45.b.
2015 / 07 / 03 ( Fri )
(こいつはひどいや)
 ゆっくり元の体勢に戻った。岩棚と言っても真下には足場が無いし、反対側の側面はここからの距離が目測できないほどに遠い。仮に鎖から自由になれたとしても、逃亡は難しい。

(そもそも、どうやってこんな所に運ばれたんだろうね)
 一応、この場にはリーデン一人しか居ない。左右を見やると空いた足枷が何個かぶら下がっている。人を捕え置く為の場所なのは間違いないが、まだわからないことだらけだ。
 これは次なる展開を大人しく待つしかないのだろうか。

 どれくらい放置されてたのかによるが、当分はこの体勢でも生きていられると推測する。似たような拷問方法を見たことがあるため、若く健康な人間であれば最も危惧すべき問題が脱水症状であることはわかっていた。とはいえ、それはあくまで生死のみの問題であって、どこかしら血栓ができたり、心臓が過労に蝕まれたりしないとは限らない。

 などと考えていたら、上方から人の気配がした。瞬く間に、何か大きな荷物を二人がかりで抱えた男たちの姿が現れる。二人とも腰に縄を巻いて降りてきているらしい。服装は麻布でできた砂色の簡素なもので、顔には鼻と口を覆う布を巻いている。

(なんじゃこりゃ。ぶら下がる系文化?)
 かろうじて考え付くのは、横取り対策だ。捕えた獲物を屋外で処理・保管している間、他の野性動物に盗られない為の措置とも考えられる。しかしそうだとするなら、自分はおそらく食用として保管されていることを意味する。

 いかに広い大陸でも、食人の習慣を良しとする国は存在しなかったはずだ。では他の用途があると仮定して色々可能性を探るも、思いつかない。未だに何もかもが謎だ。

 男たちは巧みに岩壁に沿って降下し、手荷物を抱え直した。確かめるまでもなくそれもやはり人間であろう。そいつも今からリーデンと同じ目に遭わされるのだ。
 別段、誰何や抗議の声を上げようとも思わず、リーデンは無言でその作業を眺めた。

 すると男の一人が視線に気付いた。布越しに何かをぼそぼそと相方に呟いている。何故か二人は色めき立っていた。
 四、五回の言葉の応酬を経て、ようやく取っ掛かりを見つけた。舌を巻くなど訛りがが濃いが、単語は北の共通語と、文法はシャスヴォルの言語と似ている部分がある。「白い」「トカゲ」「目」と言ったのはわかった。

「しかし、こっちの黒い男は聞いた通りの見た目だったのに目が違ったぞ」
 脳内翻訳の的確さはともかく、リーデンにはそう言ったように聴こえた。
「銀髪の男なんて聞いてないな。だが白い、トカゲの目だ」
「さっきは緑だったぞ!」
「見間違いだ。今は白い!」

 ――この男たちはもしや呪いの眼を探しているとでも言うのか。
 どうして、という疑問も沸いたが、それよりも少し前の発言の方が気になった。

(目が違った?)
 奴らが抱えている荷物の正体はもうわかっていた。うつ伏せにされていてもわかるあの濃い肌色、引き締まった筋肉、硬そうな漆黒の髪、やたらと大きな図体――それらが揃っていればもう兄に相違ない。しかしどうやらそちらはコンタクトを落としていなかったのか、目の色が正しく認識されていないようだ。

「ならこっちも見間違いだったのか?」
「いや? ほら、やっぱり。この黒い方の男は、左目が無い」
 ゲズゥをうつ伏せから転がして、得意げに指差す男。

「ハァ?!」
 リーデンは素っ頓狂な声をあげた。
 何故なら指差された兄の左の眼窩は――本当に眼球がお留守の、ただの空洞となっていたからだ。

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