まさかのこのひとたち
2014 / 04 / 15 ( Tue ) 拍手御礼入れ替えました。
レティカちゃんの大叔父様がこんな形で初登場(別にどこにも登場させる予定は無かったんだけどw) 本編ではまだ表現できてない感がありますが、教皇さんは「人生何事も経験」系の(ちょっとした)変人さんです。でも仕事はテキパキこなして世界の未来を見据えているような聡明な変人さんです。 |
31.b.
2014 / 04 / 14 ( Mon ) 「ごめんなさい」
少女はすかさず謝った。 別に嫌に思ったから言ったのではないのに。そう付け足そうと思ったが、その前にミスリアがまた言葉を零した。 「……貴方はいつも……熱い、ってぐらい体温が高いのに……今は、冷たくて。それがなんだか怖くなって……」 ふと、左手に巻き付いている温もりが逃げそうになる。ゲズゥは力なく横たわらせていただけの手に力を込め、離れつつある小さな指を握って留まらせた。 「重く考えすぎだ。これくらい、すぐ回復する」 実際は「寒さ」に顎がガチガチ鳴りだしているのを精神力で制して、最小限に抑えられるようにゆっくり話している。 「……嘘です。本当は凄く痛いんでしょう。苦しいんじゃ、ないですか」 「お前に会う前と何ら変わらない」 聖気などと言う、非現実的だが極めて有用な力が身近に無かった頃。運が良ければ痛み止めなどに使える薬草が手に入ったが、それ以外の時は、気を紛らわせるなり無理矢理にでも眠りにつくなり、自力で回復するまでは耐えるしかできなかった。 ミスリアは唇を噛み締めて押し黙った。大きな茶色の瞳は新たに涙を溜めて潤い、葛藤を抱えている様子だ。 少女の涙も気にはなるが、それよりも、ゲズゥは激痛と共に、再び意識が闇に押しつぶされそうになるのを感じた。また潜るのはまずい、と勘が訴えかける。 「――話を」 「はい……?」 「何でもいいから、気が紛れる話をしろ」 意図がわからなそうに、ミスリアは小首を傾げた。それでも、わからないままでも、素直に応えようと決めたらしい。 「それでは、あの子は何処に去ったのでしょう。帰る場所なんてあるんでしょうか」 「さあ。元々の帰る場所は、俺が奪ったからな」 「……そうですか……」 いきなり会話が終了していることに、ミスリアは困惑気味に俯く。そして意を決したように顔を上げたかと思えば、次には矢継ぎ早に質問を連ねた。 「どうしてこんなことをするんです? 罪滅ぼしですか? これまでは罪の意識を感じてる素振りは見せなかったのに、どうして、あの子に関してだけはけじめをつけたいなんて言うんですか? 本当は何があったんですか」 「…………それは……」 ゲズゥは瞑目した。 熱に浮かされつつある頭は、一斉に浴びせられた質問をどう捌くべきかのろのろと思考する―― ――そうする内に、あの女と相対した夜を思い返していた。 首から下の肌という肌を覆い隠した、シャスヴォル国特有の、古風で厳格な服装。結い上げられた長い髪。丸い顔に小さい両目、低い鼻や古風な化粧も併せて、初見では楚々とした空気を醸し出す中年女だった、が。 少数民族を同じ人間ではなく下賤な生き物と捉え、卑しむ眼差し。 折に触れて生唾と暴言を吐き出す、紅の塗りたくられた唇。 政治家の妹という立場にあり、「呪いの眼」一族に滅びをもたらした内の一人は、性根の醜い女だった。 「…………奴らを残らず殺すと、従兄と約束した。だから俺は前々から計画し、さまざまな角度から裏付けを取って、熟考し、実行した。だが居合わせた子供に余計な絶望と憎悪を植えつけた点だけは、手違い――……いや」 認めたのは、いつだったろうか。それを今口にしたのは、熱の所為だろうか。 或いは相手がこの少女だから、話しても良いと思うのか――。 「ただの腹いせだった。理にかなっていない、一時の感情だ」 「腹いせ、ですか?」 「俺はあの女が、妬ましかった」 |
拍手コメ返信 04/10
2014 / 04 / 10 ( Thu ) みかん様
ただいまですヾ(。◕∀◕)ノ 始まりましたよ~。構想っていうかイメージ練っててちょっと遅れました。 ゲズゥらぶ…だと…!? あなた様 も か ! この野郎、なぜか読者様方にモテるのですよネ…。主役が愛されてる安心と同時に得体の知れない羨ましさを覚えます(おい)…………いえいえいえ、ありがとうございます♥ こちらこそコメントいただけて嬉しいです! これからもいくらでもヤツへの愛を叫んでください! |
31.a.
