30.g.
2014 / 03 / 27 ( Thu )
 俯き、途切れ途切れに語り出す。

「親……を。引き取って育てて下さった方たちを……ある日、自分が殺した、と。あの人は、そう言って笑いました」
 ミスリアは心のどこかでは否定して欲しくて語っていた。ただのほら話だから早く忘れろ、とでも言って欲しくて。
 そしてゲズゥは返事をした。

「事実だ」
「――――!」
 がばっと彼の立つ方を見上げても、レンガを覆う蔓草がちょうど邪魔で表情が窺えない。
「俺はその場に居なかったが、視ていたから、知ってる」
 あくまで淡々と、言葉は重ねられる。

「おかしいです! その場に居なかったのに『見てた』ってどういうことですか」
「左眼の特性の一つだ。血縁関係の強い相手と、視界を共有できる」
「視界を……?」
 ミスリアは訊ね返した。ゲズゥ自ら「呪いの眼」について説明する気になっているのが珍しくて、つい話題の中心人物よりもそちらの方に興味が向いてしまう。

「別に、常にそうなってるんじゃない。何故か距離が離れた方が頻繁に同調が起こるが、意図的に遮断するのも可能だ」
「すごいですね。そんな風になってるなんて……」
 途方もない話なのに、ミスリアにはすんなり信じられた。今の説明を受け入れさえすれば、昨夜のリーデンの言動に抱いた疑問がことごとく解消されるからだ。

「もしかして相手がどこに居るのか、距離感覚も備わってたりしますか?」
「大して頼れはしないがな」
「それでもこの町まで追って来て、見つけられたでしょう。リーデンさんだって、そうやって昨夜は河のほとりまで来たんですよね」
「ああ」

 ――謎がいくらか解けた。
 頭の中で、ミスリアはいくつかの点と点を繋いでいた。視界の共有、距離感覚。遠い昔、リーデンが誰の目も届かない場所に隠れていながらゲズゥが迎えに来れたのは、そのおかげだろう。それに、世界でただ一人の家族と遠く離れていても平気でいられるのは、或いはこの不可思議な能力があるからなのかもしれない。

(裏を返せば、それってもしかして)
 ミスリアはあることに気が付いた。便利そうな力に思えるが、良い事ばかりなはずが無い。何せ自分一人の経験だけではなく、別の人間の味わった悲しみや苦しみを直に受け取ることになるのだから。
 自分に置き換えてたとえれば、魔物に魂を繋ぐ歌を使うのと同じだ。

 あれは他人の記憶と過去、と最終的に割り切れれば正気を保てるものであって、身近な相手と何度も経験を共有していたら、他人事でない分だけもっと引きずりそうである。
 そして振り出しに、リーデンの話に戻る。

(老夫婦を鈍器で殴った場面を同調して視てた――?)
 視ていただけで、手を出せる範囲に居なかったのなら。一体どんな気持ちで一部始終を観察していたというのだろう。全く何も感じなかったはずが無い。
 気分が悪くなり、ミスリアはそれ以上は想像したくなかった。強制的に思考回路を止め、深く息を吸い込む。

 会話が今度こそ止んだので、太陽が西の空を悠々と横切るのを眺めようと思って顔を上げた。いつの間にかもこもことした灰色の雲が青の上を滑っている。陽の光が遮られて弱まる度に、気温は下がって行った。
 流石に寒くなってきた。できれば屋内に入って毛布に包まるなりお茶を飲むなりして温まりたいと思う。

(そういえば私たちは何をしに来たんだっけ。えーと、子供に会いに?)
 思い出したのと時を同じくして地上からガサガサと何かが野草を踏み分ける音がした。
 柱に片手を付けたまま、対象を見下ろそうとやや身を乗り出してみる。小さな人影だった。本当に、件の子供が現れたのだろうか。

 人影は水道橋を振り仰ぎ、長い髪に隠れていない唇を動かした。
 何かを言ったのなら、突風で聴き取ることができなかった。しかしその唇は、「みつけた」という単語を形作っていたように見受けられる。
 重く硬そうな布が風に絡まれる音と共に、ミスリアの視界を、大きくて黒い物が通り過ぎて行った。

「ミスリア! お前はそこを動くな」
 と、黒い物が振り向きざまに命じる。
「何を……」
 唐突に、猛烈な不安が心を占め尽くした。既にゲズゥは地に足を付けている。同等の身体能力を持たないミスリアが同じ場所に辿り着くまでには、必ず数分以上はかかる。

 何に対する不安なのかはわからなかった。動くなと言われはしたけれど、やはり降りた方がいいのか。
 逡巡していた間、ミスリアは二人の人影から目を離せずに居た。

 その時、小さい方の人影がずかずか進むのをやめた――
 かと思えば、次には叫びながら走り出した――
 少年は両手に、長くて危険なナニカを握り締めているように見えた。ミスリアは目を見開いたまま硬直した。

(どうして!?)
 警告を伝えようとしても、声が出なかった。
 疑問は少年の行動というより、長身の青年の方にあった。彼は着地して以来、真正面から突進してくる少年を前にして、小指の先ほども動かない。

 まるで鉈の切っ先へ吸い寄せられたかのように、最初からそれが狙いだったかのように。
 ほどなくして二つの人影は重なった。

拍手[0回]

テーマ:<%topentry_thread_title> - ジャンル:<%topentry_community_janrename>

13:29:21 | 小説 | コメント(0) | page top↑
<<30.h. | ホーム | 30.f.>>
コメント
コメントの投稿













トラックバック
トラックバックURL

前ページ| ホーム |次ページ