(十五年…………あ、もしかして)
思い出した。昼食時の会話でイトゥ=エンキが口にしたのだ。誰かの手がかりを、十五年経った今でも探し続けていると。
偶然の一致とも考えにくいし、何かしら関係があるのだろう。
けれどもミスリアが彼に協力するとまだ約束していない現時点では、これ以上訊くのは憚れる。そのことには触れないで置いた。
「昔から存在感のあるお方だったんですね」
「生まれ育ちがココだからか? 頭の祖父ちゃんの代から続いてんじゃねーかな、山賊団」
「そうなんですか……」
「まだもうちょっと歩くし、ざっと教えたろーか、ココの歴史」
「お願いします」
イトゥ=エンキの笑顔の問いかけにミスリアが頷いたので、彼はユリャン山脈に巣くう山賊団の、成り立ちから現在までの軌跡を話してくれた。
元々は居場所を失くした戦争難民が遥か西から流れ着いたのが始まりだったらしい。
大陸の南西海岸の四カ国は太古の時代から戦が絶えない。それゆえに近隣諸国がよく戦争難民を受け入れていたが、統治者の代替わりに伴う治世の改革によって、彼らが居場所を失うのは容易かった。
結果、一部の難民が更に東へと逃れた。徒歩での厳しい行路の途中で命を落とした者も多かったが、それでも一握りがユリャン山脈に辿り着いた。
人々は始めこそは狩猟や採集で生活したが、既に秋も冬に差し掛かった頃だったため、なかなか彼らの飢えは満たされない。
そんな時に、山越えをする一行を見つけた一人の男が略奪を企てた。
頭角を現したその男が難民たちのリーダー格に立ち、後の山賊団の初代頭領となった。
男はずる賢い上に学習能力が高く、すぐに皆を誘って略奪を習慣化した。しかしユリャン山脈は幾つかの国を隔てる天然の国境。金目の物を抱えた商人や旅行者がそういつも通るわけでもない。
やがて彼らは定期的に山を降りて人里を襲うようになり、暮らしはどんどん豊かになって行った。里から女も攫ったりしたという。
しかも、初代頭領は獲物たちから奪い尽くしても自分たちがいずれまた飢えるであろうことにいち早く気付いた。それを防ぐ為――凶作に遭った集落は立ち直るまで放って置く、同じ村を襲う周期を定める、旅行者を待ち伏せる場所を頻繁に変える、などと略奪にルールを付けた。
初代の娘であった二代目は人身売買に手を広げた。その息子である三代目こと現頭領曰く「表社会から奪い、裏社会から搾り取る」為の手法を定めた。
先ず今までのやり方に加え、彼は麓の集落や村を無視して「大富豪を集中的に狙う」ことを始めた。それには下調べや遠出をする必要が生じるが、その分得る物も大きく、巧くやれば同じ標的から何度も短い間隔で奪い取れる。
次に人身売買や闇市などで縁のあった買い手と組んで、闘技場を建てた。まだ軌道に乗り切れていないが、賭け事や奴隷戦士の売買など、これから発展しうる商売である。
ユリャン山脈に近付く輩が激減してからはこうして手を広げて繁栄を続けているらしい。
「……ってのが今の状況。こんなモンかな」
話がひと段落付いた頃、三人は明るい広場に出ていた。自然にあった洞窟を円く掘って広げたような形である。
周りはもう騒ぎ始めていて、自分たちの声なんて簡単に掻き消される。人々の輪の中心には勿論、話題に上った頭領が座している。その隣にヴィーナが堂々と寄り添う。
イトゥ=エンキの話の内容に嫌悪感と恐怖を感じるのと同時に、ミスリアは奇妙な感覚を覚えていた。
ある種の感心、だろうか。絶望の淵に立たされた人々がここまで来るのにどれほど苦労したか――やっていることが徹底した悪なのに、なんと見事な手腕だろう。
ミスリアは傍らのイトゥ=エンキに聴こえるように大声で言った。
「よくここまで規模を広げることが出来ましたね。討伐には遭われなかったんですか?」
「たまーにどこぞの国から討伐隊が来るけど。どこも大軍出すほど余裕ないし、地の利とか色々条件が悪いだろ? ぶっちゃけた話、大した痛手も無く追い払ってるぜ」
彼も大声で応えた。
「あの、こんなにペラペラと自分たちの話を私に喋っていいんですか?」
「んー。別にどうでもいいけど」
無気力な返答に、ミスリアは疑問を抱いた。
(私に話しても無害って意味なら何で、「別にいい」や「構わない」って言い回しは使わずに「どうでもいい」と言ったのかしら。彼自身は山賊団に対して執着が無いということ?)
考えてみれば、彼はずっと他人事のように淡々と語っていた。そして頭領に初めて会った十五年前というのはどう見ても年齢よりも少ない年数だ。イトゥ=エンキは少なくとも、此処の山賊団の生まれではないことになる。
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