3-1. d
2018 / 10 / 08 ( Mon )
「この時期に田んぼ見ても気持ち悪いんじゃないの。ヘビがうじゃうじゃいるでしょ」
「そデスね。いぱい、います」
「まあラムさんはヘビ怖くないものね。それよりもねえ、ちょっと困ったことになってて」
「大丈夫デスか?」
「あのね……」

 離れているのに、二人の話している内容がよく聴こえた。
 女性の相談は、食物の蓄えが少なくなっていることにあった。ただでさえ毎年領主に年貢を納める量が多いのに、これでは村の皆が食べる分までなくなってしまう。何か心当たりがないか、怪しい動きをした者は見ていないか、そういう話だった。

 なんでも、このラム氏はよく蔵に入り込む小動物の退治を任されるらしい。他に出入りしている人間がいれば、いち早く目にするはずだった。
「わかりまセン。今度から気をつけてみマス」
「いつもありがとうねー」
 人の好い笑顔を浮かべて、女性は踵を返した。彼女を見送りながら、ラムはのんびりと手を振る。
 女性の姿が家屋の陰に消えるのを見届けて、彼はぐるりと身を翻した。

「――ガウロン!」
 ものすごい剣幕だ。大股で坂を駆け上がって来る。
「まだそこにいるんだろう、蛟龍《ガウロン》。出てこい」
 彼が口にしたのは耳慣れない単語だったのに、呼ばれたのだと何故かわかった。

(何語なんだろう)
 先ほどの女性と交わしていたのは間違いなく日本語だった。しかし今話しかけられているのは違う。言葉の意味は何故か理解できるが、音の羅列や抑揚の付け方に、未知の響きがある。
 藪の中から歩み出ると、唯美子は己の目線の低さにぎょっとした。ラムの腰辺りを見上げている程度である。
 そして口を開けば舌から転がり出て来たのは、相手と同じ言語だった。

「なにおまえ、なんかおこってんの」
「それだ。その姿でうろうろするなと言っただろう、過去の鏡像をみているようで気分が悪い。誰かにみつかったらどうするんだ」
 頭のてっぺんをはたかれた。瞬間的に痛かったが、怒りをおぼえることはなかった。

「えー? 弟ができたみたいだっておもえばいいんじゃん。おまえ、末っ子でずっと弟妹がほしかったって言ってたよな」
「そんな無茶な。何百年も年上の弟がいてたまるか。いきなり村人たちに紹介しても、不自然すぎる」

「ラムのいじわるー、懐がせまければココロもせまーい」全くやる気のない罵り言葉を吐きながら、ひと跳びで青年の背中にとりつく。「おいらに、小蛇の姿でいろってゆーんか。タイジされろってかー」
「別にそこまでは。もっとこう、違う動物に化けたらいいじゃないか。小鳥とか」

「でもなー」
 ラムの背中から水田の縁まで飛び降りて、しゃがみ込んだ。
 水面に映っているのは、前歯の欠けた少年。そこを嬉々として指さした。
「でもおいら、おまえのカオ気に入ってるし」
「…………」
 リアクションに困る、と言いたげな苦い表情で、ラムは額に手の平を当てた。
 ようやく唯美子は悟った。

 ――この幻は、記憶だ。
 どういう原理かはわからないが、おそらくナガメの記憶の中に囚われているのだろう。彼の経験した会話、事象をたどっているのだから、唯美子の意思で手足を動かせないのは当然だ。もしかしたら、あの小瓶に細工がされていたのかもしれない。

 そしてもうひとつ。今まで思い付かなかったのがおかしいくらいだ――
 ナガメの少年と青年の姿は、知っている人間をなぞったものだった。それ以外の擬態の精度が著しく落ちるのは、モデルとなった人物がいないからか。
 するとナガメとラムという男性はどういう関係であったのか。自然と気になってくる。

「なーなー、そんなことよりほかにききたいことあんじゃねーの」
 心の内を見透かされ、ラムは大きく嘆息した。
「そういう察しのいいところが全然子供らしくないんだ……蛟龍、やはり蔵の食糧をくすねているのが何なのか知っているのか」
 チッチッチッ、とリズムのきいた舌打ちを返す。

「何、じゃなくて、誰、のまちがいだな。しってるぜ」
「一体誰なんだ!」
 村人の裏切りが信じられないのか、ラムはナガメの細い肩を掴んで声を荒げた。揺さぶられながらも、ナガメはのんきな声で名を答えた。

「あの人がどうして――いや、言わなくていい。僕が直接訊き出す。本人のあずかり知らないところで、交わすような会話じゃないな」
「そーか? いちおー動機も知ってるけど」
「やめておく」
 ラムは弱々しく頭を振って立ち上がった。

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