2014 / 04 / 10 ( Thu ) 桃色の液体に緑色の小粒とは、随分といかがわしい。そんな外見の薬だが、効果の方は期待できるのだろうか。 ゲズゥ・スディル・クレインカティは手渡された小瓶を掌の上で揺らしたりしてみた。これまた、いかがわしい臭いが小瓶の蓋と口の隙間から漏れる――たとえるなら、草を汗で湿らせたかのような。「そいつは強力な痛み止めですぞ。こっちは造血剤、食事の度に一つ、よく噛み砕いて飲みなされ。なに、若い男といえばただでさえ血の気が多くて、造血なんざ必要ないでしょうがね」 ――ハッハッハ! と壮年の医者が豪放に笑いながら巾着を放り投げる。 巾着を受け取ったゲズゥは、想定外に中身が硬くて重いことに目を細めた。 「ありがとうございます、先生」 ミスリアが医者の正面に立って直角に倣った深い礼をする。 医者は黒い顎鬚を一撫でしてニヤニヤ笑った。鋭い眉や鼻の高さ含め、猛禽類寄りの顔立ちなのがどうも気になる。胡散臭い雰囲気とは裏腹に、町内では名医として腕の良さに定評があるらしいが。 「それじゃあ、杖もつけてやりましょうぞ」 そう言って医者は狭い診察室から廊下へとしばらく姿を消した。戻って来た頃にはその手に一対のT字形の杖が握られていた。 「その怪我でここまで歩く気合があったのは、結構結構。しかーし、せっかく縫った傷口が開いても困りますからな、なるべく安静にしてなされ。幸い、デカい患者様を診るのは初めてじゃない。この長さで足りますな?」 ゲズゥは差し出された木製の杖を早速脇下に当て、試しに寄りかかってみた。重心は安定していて、脇に当たる部分も硬すぎず軟らかすぎずでちょうどいい。これなら負担も少なく歩けるだろう。 「問題ない」 と、以上の旨を簡潔にまとめて答えた。 「よし。となると、支払いの話に移ってもいいですかな」 猛禽類風の医者が椅子を引いてミスリアに勧める。はい、と頷いてミスリアは椅子にそっと腰をかけた。 二人が金の話をする間、ゲズゥは無言で傍観に徹した。数字やら細かい交渉は面倒だ。必要な物はどうあっても必要なのだから、高い金を払うことになっても手に入りさえすればいいと彼は考える。ちなみに弟のリーデンは、必要な物の為にこそ完膚なきまでに値切る派ある。 そんなわけで治療費の話はほどほど耳に入れつつ、己の身勝手な寄り道に文句ひとつ言わずに付き合ってくれている少女を、なんとなくじっと観察して過ごした。 _______ 夢を見ていたとしたら、内容は記憶に残らなかった。 まどろみの中で唯一強く感じていたのは「寒さ」だけだったと思う。 そんな膜のように薄い無意識から脱した時、まず最初に意識を射止めたのは左手に巻き付いていた柔らかい温もり、それから―― 「あつい」 ――手の甲を時々打つ、小さな熱。 「……え?」 傍らで項垂れていた少女は、ゆっくりと頭をもたげた。その顔をおぼろげに認識して、ゲズゥは熱の源を知った。 「そういえば、涙ってのは、熱いんだったな」 忘れていた訳ではないはずなのに、僅かな衝撃を覚えた。 |
閑話 そろそろ?
