1-2. c
2018 / 03 / 22 ( Thu )
 その箸の持ち方がまた独特だった。上と下を先端から開閉する動きではなく、クロスさせた二本の隙間を縮めることでものを挟んでいる。それも、左利きで。

「スプーンの方がよかったかな」
 不慣れなものを使わせてしまったかと気を遣う唯美子に対し、ミズチは「んー」とだけ返事をしてお椀を片手で持ち上げた。
 ものすごい勢いでかき込んでいる。よほど美味いかよほど不味いかのどちらかだと予想し、身震いした。

「煮物ね、ダシ入れ忘れて後で気付いてつけたしたの。ちょっと味薄めかも……大丈夫? まずくない?」
「うまいよ。たぶん」
 無頓着そうに彼は応じる。

(たぶんってどういう意味だろ。そんなに微妙だったかな)
 これには、ちょっと傷ついた。というのも、唯美子の料理は必ずどこかでなにかが抜けている、とよく評されるからだ。気を付けているつもりなのだが、たとえレシピ通りに作っていても何かを入れ忘れるなり下ごしらえの手順を飛ばすなりしてしまう。

「でも肉たりない」
「ごめんね。今週高かったから、少なめでいいかーって」
 見ず知らずの彼の要望を考慮して献立を組んでいるわけではないのに、つい謝った。
「ふーん。くえるときにくっとけよ、倒れっぞ。ただでさえほそっこいのに」
「う、うん」

 それきり少年は黙り込んだので、テレビの声だけを供に、唯美子も食事を済ませた。
 洗い物をしている間、ミズチは険しい表情でテレビを睨んでいた。殺人事件に関係がありそうな、どんな情報でもいいから連絡してほしいという視聴者への呼びかけで、報道はひと段落した。

「ねえ、きみの服……」
 居間に戻るなり唯美子は質問しかけた。
「これか。童水干っていうらしいな。たぬきやろーに、面白がってきせられた」
 ミズチは腕をばたつかせ、長い袖をうっとうしそうにみやる。

「えっと、その『狸野郎』さんは、きみの保護者なのかな」
「ちっげーよ。やどぬしだ。天気がわるいときに泊めてもらってるてーどの仲だよ」
 宿主、と唯美子は口の中で単語を反芻した。
「天気が悪い時だけ?」

「晴れてるんなら、公園でねりゃいーだろ」
「あはは……」
 やはりこの子供はおかしい。言動に、言葉選びに一貫して不自然さがにじみ出ている。補導されずに幼児が公園で夜を明かせるはずがあろうか。

 おかしいのは言動だけではない――
 唯美子がおかっぱ頭だったのは小学校低学年までだ。後にツインテールに移り、ストレートセミロングや、何を血迷ったのか姫カットを試したこともあったが、最終的にボブに落ち着いた。それから会社勤めを始めてちょっと経つ頃、パーマに興味を持つようになったのである。

 要するにミズチは小学校低学年までの唯美子を知っていると主張しているのだ。
 少ない想像力を総動員して、考え込む。

(肉体の成長が止まった病気……ううん、それならわたし、どうしてこの子をおぼえてないんだろう。おばあちゃんからわたしの話を聞いて、思い出を捏造した、とか……?)
 可能性としては後者の方が比較的苦しくない、気がする。
 問い質すつもりで少年を見つめた。

 その時、座布団に放置していたスマホが軽快な電子音を発した。チャットアプリからの通知だ。
 内容を確かめようとして手を伸ばすと、ミズチが先に素早くかっさらっていった。眼前までスクリーンを寄せて、眉間にしわを刻んでいる。

「めん、る、ぎょう……なんだこれ」
「え、そんな暗号めいた文章を誰かが送ってきたの」
「わかった! 『あした』『いく』か」
 少年がドヤ顔でスマートフォンを渡してくる。文面をみなまで確かめると、正確な内容は――

『こんばんは、明日まだ行けそう?』
 ――だった。
 不思議とミズチは、漢字部分しか読もうとしなかったのである。

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