30.c.
2014 / 03 / 13 ( Thu ) 人を急かすのはマナーが悪い。そう考えながら、ミスリアは訊かずにはいられなかった。 絶世の美青年はすぐには反応を示さなかった。どこへともなく視線をやりつつ、代わりに彼は不可解な問いを投げかけてくる。「その前に、僕って幾つだと思う」 「歳の数ですか」 言われて、真面目に考えてみた。弟と言うからにはゲズゥよりは年下でなければならない。それなのにリーデンの達観した雰囲気か眼光の所為か、どうにもよくわからない。腹違いなだけに実は同い年だったりするかもしれない。 (そういえば回想の中では五歳と言っていたかしら) あの出来事は十二年前に起きていると聞いているから……と、ミスリアは簡単な暗算をこなした。 「十七歳ですよね。お若いですね」 「君ほどじゃないけど」 「は、はあ」 奇妙なやりとりにミスリアは笑うしかなかった。 「ねえ、聖女さんは臨界期仮定って知ってる?」 リーデンはバノックの残りを切り分けながら問うた。その面には笑みが貼り付いている。 「生物の発育過程で、外的な刺激を絶対に必要とする時期のこと、ですよね」 少したじろぎながらもミスリアは丁寧に答えた。 「よく知ってるねぇ。正直予想外だよ。教団の教育さまさまだね」 ふんふん、と彼は何度も点頭する。 「教育の一環ではありません、言語学が好きな友人に聞いただけですよ。確か、臨界期の間に外的な刺激を受けないと、言語能力がその後の一生も完全には育たないって考えでしたよね」 「そ。大人になってから初めて人に話しかけられたんじゃあ遅すぎてちゃんと話せるようになれない、って特異な事例が幾つも確認される内に、そのように仮定が立てられた。放置された子供、無人の山の上で狼に育てられた子、耳が聴こえない人、などなど」 物知り顔で語る青年を不思議に思い、ミスリアは小首を傾げた。 「リーデンさんこそそういうのに興味があるんですか?」 「興味っていうか身近な問題っていうのかなー。なかなかマニアックな話だけど、僕は詳しく調べ上げないと気が済まない性質でね」 彼は再び頬杖ついた。左右非対称の瞳にまたもや妖しげな光が宿っていることに気付き、ミスリアは唾を呑み込む。 「一部の学者たちの間では、感情の発達についても似たようなことが説かれてるんだ」 「感情の発達……ですか」 「それの臨界期に該当する年齢については色々言われてるけど。細かいことを省けば、つまり子供でいる間に保護者に構ってもらわないと、誰かに愛情を注いでもらわないと、まともな精神が育たないって話」 この会話は何処へ向かっているのか――ミスリアは疑問に思い、さまざまな方向に邪推し始めて、気を揉む結果となった。 その心の揺れ動きをリーデンは敏感に読み取ったらしい。 「あはは、なんか勘違いした? そういうんじゃないよ。兄さんは昔からあんなノリだったけど、これでも小さい頃は可愛がってくれたよ」 「かわい――……?」 ゲズゥと「可愛がる」が同じ文の内に示されていることに吃驚して、ミスリアは語尾のトーンを跳ね上げさせる。 「うん。あのあと確かに兄さんは、僕を迎えに来てくれたよ。半日後か或いは数日後だったのか、その辺りの記憶は曖昧だけどね。待ってた間に寝ては覚めての繰り返し、現実も悪夢も区別がつかないくらいどっちもひどかったもんだから」 リーデンは一旦目を瞑って瞼の裏の映像を払うかのように眉間の皴を揉んだ。 一拍置いて、続ける。 中世後期か直後らしからぬ思想の発達ぶりは主に私の好みの問題です。 |
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