2014 / 04 / 08 ( Tue ) 拍手御礼かえるかな… <一章につき五回のペースと考えて
誰をネタにしようか… だーれーにーしーよーうーかーなー 設計士さんとウペティギの城の後日談みたいなのは考えてあるんですが、尺的に拍手御礼に収まりきらないっぽい。そういえば、拍手御礼を一話完結でなく連載にするという手もあるような無いような…ややこしそうですけどねぇ。残念ながらにんじゃさんは一度に一枚しか使えないのです。サイト<七ツ海>で使ってるWebclapの方なら可能ですが。 っていうか設計士さん気に入ってるので出番終了してるのが悔しいです!! いつかまた会おう~~~ぞ~~ やっぱ拍手ボタン連載形式で出すかな! それはそれ、これはこれ、でやっぱり次の小ネタ考えな。あ、ラノグさんの続・求愛編なんていいかも? これも尺に収まりきらない?? レネ・トリスもまだまだ遊べそう。うぅううむ。 アイデア投げてください誰か。 |
サトガエリ中です
2014 / 04 / 04 ( Fri ) |
拍手コメ返信
2014 / 04 / 01 ( Tue ) みかん様
はじめまして! いつも楽しみにして下さってるとのことで、本当にありがとうございます。 うけていただけてよかった(笑) 思わず初コメしちゃうほどに(笑)? これからも楽しんでいただけるよう頑張ります。本編はまーだまだ続きます。よろしくお願いします! またいつでもコメントお待ちしてます★ |
最終回です
2014 / 04 / 01 ( Tue ) |
30.i.
2014 / 03 / 31 ( Mon ) 「なに、すんだよ!」
「お願いです、思い直して! 一日だけでもいいんです、引いて下さい!」 骨と皮と髪ばかりの栄養不足な子供が相手では、ミスリアでも取り押さえることは可能だった。 揉み合いながらも説得を試みる。 「今日の行動が明日からの貴方をどう変えていくのか――まだわからないかもしれませんけど、信じて下さい! 大切な人の仇だとしても、殺すのは、それだけは、いけません!」 並べ立てている言葉に説得力があっても無くても構わない。止めたい、ただそれだけだった。 組み敷いたような体勢になり、ミスリアは少年の痩せこけた顔を見下ろした。昨晩は虚ろな印象を与えた瞳が、今日は怨念に血走っている。 「うるさいいいいいい!」 少年のどこにそれだけの力があったのか。 刹那の激怒。少年はミスリアの頬を引っ掻き、下アバラに膝蹴りを入れた。痛みに蹲るほかなかった。 視界の端で、ゲズゥが屈んでいるのが見えた。片手で鉈を拾い上げ、長い柄から差し出す。 「落し物だ。返す」 己の血液がべったりとこびりついた刃に対して、彼は平然としている。普通は自分がとめどなく血を流しているだけでも仰天しかねないが、それは一般人の定義であって、今更ゲズゥに当てはめられるものではないとミスリアは知っていた。 「――――なっ……」 逆に少年の方が動揺した。 ミスリアはかろうじて上体を起こして目を凝らす。仇討ち少年は、これまでの激しい意識状態から醒めかけているようだった。 「う、あ……あ…………」 ガタガタと全身を震わせ、鉈を受け取ろうとしない。 (怯えてる?) 自覚が芽生えたのだろうか。行為の恐ろしさを、理解したのだろうか。 変化に気付いたとすれば、ゲズゥはそれらしい素振りを見せなかった。彼は空いた手で少年の右手を掴み、強引に鉈の柄を握らせた。 その過程のどこかで細い手首に深紅が付着していた。少年は戦々恐々と血痕を見下ろす。 「ああああああああああ」 正気の色を映し始めていた瞳は恐怖に一際大きく見開かれる。 そして昨夜と同じく、少年は足早に逃亡した。辺りに草が繁茂しているだけあって小さな人影が消えてなくなるまでに一分もかからない。 ぼんやりとその後ろ姿を見送っていたらしいゲズゥが、やがて短くため息を吐いた。レンガの山を背もたれに求め、地面にずるずると座り込む。 ミスリアは蹴られた箇所をさすりながら、何度か咳をした。次いでふらりと青年の隣まで近寄った。 