18.i.
2012 / 12 / 12 ( Wed )
 防ぐ為の道具も武器も持っていなかったはずなのに? そう思った次の瞬間、ゲズゥが地面に垂直に構えた直刀が目に入った。
 巧く防げたのは良いけれど、あまりもの衝撃で両腕が痺れたのだろう。彼は次に降りかかってきた一撃を満足に受け切れず、たたらを踏んだ。
 
 既にあの人は新たに攻めに入っていた。
 槍のように長い戦斧が力強く振り回される。
 二人が打ち合う度に金属がぶつかり合う音が大きく響いた。
 
 ゲズゥは振り下ろされる斧の攻撃を避けたり受け止めたりが精一杯といったところの、防戦一方を強いられている。しかも一撃一撃の重みを受け止めた直後は、次に体勢を立て直すまでのラグがある。段々と余裕が無くなって行ってるのは見ていてわかる。
 
(スピードはゲズゥの方が上なんだから、流れさえ掴めればひっくり返せるかもしれないでしょうに。最初の腕の痺れで遅れを取ったわね)
 それでも彼は脂汗一つ浮かべていないのだから、大した精神力である。負ければ自分の死に繋がる状況で。
 一方、ミスリアといえば笑みを崩していない。こちらも存外、肝が据わっているのかもしれない。
 
 ふいにあの人の顔が険しく歪んだ。斧の長い柄を握る大きな両手が小刻みに震えている。
 
「戦闘種族かあっ!」
 突拍子も無い怒号に、観衆は何が起きたのかわからずに静まり返っている。
 「戦闘種族」の性質を知らなければ、何を訴えているのか思い当たらないだろう。たまたまヴィーナは、前に聞いたことがあった。
 
 あの人曰く、戦闘種族の血を受け継ぐ人間は、互いに共鳴する。といってもそれは目に見える現象ではなく、単に組み合えば、お互いがお互いに対し「もしかしてコイツも?」ってピンと来る程度のものらしい。
 
「儂の一番嫌いな人種だ!」
 余興の邪魔をされた時と比べ物にならないほど怒り狂っている。鬼気迫るとはまさにこのこと。
 更に激しい攻防が続いた。
 
「生まれ付き人より頑丈で優れて――」
 ――ギィン!
 ゲズゥの手に持つ直刀が、半分になった。
 
「……お前も戦闘種族だろう」
 静かに、ゲズゥが指摘した。その声は微かに息が上がっている。
「そうだ。だが薄い。より濃い血筋の奴らにゃあどう足掻いたってかなわねぇ」
「…………」
「てめぇが濃い目なのはやり合ってりゃすぐわかんだよ!」
 斧がまた振り下ろされる。
 
 ヴィーナはそのやり取りをのんびり静観しつつ、考えを巡らせていた。
 ゲズゥが戦闘種族だったのは知らなかった。が、そうだと言われても驚けないような、並外れた身体能力の持ち主ではある。
 
 驚く点は、戦闘種族がまだ居ること、それ自体だ。歴史の流れと共に数が減り、しかも同胞同士で群がって生活しないため、血は薄れる一方であるはずだ。知名度はイトゥ=エンキの「紋様の一族」よりも更に低い。
 
(まあ、重要なのはそこじゃなくて、あの人……)
 彼は時折、戦闘種族に対するわだかまりを吐き出していた。その根底にあるのは劣等感だ。それに打ち勝とうとして長年弛まぬ努力を積み重ねてきたのを、一年前知り合ったばかりのヴィーナでもよく知っていた。本人は隠しているつもりで、頭のゆるい団員の多くは気付いていないが。
 
(ほんと、男ってかわいいわ)
 弛まぬ努力と生まれ持った素質が合わさって、今の彼が出来上がった訳だ。
 はっきり言って、いかにゲズゥが「天下の大罪人」でも戦闘種族でも、たったの十九歳では到底敵わない。体格だけじゃなくて武器や技の練度の問題である。あの人の前では青二才でしかない。
 
 とはいえ、ゲズゥも鍛錬バカだから、そこら辺の青二才よりはできる。
 もう少し育っていれば、ヴィーナも彼に本気で興味を示したかもしれない――。
 その時、斧を避け続けていたゲズゥがついに追い詰められた。背中が壁に当たったのである。
 
 ――終わったわね。
 そう思ったが、鎖が振り上げられた戦斧の柄に巻きついた。今まさに斧を振り下ろさんとしていたあの人を背後から制した男は、飄々と笑った。
 
「ちょっと待ちませんかー、頭」
 拷問の対象や他の人間を巧く避難させ、自分が介入する隙を伺っていた彼。
「おめぇは引っ込んでろ。イトゥ=エンキ」
 
「んー」
 曖昧に唸るだけでイトゥ=エンキは鎖を握ったまま、応じない。
 力で振り払うことは簡単だろうけど、あの人はそれをしない。我が子のように可愛がってきた男を万が一にも傷付けられないのである。本人もまたそれをわかっていて、無茶ができるのだろう。

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