53.a.
2016 / 02 / 04 ( Thu )
 周辺の魔物退治もあらかた片付いて、軽食をとろうと火を焚いたところだった。
 肌が無数の針に刺され続けているかのような寒さだというのに、青年は焚火を睨むだけで、傍に行こうとしない。肌だけではない。氷点下の乾いた空気を鼻から吸うだけで、肺が激痛に苛まれる。
 それでも彼には彼なりの理由があり意地があった。

「感じ悪いですね。同伴するのが嫌みたいに見えますよ。我々はともかく、聖女さまに対して失礼ではありませんか」
 青年の胸中を知らず、不審に思ったらしい旅の連れの一人が、口を出した。
 その男は切り株に腰を下ろしていた。額や耳を覆う毛糸の幅広いヘッドバンド(はちまき)は温かそうである。マフラー越しに発せられた言葉はハキハキとしていて、くぐもっていながらも聴き取りやすい。

「悪かったな。どうせ俺は協調性がねーよ」
 素直に火に近付かない理由を語ればいいのに、棘には棘で返してしまうのが性分だ。青年の卑屈に、切り株に座した黒髪の男――ディアクラ・ハリドはフンと鼻をならした。
「全くです。聖女さまはなにゆえ、貴方のような者を供にしたがったのか」

 本人がすぐ近くに居るのをわざと意識した声量で、ディアクラが不平を漏らす。話題の聖女、カタリア・ノイラートは携帯式の鍋を火で熱するのに夢中でこちらを見向きしない。ふんふんと楽しそうに鼻唄を歌っている彼女の隣で、黒髪の若い女がため息をついた。

「兄さま。たとえ本当のことでも、今のは言い過ぎですわ」
「本当のことって……お前フォローする気ねえだろ」
 青年は稀に見る美女、イリュサ・ハリドを一瞥する。波打つ黒髪はカタリアのゆるやかに流れる巻き毛と比べて、倍のボリュームを持っている。肩にも届かない長さなのに横の広がりがあって、頭の細かい動きに合わせていちいち揺れている。見ていてどうも鬱陶しい。

「あら、わたしは貴方の味方ではなく平和の味方です。聖女さまが快適に旅していられますよう、面倒ですけれど喧嘩はできるだけ止めますわ。面倒ですけれど」
 イリュサは兄とお揃いのヘアバンドの下から漏れる前髪を、指先でいじった。
「……いちいち繰り返すな」

 この兄妹は、言動がネチネチしていて苦手だ。青年には当たりがきついのに反し、聖女カタリアには傾倒している様子なのも面白くない。
 だが魔物狩り師としての腕や、チームワークの高度さには文句のつけようが無いのである。連携に青年や聖女カタリアを追加しても狂わないどころか更に進化を見せた点も、実に見事である。認めるしかなかった。

「卑屈なのは、自分に不満や不足を感じてるからで。それを感じられるのは、向上心の表れでもありますよね」
 ふと、よく通る澄んだ声が夜の空気を震わせる。
 三人は未だに鍋につきっきりの聖女カタリアに注目した。話を聞いていないと見せかけて、実際はちゃんと耳に入れていたらしい。

「素晴らしいことではありませんか」
 茶色の双眸が鍋から外れて、青年を真っ直ぐに見つめた。
「……そういう見方もできるのか」
 目が覚めたような、くすぐったいような、後ろめたいような。モヤッとした想いで、青年は苦笑いした。この聖女は自分を買い被りすぎている、そんな気もしている。

「それで」
「なんだよ」
「教えてくださいませんか。どうしてそんなに離れているのですか?」
 カタリアのこれは純粋に知りたがっている目だ。抗いがたいものを感じ、青年は他の三人に聴こえないくらい小さく舌打ちした。

「俺は火が嫌いなんだよ。んなもんに世話になるぐらいなら、凍え死んだ方がマシってんだ。食事に関してはどうしようも無いけど、蝋燭も松明だってできれば使いたくない」
「この極寒の季節に何を馬鹿げたことを。どうやって越冬をしているのですか。湯も沸かさず、まさか寒中水泳をしているとでも」
 信じられなそうにディアクラが眉間に皴を寄せた。

「そりゃ――まあ……」
 青年は言い淀んだ。
「本当にそんなことを? 心臓止まりますわよ」
 呆れとも心配とも取れる声でイリュサが訊ねる。




最近丁寧語キャラ増えすぎ感。でも私はたのしい。

ハリドzは最初メガネでイメージしてたのですが、世界観的に無理を感じ、ヘッドバンドきょうだいになってしまいました。今ではお気に入り。二人は同じものを使ってますが、兄は額にかぶさるよう(前髪の下)に着けていて、妹は前髪よりちょっと上に位置するようにつけてます。耳あったかい! ちなみに彼らは多分25歳と28歳とかそんなんです。

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