「頬」 見上げる黒い瞳は相変わらず平静だ。 「ちょっと引っ掻かれただけですよ。痺れはしますけど、大丈夫です。それより脚の怪我を見せて下さい」 治癒しやすいように、彼の左隣に膝をついた。 ところが、伸ばしかけた手は止められた。濃い肌色をした大きな手がミスリアの右の手首を長袖の上から握り締める。 驚き、探る眼差しをゲズゥに向けた。心なしか血色の悪くなった顔が視線を返す。 「いらない。これはけじめだ。治さなくていい」 思わずミスリアは何か言い返そうと口を開きかけた。けれども手首を締める強い力からゲズゥの決意の固さがひしひしと伝わってきて、言い返すはずだった言葉も失われた。 「…………ではせめて、お医者様に診ていただきましょう」 と提案すると、「わかった」と彼は頷いた。握り締められていた手首も解放される。 「しばらく休めば歩けるようになる。……多分」 はい、と小声で相槌を打ち、ミスリアはショールを破いて応急処置に当たる。コートを開くと想像以上に革が濡れていて重く、その下に現れた麻ズボンに大きな赤い染みが広がりつつあった。 決して長く放っておけるような傷ではない。 「やっぱり少しだけでも聖気を使わせて下さい」 包帯代わりの布を巻きながら、不安を隠せない声で言った。止血の為、傷口には充分な圧力を加えて、巻き終わった包帯をしっかり結んで―― ――反応が無い。 見れば、気付かぬ内にゲズゥは瞼を下ろしていたらしい。 反射的に彼の首筋に人差指と中指を押し当てた。幸い、指先にはちゃんと生きた人間の血管が脈打つ感触が伝わった。しかし異様に速いのは気のせいではない。 おそらく失血のショックで気を失ったのだろう。 涙がこみ上がった。 何とかしなきゃと思ってまた片手を伸ばすも、躊躇して何もできない。 苦しみを少しでも少なくしてやりたいと思う反面、気持ちを汲んでやりたいとも思う。ここまで譲らないからには、何かしら深い理由があるはずだ。知らないまま踏みにじっていいとは思えない。 この切なさは何だろう――妙な衝動に駆られ、ミスリアは青年の横顔に手を伸ばしていた。 (そういえば寝顔? を見るのは初めてなのかな……) ゲズゥは大抵の日はどこか目に入らない場所で寝ているか、ミスリアよりも遅く寝て早く起きている。 よく人の寝顔は万国共通で無邪気だと言うが、これは厳密には寝顔ではないし、無邪気どころかやたら苦しそうである。 ミスリアは余った布きれで汗の粒を拭ってやった。 苦渋に寄せられた眉根も、不自然に速い胸板の上下も、見守るしかできないのがたまらなくもどかしい。 衝動を生み出す渇望の正体を、ミスリアは知らなかった。 知らないまま、ゲズゥの左手の下に己の右手を滑り込ませ、思いっきり握る。 もう視界がぼやけてよくわからないけれど、その上に涙の滴が零れ落ちる気配を感じた。 以下あとがきになります |
30.h.
2014 / 03 / 30 ( Sun ) 硬直が解けたミスリアは大急ぎで水道橋から降り始めた。 叫び声が止んでいる。少年は頼りない肩を激しく震わせながら、荒い呼吸を繰り返し、鉈を引き抜こうともがいていた。血が伝う鉈の刃に、無骨な手が重なる。刃は刺した対象に、その全長の四分の一も食い込んでいない。 「たとえ――」ゲズゥが発した声はひどく冷静だった。「腕が上がらなくなるまで俺を刺しても、或いは殺したとしても、お前の心は晴れない」 「はな、せぇ!」 子供はひたすら鉈を引き抜こうとしているが、びくともしない。腕力の差は明らかである。 (ダメ。引き抜いたら出血が) 焦り、ミスリアはレンガの柱を滑り落ちるようにして降りた。 「恨みとはそういう物だ。楽になりたければ、別の方法をみつけるんだな」 「なに、言ってんだよ。そんなんどうでもいい! おばさんをめちゃくちゃにしたオマエを、絶対、ゆるさない! わすれたとは言わせないからなぁ!」 少年は全身から憎悪をほとばしらせながら一言ずつを恨みがましく吐き出した。 「……憶えてる」 ぽた、ぽたり、と深紅の滴が草を濡らす。青年はそれを全く気にせずに静かに答える。 (こんな子供が仇討ちを……?) 衝撃のあまり、身体の動きが一瞬止まった。そしてどうしてかそのことより気になる問題があった。 ふいにミスリアはシャスヴォルの兵隊長だった男性を思い返した。あの時ゲズゥは何と言っただろうか。 「お前が慕っていた女には殺されるべき理由が多くあった。故郷の村を滅ぼした『実行犯』の一人でもある。あの日に遡って選び直せと言われたら、何度でも俺はあの女を苦しめて殺す方を選ぶ」 「うるさい! おばさんはすごく優しくて、おれにとっては親だったんだ! 殺される理由なんてあるわけない!」 ゲズゥは少年の必死の抗言を完全に無視して続けた。 「だがあの場に現れたお前に見せつける必要は無かった。お前の憎しみを悪化させた責任は、確かに俺にある」――彼は鉈にかけていた手に力を込め――「だから、思う存分、やりたいようにやればいい」 やっと水道橋を降り切ったミスリアは、その勧めを聴いて一層強い焦燥感に打たれた。何やら整理しきれない感情を持て余し、覚束ない足取りで二人の傍へ歩む。 (過去の罪に対して罪悪感を感じているのは、良い傾向だと、喜ぶべきかもしれない、けど……) そう考えながらも信じられないくらいに自身の動きは緩慢としていた。 少年がゲズゥの手助けを経て鉈を引き抜く瞬間が、目に見えて間近に迫っているのに、ミスリアの足は速まることができなかった。 『お前が俺に復讐するのはお前の勝手だ。そこで返り討ちにするのは俺の勝手だ』 シャスヴォルの兵隊長を相手にした時に比べて、ゲズゥの態度が違っている。原因を辿ろうにも、彼が今しがた語った責任の話だけでは釈然としないものがあった。 今はそんなことより、目の前で繰り広げられかけている悲劇を止めなければならない。 (きっとあの子にとっての取り返しのつかない過ちになる) それは、無関係な人間ならではの意見だろうか。どちらにせよ、心の奥底から人を恨んだことの無いミスリアにはわからない。 止めなければならないという意思の方が、今は迷いよりも勝っていた。 黒いコートに身を包んだ青年の背中が視界の中で段々と大きくなっている。あと数歩もすれば手が届きそうな距離に達すると、鉄の臭いが鼻についた。 なんとか仇討ち少年を説得できないだろうか。気を引き締めて、ミスリアは横を回り込んだ―― 低く、形容しがたい音がした。遅れて両目が脳へと映像を読み込む。 少年は血に濡れた鉈を持ってよろめいていた。 栓の役割を果たしていた凶器が抜けても、ゲズゥの左脚から劇的に鮮血が飛び出したりはしない。代わりに、真っ黒な革に開いた穴の周りが音も無く潤い、嫌な光沢を帯びる。 「や――」 その時点でようやっと、ミスリアは声の出し方を思い出していた。 少年は、鉈を両手で逆手に握って、大きく振り被っている。今度は腹部を狙うのだろうか。 「やめて下さい!」 かなり危険な真似だと頭のどこかでわかっていたが、それでもミスリアは飛び出していた。 自分と大して身長の変わらない華奢な少年に体当たりをする。二人して転倒し、鉈は少し離れた場所に落ちた。 |
30.g.
2014 / 03 / 27 ( Thu ) 俯き、途切れ途切れに語り出す。 「親……を。引き取って育てて下さった方たちを……ある日、自分が殺した、と。あの人は、そう言って笑いました」 ミスリアは心のどこかでは否定して欲しくて語っていた。ただのほら話だから早く忘れろ、とでも言って欲しくて。 そしてゲズゥは返事をした。 「事実だ」 「――――!」 がばっと彼の立つ方を見上げても、レンガを覆う蔓草がちょうど邪魔で表情が窺えない。 「俺はその場に居なかったが、視ていたから、知ってる」 あくまで淡々と、言葉は重ねられる。 「おかしいです! その場に居なかったのに『見てた』ってどういうことですか」 「左眼の特性の一つだ。血縁関係の強い相手と、視界を共有できる」 「視界を……?」 ミスリアは訊ね返した。ゲズゥ自ら「呪いの眼」について説明する気になっているのが珍しくて、つい話題の中心人物よりもそちらの方に興味が向いてしまう。 