腰掛け、食卓を整えた。ティーセットを並べ、皿とスプーンを配り、プディングを盛り付ける。 当たり前のように、ゲズゥだけが離れた位置の樹に寄りかかって立っている。 「ツェレネさんはお料理が上手ですね」 「ありがとうございます。でも聖女さまの奇跡の力の方が凄いですよ」 「それは、凄いのは私ではなく教団の教えです」 「謙虚っすね」 三人はブレッドプディングとハーブティーを楽しみ、しばらく雑談をした。 頃合を見て、ミスリアはさっきと同じ質問を繰り返した。 「それでトリスティオさん、巡回をしていたというのは?」 訊かれて、彼は目を瞬かせた。やや垂れ気味の目に、森のように深い緑色の瞳が揺れる。 「トリスティオさんは魔物狩り師なのですか?」 ミスリアは質問を変えてみた。 「まさか。確かに、ついこの前までココに住んでた魔物狩り師に師事してたんっすけど。おれはまだまだ半人前で、教えてもらえてないことも多くて」 「彼らは王都に発ったんですよ」 ツェレネが付け加えた。 「ミョレン国の王都のことですか」 ティーカップを口に引き寄せながら、ミスリアは確認した。 「はい。二人のうち一人は王子サマに呼ばれて、もう一人は聖人サマの旅の護衛に指名されたって言ってたっす」 それらの時期が重なった所為で、集落は今は魔物狩り師が不在という状態になったのだと言う。 「王子って……第三王子ではありませんよね?」 なんとなく背中にゲズゥの視線を感じながら、ミスリアは訊ねた。 「第一じゃなかったかしら、ねえ」 ツェレネは思い出すように顎に手を当て、トリスティオを見た。 「第一でしたよ。何かあるんすか?」 「いいえ、なんとなくです」 ミスリアは笑ってごまかした。ゲズゥをチラリと盗み見れば、彼はどこへとも無く視線を遠くへやっている。 「それより、ミョレン国に聖人の呼びかけがあるんですね」 教団との関係が芳しくない国なのに、意外に感じる。 「すっごい強い人ですから、いろんなトコから声かかってたんすよ。こんな辺境でひっそりと鍛えてただけなのに、いつの間にか噂が広まっちゃって」 トリスティオは師のことを誇らしげに語る。ツェレネもうんうんと頭を縦に振って同意している。 「なるほど」 「方々からの話を聞いてて、一番ついて行きたいと思った人を選んだって言ってました。やー、おれもいつかはああなりたいっす」 「頑張ってください。きっとなれます」 ミスリアはそっと微笑んだ。 ツェレネにも励ましの言葉をかけられ、トリスティオが照れくさそうに笑う。 その後続いた会話は、あまりミスリアの耳に入らなかった。 (また、夢を追ってる人……それにその聖人様も立派だわ) 自分は、人がついて行きたいと思えるような人間では決して無い。 そんな方法では人を集められないし、むしろ考え付きもしなかった。 心のうちに広がる暗い波を自覚して、ミスリアは焦燥感を覚える。 自分の良さを提示して呼びかけた訳でもなければ、潜在的な何かで引き寄せた訳でもなく。 (私は) また、斜め後ろのゲズゥを盗み見る。今度は気付いて、彼が視線を返す。黒い瞳には何も映らない。 (死ぬ間際の……実質、追い詰められていた人を) 他に選択肢の無い人間に半ば押し付けるような形で取引を持ちかけた自分は、間違っていたのかもしれない。 意図して打算的な方法を取ったんじゃない――なんて、説いた所でただの言い訳である。 「――は、一人だけなんすか?」 「はい?」 トリスティオに何か話しかけられている。ミスリアは悶々とした物思いから抜け出た。 「聖女さん、護衛は一人だけなんすか? 普通、聖人や聖女の旅は最低でも魔物狩り師が一人、戦士や兵士が二人は護衛についているって聞いてたんすけど」 「はい、普通はそうですね」 なんて的を射たことを言うのだろう、と内心では苦笑しながら、とりあえず同意した。 |
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