13.c.
2012 / 06 / 15 ( Fri )
思わず、ミスリアは顔をしかめた。その言葉に思い当たる節が無いでもない。
「……そういうことだね、多分」
カイルは目を閉じて同意し、それ以上は何も言わなかった。
ミスリアは両手を握り合わせた。かける言葉が思い付かない。
結果、ぎこちない静寂が広がる。
「……食って寝てればそのうちどうでもよくなる。心がいくら落ちようが体の方は生きるのを諦めたりしない」
そう言い残して、ゲズゥは宿屋の中へ戻っていった。パタン、と裏口の戸が閉まる。
「あれ、もしかして慰めてくれたのかな?」
ゲズゥの姿が見えなくなってから、カイルが訊ねた。
「私にもそのように聞こえました」
「いいアドバイスだったね。ひとまず僕は、寝ることに再挑戦するかな」
カイルは身を起こし、そのまま立ち上がった。
「はい、私も」
ミスリアは差し伸べられた手を取った。
柔らかい風に打たれ続ける湖を、二人はあとにした。
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料理屋の夫婦に向けられた憐憫と後悔の眼差しを、ゲズゥは快く受け止めなかった。彼にとっては何の意味を持たないものだからだ。
面倒くさい方向の話だ。
踵を返し――曇天の朝に出発して大丈夫か、崩れないだろうか――などと天気の問題へと思考を切り替えた。
「当時のシャスヴォル政府があんたらの村に何か不穏なことをしようと考えてたって、隣町のオレらは本当はわかってたぜ。何もしなくて、悪かったな……なんて言っても仕方ないか」
今更謝罪しても無意味だということを、役人は理解しているようだった。
「事情に気づいたのはほんの一握りの人間だった。騒ごうものなら、オレらは間違いなくシャスヴォル軍に口封じとして消されたはずだ。みんな、怖かっただけなんだ」
役人は更に話し続ける。
あの日、「呪いの眼」の一族を抹消するつもりでやってきたのはシャスヴォル軍だった。
近隣の村や町の人間は一族をまったく助けようなどとしなかった。こちらがひっそりと隔絶されたように暮らしていたとはいえ、昔から物々交換などの付き合いはあったというのにだ。
そうしてゲズゥは人類に失望したと同時に、納得した。人は、自分以外の誰かを助けたりしない。それが醜いのかというとそうではなく、ただそれが当たり前の在り様なだけで、生き物はいつでも自分のことだけで精一杯だったのだ。
「私たちは『呪いの眼』の一族を嫌ったり怖がったりしなかったわ。本当よ」
役人の妻が必死な声で訴える。
詮無きことだ。誰が何を言おうと時は遡らない。
驚愕の表情を浮かべる聖人と聖女ミスリアの間をすり抜けて、ゲズゥは店から通りへ出た。
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(えーと……)
一度も振り返ることなく去っていったゲズゥの後姿を、なんとなく見送った。
(うぅ、気まずい)
ミスリアは知らず後退っていた。目立たない程度にカイルの背中側に回る。
出立の朝だというのに、天気だけでなく旅の先行きもあやしい。
「彼らの村を滅ぼしたのは、自国の軍だったんですね」
沈黙を破ったのは、カイルだった。
「ああ。知らなかったんだな」
「彼は語ってはくれませんでした」
俯き、ミスリアはそう答えた。
「どうしてそうなったのかご存知ですか? 僕なりに考えはありますが」
「さあ……詳しくは知らない。政府が村と『呪いの眼』を危険視してたのだけは間違いないな」
「でも明確な危険性を示す証拠は無いです」
ゲズゥの処刑を止めた日に総統閣下に言ったのと同じ言葉を、ミスリアは繰り返した。
「そうは言っても、人は得体の知れないものを駆除したがるよね。証拠やはっきりとした結果が出るのを待つほどの勇気が無いから、先にどんな不安の種をも潰そうとする。あとになってそれが過ちだったと知ってもね。為政者としてそのやり方が最善なのかどうかは、一概には言えないと思う」
カイルは重いため息をついた。
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