「別に、常にそうなってるんじゃない。何故か距離が離れた方が頻繁に同調が起こるが、意図的に遮断するのも可能だ」 「すごいですね。そんな風になってるなんて……」 途方もない話なのに、ミスリアにはすんなり信じられた。今の説明を受け入れさえすれば、昨夜のリーデンの言動に抱いた疑問がことごとく解消されるからだ。 「もしかして相手がどこに居るのか、距離感覚も備わってたりしますか?」 「大して頼れはしないがな」 「それでもこの町まで追って来て、見つけられたでしょう。リーデンさんだって、そうやって昨夜は河のほとりまで来たんですよね」 「ああ」 ――謎がいくらか解けた。 頭の中で、ミスリアはいくつかの点と点を繋いでいた。視界の共有、距離感覚。遠い昔、リーデンが誰の目も届かない場所に隠れていながらゲズゥが迎えに来れたのは、そのおかげだろう。それに、世界でただ一人の家族と遠く離れていても平気でいられるのは、或いはこの不可思議な能力があるからなのかもしれない。 (裏を返せば、それってもしかして) ミスリアはあることに気が付いた。便利そうな力に思えるが、良い事ばかりなはずが無い。何せ自分一人の経験だけではなく、別の人間の味わった悲しみや苦しみを直に受け取ることになるのだから。 自分に置き換えてたとえれば、魔物に魂を繋ぐ歌を使うのと同じだ。 あれは他人の記憶と過去、と最終的に割り切れれば正気を保てるものであって、身近な相手と何度も経験を共有していたら、他人事でない分だけもっと引きずりそうである。 そして振り出しに、リーデンの話に戻る。 (老夫婦を鈍器で殴った場面を同調して視てた――?) 視ていただけで、手を出せる範囲に居なかったのなら。一体どんな気持ちで一部始終を観察していたというのだろう。全く何も感じなかったはずが無い。 気分が悪くなり、ミスリアはそれ以上は想像したくなかった。強制的に思考回路を止め、深く息を吸い込む。 会話が今度こそ止んだので、太陽が西の空を悠々と横切るのを眺めようと思って顔を上げた。いつの間にかもこもことした灰色の雲が青の上を滑っている。陽の光が遮られて弱まる度に、気温は下がって行った。 流石に寒くなってきた。できれば屋内に入って毛布に包まるなりお茶を飲むなりして温まりたいと思う。 (そういえば私たちは何をしに来たんだっけ。えーと、子供に会いに?) 思い出したのと時を同じくして地上からガサガサと何かが野草を踏み分ける音がした。 柱に片手を付けたまま、対象を見下ろそうとやや身を乗り出してみる。小さな人影だった。本当に、件の子供が現れたのだろうか。 人影は水道橋を振り仰ぎ、長い髪に隠れていない唇を動かした。 何かを言ったのなら、突風で聴き取ることができなかった。しかしその唇は、「みつけた」という単語を形作っていたように見受けられる。 重く硬そうな布が風に絡まれる音と共に、ミスリアの視界を、大きくて黒い物が通り過ぎて行った。 「ミスリア! お前はそこを動くな」 と、黒い物が振り向きざまに命じる。 「何を……」 唐突に、猛烈な不安が心を占め尽くした。既にゲズゥは地に足を付けている。同等の身体能力を持たないミスリアが同じ場所に辿り着くまでには、必ず数分以上はかかる。 何に対する不安なのかはわからなかった。動くなと言われはしたけれど、やはり降りた方がいいのか。 逡巡していた間、ミスリアは二人の人影から目を離せずに居た。 その時、小さい方の人影がずかずか進むのをやめた―― かと思えば、次には叫びながら走り出した―― 少年は両手に、長くて危険なナニカを握り締めているように見えた。ミスリアは目を見開いたまま硬直した。 (どうして!?) 警告を伝えようとしても、声が出なかった。 疑問は少年の行動というより、長身の青年の方にあった。彼は着地して以来、真正面から突進してくる少年を前にして、小指の先ほども動かない。 まるで鉈の切っ先へ吸い寄せられたかのように、最初からそれが狙いだったかのように。 ほどなくして二つの人影は重なった。 |
30.f.
