50.f.
2015 / 11 / 17 ( Tue )
*ややグロ注意。描写がスカスカなのは配慮ってことで。



(僕らの眼が融解しないのは、何代か過ぎて本質が変わったからなのかな)
 相変わらず謎だらけだ――。
 滑り込まんとする雑念を振り払って、リーデンは周りの里人に声をかけた。
「君たち、死傷者の確認を済ませたの」
「重傷者が八名、軽傷者十五名です。死者はおりません」
 整った共通語で、若い男が答えた。

「へぇ。死者ゼロとは意外だね」
 運の働きか聖女の働きか、おそらく両方か。
「解放主、これよりどういたします?」
「どうもしなくても、待てばいいよ。目的を果たしたら、女狐さんは此処に来ると思う」
 空いた手で、リーデンは乱れた髪をバサッと払った。

「め、めぎつねと言いますと、まさかナラッサナさまでしょうか」
「うんそう。ナラッサナさまね」
 と言ったものの、数分後に現れたのは数人のカルロンギィの民だった。ヤン・ナラッサナと共に、攫われた女たちを捜しに行った部隊からだ。リーデンはそこに女狐の姿を見つけられなかった代わりに、異物の気配を察知した。

(羊の群れに狼が交じってる)
 そう感じた矢先に中肉中背の男が群れから進み出た。周りと同じくマントで全身を包んでいるが、なにやら目に付く点が幾つかある。片腕から何か大きな物を引っ提げて地面に引きずっていることと、鋭い藍色の眼光だ。
(例の王子か。兄さんに友達が居たことも吃驚だけど、こんなアブない人だったってのにも吃驚だよ)
 注目すべきは腕である。男の素振りからしてそれなりに大きな荷物と見受けられる。その割には、引きずる音は不似合いに軽そうだった。

 王子はヤン・ナヴィの傍まで出ると、前腕の籠手(ガントレット)に巻き付けていた長い髪をするりと解いた。雑な運び方に比べると滑稽なくらいに優しく丁寧な手付きで、荷物を解放する。
 地に落とされた塊は動いている。よく見れば、あちこち融(と)けかけている上半身のみの少年が、首しか残らなかった兄弟の亡骸を抱き締めてすすり泣いていた。

(ちょっとかわいそうだな)
 思えばあれだけ完全な変身ができたのだから、彼らの人間の部分はかなり少なかったのだろう。それこそ脳だけだったのかもしれない。聖気にやられてしまえば、生命が保てる可能性は限りなく低いはずだ。

 見た目通りの年齢ならば一応成人している。彼らは自分の選択に自分で責任を持つべき段階にあって、これは情けをかけるような場面ではない。
 だが――肉親の骸を抱いた少年を見下ろしながら、過去と全く重ねていないと言えば嘘になる。
 リーデンは目頭が熱くなる前に、視線をヤン・ナヴィに戻した。

『ジェルーチが死んだか』
 水音の合間に発されたヤン・ナヴィの声は無機質だった。
「ごめ……ヤン。ごめん、ダメだった……せっかく……強く、してくれたのに……ルゾがよわいから、ダメだった」
『ジェルーゾ、お前一人のせいじゃない。謝るな』

 何故か少年を憐れむような気まずい沈黙が続く。人とはその場の雰囲気に流されやすい生き物である。同情したくなるようなやり取りの後では、恨み辛みをぶちまける者は誰も居なかった。ジェルーゾに至っては、双子を失った悔しさの矛先を己に向けているようだ。

 一方で、周りに構わずに空気をぶち壊す無遠慮な奴も居た。

「世にあるまじき生の形を無に帰す力……。牢に居た身重の女たちは痛みも出血も伴わない奇妙な流産を経て、次々と正気を取り戻した。殺す以外に救う術が無いのかと思っていたぞ」
 脈絡もなく、王子が感心の言葉を漏らしたのである。
「いつだって救える術を追求し提供してくれるのが、我らが聖女さまだよ」
「どうやらそのようだ」
 リーデンは適当に相槌を打っただけだったが、納得したように王子が顎をさすった。

『誰だきさま』
「私が何者であるかなど、今はさして重要ではない」
 ナヴィの誰何を王子はあっさり受け流した。

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