44.h.
2015 / 06 / 25 ( Thu )
(なんて言ったんだろう)
 イマリナは「声」が不自由なのであって聴覚は普通に機能している。そのためか彼女に話しかける人間は居ても、話を聴こうとする人間はそう多くない。
 ミスリアは何かあれば大体筆談を要求している。しかし本来ならば、なるべく相手にとって楽な手段で話しかけてあげるべきだ。イマリナは字も決して下手ではないけれど、手話の方をより速く繰り出しているし、気持ちよさそうに使う。

 そこまで思いやれない自分はまだまだだな、とミスリアは苦笑した。今度からリーデンやイマリナに簡単な言葉だけでも教えてもらおうと決意する。
 挨拶が済んだ後、カイルを教会の玄関前まで見送った。

「それじゃあ、またね」
「はい。またお会いしましょう。どうかお元気で」
「君たちもね」
 そうして聖人カイルサィート・デューセは去った。背筋は真っ直ぐに伸びて歩みには気品が漂うが、そこには無理に型にはまろうとしている緊張感は無く、あくまで自然な動作だった。

(また会う時までに頑張るから)
 不思議な余韻を――高揚感を抱いたまま、ミスリアは跳ねそうな足取りで先程のアクティビティ・ルーム(=子供たちの遊び場など、大勢が集まって様々な用途にあてがえる公共スペース)に戻った。イマリナの姿は忽然と消えていて、ゲズゥだけが窓際で黙々と作業を続けている。

(あ、私もあれ今やろうかな)
 ミスリアにも取り掛かるべき手作業があったので、一旦寝室に戻ってあらかじめ買った材料をかき集めた。クローゼットから座布団を取り出し、
「お隣よろしいですか」
 と青年に声をかけた。ゲズゥはこちらを一瞥して頷いた。既に彼は大剣から短剣の手入れに移っている。

 座布団を敷いて、ぽすん、とミスリアは座り込んだ。膝上に衣類と布数枚を広げ、ハサミと縫い針の準備をした。
 先日手に入れた水晶を収める場所を作るのである。カイル同様、司教さまも「その水晶は聖女ミスリアが持っているべきです」とおっしゃったのだ。自分の手で手繰り寄せられた分、聖獣からのお守りとして特別な幸をもたらしてくださるのではないか、と想定して。ならば大切に預かろう、と覚悟を決めるしかなかった。

 まずは薄くて柔らかい麻布を四角に切って端々を縫い合わせ、引き紐を通して小さなポーチとした。次いで、数着の下着の内側に、ポーチを丸ごと収めるポケットを作った。

(ボタンは、一個で足りるかな。ううん、二個にしよう)
 ミスリアは一度教団に賜ったアミュレットを取り落とした経験があったため、すっかり用心深くなっていた。それよりも更に貴重な水晶には、たとえ逆さに吊るされても激しく揺さぶられても落ちないくらいの入れ物を用意したい。
 一針、二針、生地に細い鉄の針を通す。糸を引っ張るリズムと一緒に、物思いに耽った。

(ゲズゥはこの旅が終わったら――)
 いつかは彼とも道が別れる時が来るのだろうか、とふと思考が過ぎり、ミスリアは隣の男を盗み見た。ちょうど短剣を鞘に入れ直しているところだ。青年はこちらの視線には気付かない。

(また処刑台に立たされるのかな……)
 旅が終われば対犯罪組織ジュリノイも動き出すだろうし、「天下の大罪人」なんて大仰な二つ名を持ったゲズゥは遅かれ早かれ裁かれねばならない。それがどういう形に終わるのかは、まだ皆目見当もつかないけれど。

(やっぱり火刑かな。それとも断頭台かな。なんだか……嫌だな)
 もやもやとしたこの感情は何だろう。人の一生が終わる瞬間を想像したから気分が悪くなっただけとするには、どうも違うようだ。

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