2014 / 03 / 25 ( Tue ) レンガの積み上がった部分を足場に使い、何とか掴める箇所を順に見つけてよじ登った。五分ほどして腰を落ち着ける場所に着けた。その頃には爪が割れたり指先に多少の傷ができたりしたが、得られた成果はそんな煩わしさを掻き消すに十分だった。 人の手が作り上げた絶景。そこには、大自然が魅せる光景とは別種の感動があった。故郷たる島国から一歩も出ることなく一生を過ごしていたら決して出逢えなかったであろう喜びに、思わずおののいた。 視界いっぱいに広がる、手の込んだ造りの都には、どれだけの歴史とどれだけの人の夢や苦労が詰まっているのだろうか。ここから望める港や街道、住宅街や役所、果ては路地裏にまで。 寒空の下、太陽が力強く照らすイマリナ=タユスの町では、さまざまな人生が行き交っている。その中にはミスリアにはとても想像できないような困難な人生も、燦爛たる人生も、多種多様に含まれていることだろう。 彼等が思い描くままに道を往けるよう、妨げが少なければいいのに――と、ふとミスリアは手を握り合わせて祈った。 (でも、誰もがみんな望むままに進んだら、そのせいで衝突してしまう人生も出て来る) 生きているというのは一筋縄では行かないものだ。自然界にだって、共生と相克がありふれている。人の世も同様に入り組んでいて、どちらの在り様が正しいのかなど、結論が出たためしは無い。 (せめて自分にできることを、聖女としての役目を、精一杯まっとうしよう) 少なくとも大陸中の魔物を昇華していくことが人々にとってマイナスになるはずは無いのだから。 物思いに耽り始めて数分、突風が周囲を吹き抜けた。ミスリアは長い袖と裾のドレスの上にショール型の外套を羽織っているがそれは薄地の部類に入る品物で、今の風に弄ばれはしても充分に防げた気がしない。特に背中や後ろ首辺りが一気に冷たくなった。 フードが付いているのが幸いで、ミスリアはこれ以上髪が乱れないように、そして冷えないようにと目深に被った。 「ここ数日で急に冷え込みましたね」 身震いしつつもミスリアはゲズゥが居る辺りを斜め上に見上げた。 立っていれば余計に風が当たって寒いはずなのに、彼は平然そうな顔で直立していた。昨日使っていた膝まである黒コートをちゃんと乾かして着用しているからかもしれない。両手なんて、ポケットに収まっていて温かそうである。 「コレは貸してやれないが」 こちらがコートに視線を集中させていたのに気が付いたらしい。 「わ、わかってますよ、リーデンさんのご厚意です。それに背丈が違い過ぎますし」そう答えると、ミスリアはあることを思い出して懐かしさに頬を緩ませる。「私には姉が居ましたけど、歳が離れていたので服の貸し借りはできませんでした」 「過去形」 返ってきた一言の指摘にミスリアは苦笑した。 「お姉さまは私より先に聖女となって旅に出ました。そしてそのまま、失踪しています」 一抹の淋しさに胸が痛んだ。 「つまり、お前のは捜す為の旅か」 つとゲズゥが投げかけてきた憶説にミスリアは驚かない。以前から、自分は厳密には世界を救う為に旅立った訳ではないと、言明してあったからだ。 「そうではありません。いえ、全くそんなつもりが無いと言えば嘘になりますけど……」 そこから先を語れなかった。裏付けを取れていない、ただの疑惑を口にするだけの勇気が足りなくて。 ふらりと、心身の支えを求めてレンガの柱に背中を預ける。 ミスリアが口を噤んだ後は静寂が続いた。否、人と動物の声が欠けただけで、静寂と呼ぶには風がうるさすぎた。まるで聴く者に何かを訴えかけるかのような高らかな風音が、間隔を置いて何度も周囲を揺さぶる。 じっとしていると時々古城の映像がチラチラと脳裏を過ぎるが、今や無視できる程には慣れている。 そうしてしばらく経ってまた口を開きたくなった時、再びとある名が舌の上を滑った。 「リーデンさんて複雑な方ですね」 直後、上からは嘲笑に似た吐息が聴こえた。 「そういうのを婉曲と呼ぶらしいが」 「む、難しい言葉を知ってますね。婉曲表現になるんでしょうか」 「…………アレとの確執にお前を巻き込んだのは、悪かったと思ってる」 いつもの感情に乏しい声とは違う、僅かだが確かに申し訳なさそうな声色だった。 「え? そんな、私は構いませんけど」 条件反射でミスリアは答えた。 「いや。お前はアレを怖がって逃げ出した」 「――それは、だって……あまりに惨いことを言う、から……です」 するとゲズゥは口に出しては何も言わなかったが、その沈黙にこそ「詳しく話せ」と求められているとミスリアは解釈した。 |
30.e.
2014 / 03 / 20 ( Thu ) 地上へ続く階段を無心に駆け上がって、上り切ったら今度は路上に出るつもりで駆ける。 その後はどこへ向かえばいいのか全く当てが無いけれど、ミスリアは足を止めなかった。案外、探し人はすぐに見つかった。リーデンが居を構える建物から数歩も離れていない位置に彼は佇んでいた。 (――っ、こんなに) ……安心するとは思わなかった。堪えていた涙が目元に少し滲み出たのは、午後の陽射しが眩しいからってだけではない。 黒曜石に似た瞳が湛える静けさの中に、ついさっき露わになった激情は残っていない。だからだろうか、目が合った途端、さざなみ立っていた気持ちが少しだけ落ち着いた。 長身の青年は、息を切らして膝に手をつけるミスリアを、怪訝そうに見下ろす。 「そんなに慌てずとも、別に置いて行ったりしない」 彼は草か枝のようなものを一本口に咥えたまま無機質に言った。 「あ、はい。ありがとうございます」 何故か熱が顔に集中したように感じて、思わず目を逸らした。そんな言葉をかけてもらえて――嬉しい、のかもしれない。言った方には喜ばせるつもりなど無かったとしても。 「そ、それで今日はどちらへ向かいますか?」 気持ちを切り替え、笑顔を作って改めて訊ねた。今はまだ、地下に潜む銀髪の美青年について触れたい気分ではなかった。きっとゲズゥも話題にしたいとは思わないだろう。 「…………昨日の子供を探す」 理由も無くなんとなく散策するのかと思っていたミスリアは、意外な答えに目を見開いた。 (あの子のことを心配しての行動なら感心するところだけれど) そう考えるのはどこか的外れな気がした。 「でも街に居るとは考えにくいですよね? 昨晩はあんな外れに居た訳ですし」 「おそらく高い所に行けば遭遇する」 「高い所?」 訊き返したものの、返事は無かった。 ゲズゥは黒いコートの裾を翻してさっさと歩き出していた。ミスリアもその後に続く。 彼は時折止まっては周囲を見回し、行き先を決めているようだった。 (高い場所から町全体を見下ろして探す……? そんな言い方じゃなかったわ。おそらく遭遇する、ってどういう意味だろう) 考えうる可能性があるとしたら、それは例の少年の方がこちらを探している場合――高い所に立って姿を見せるだけで近付いてくるはずだ。しかしそれならば何故探すのか、何故ゲズゥにその予想がついたのか、わからないことだらけになる。 路地裏の迷路を抜けると今度は街をうろつき、やがて更なる紆余曲折を経てやっとゲズゥは立ち止まった。 街の北端だろうか。草が繁茂した地域に、水道橋の一部がそびえ立っている。 80フィート(約24.3メートル)をゆうに超える水道橋は、壊れた状態よりむしろ建設中に計画が放棄された風に見えた。一番高い所は二段目まで完成しており、一番低い所は一段目の柱のレンガが途中までしか積み上げられていない。 ――悪い予感がする。 おそるおそると隣のゲズゥを見上げると、彼は一言「のぼる」とだけ呟いた。 「あれを、登るんですね……!」 「嫌なら地上で待っててもいいが」 「……一番高い位置まで行く気ですか?」 「そうだな」 「わかりました。私は下で待ってます」 とりあえずは妥協することにした。 ああ、とだけ答えて、ゲズゥは古びたレンガに手を付ける。慣れた手つきで上へ上へと登っていく彼の後ろ姿を見届けてから、ミスリアは登りやすそうな所を探した。 一番高いとまでは行かなくとも、少しでも登ってイマリナ=タユスを見下ろしてみたい気分である。 |
その黒さ、計り知れなく
2014 / 03 / 20 ( Thu ) 吐血__OTL
黒歴史ってよく言いますが、創作系限定で自分にとって一番の黒歴史と言ったらなんだと思いますかな、みなさん。あくまで創作系で。 勿論昔の文章はひどいものですし(でも最近は開き直って受け入れられそうな感じです)(まだ読み返すのが怖い小説もありますがね) 昔の絵も失笑もので(まあ、かわいいもんですよね学生の頃書いた絵なんて) 更に言えばそんなに昔でもない録りかけの歌ってみたとかも鳥肌立ちますが(でもいつかは完成させたいよね、と思える程度に向上の余地がある) さっき自分のパソコン内の音声ファイルすなわち音楽をランダム再生にしていたら 声優ごっこにはまってた大学二年生病時代(正確に何年生だったのかは不明)の残滓が出てきまして、痛々しい事この上なく。 <ちょっと窓から身でも投げて来るか> それでもそういったファイルを全消去できないという複雑な心理状況を、皆さんお察しください。いえ、そんなにたくさんある訳じゃないんです。どれも短いし、あくまで声質の合いそうなキャラに限っていて無茶な遊びはしてないんですが。あははははははは 甲の超余談タイムでした。 |
本編200記事達成記念
2014 / 03 / 18 ( Tue ) だいぶ前でしたけどね!
どうぞ本編最新話と100記事達成記念と併せてお楽しみください。 この人たちが虫歯にならなかったのは遺伝の力だとして、小児ポリオやコレラを逃れたのは100%強運によるものです^^ つづきへGO! |