九 - a.
2017 / 08 / 22 ( Tue ) 一に、大公の身を確保すること。 二に、第七公子アダレムの身を確保すること。三に、第一公子ベネフォーリが州に戻っている間、奸計により命を落とすのを防ぐこと。 四に、第二公子アストファンの持つ武力をいなし、本人の動きを封じること。 五に、第四公子ハティルを説得すること。 それらの条件の過半を満たせれば、ある程度の安定は得られるはずだ。しかし果たせなかった場合、或いはそれでも流れが止まらなかった場合。 最後の手段で、私が大公に即位するしかないだろう。 そう言った青年の顔は――右頬の傷跡が威嚇に身を捻っているように見えるほど、苦かった。 ________ 定まった速度で進んでいた乗り物が急激に止まった。それゆえセリカは揺り起こされた。 (なになに) 重い瞼を開けると、覆面の人物が眼前で跪いていた。 (あれ、あたし一瞬ウトウトしてた?) 馬上で眠ってしまったとは我ながら恐ろしい。が、腕はしっかりと騎手の腰を捉えたままなので、とりあえずよしとする。 前方に乗っているその騎手が、地上で跪く人物を見下ろして何かを言っている。 大陸の共通語ではなくヌンディーク公国の言語だ。セリカは苦労して内容を聞き取った。 「宰相殿の密使か。信じさせてもらうぞ」 「偽りなき真意です。我が主から、殿下を探し出してお力になるように仰せつかりました。探し出すのに、少々手間取ってしまいましたが」 宰相の密使だという覆面の人物は中性的な声の持ち主だ。全身をくまなく黒い布で覆っているが(目の部分だけ細く網が張ってある。当然、声はくぐもっている)、胸周りの膨らみから女性と思われる。 「理由を、お前は宰相殿から聞いているのか」 「はい。主は我が国が貿易から繁栄するのが、最たる道だと考えておいでです。四国の間で突出したくとも、兵力・軍事力では帝国や隣国のゼテミアンに敵わないでしょうと」 「事実だな。ヤシュレに攻め入ろうにも、すぐに他二国をも同時に敵に回してしまう。綱渡りだ」 それでも渡り切れるだけの策を、ハティルなら考え付くかもしれないが――と、エランは使者に聴こえないような小声で呟いた。 「私が公都に戻ると、どうやって気付いた」 「殿下の従者という者から話を……それで公子方の中で最も意が合うのは、きっと第五公子殿下であると主は判断されました」 その返答に、セリカはエランと一緒になって息を呑んだ。そうか生きていたのか、という安堵と、転んでもただで起き上がらないどころか暗躍までするとは大した男だ、という感嘆が沸く。 曰く、陰に動き回っていたタバンヌスを、宰相の私兵が捕らえた――結果的には保護した――らしい。彼はしばらく口を割らなかったが、事前に宰相の立ち位置を理解していたためか、最終的に賭けに出たという。 「彼の者より伝言を預かっております」 「わかった。聞こう」 「では――『陛下は身辺に人が増えすぎて現状どうなっているか生死不明』、『並びにアダレム公子の生死と行方も不明』とのことでございます」 瞬間、エランの身が強張るのを衣服越しに感じた。 「我が主も手持ちの駒を動かしておりますが、殿下が戻られるまでに何がどこまで進展するか、保証いたしかねるそうです」 「了解した。力になってくれると言うが、お前は何ができる」 「陰より殿下の護衛を務めさせていただく心積もりでした。が、あなたさまは既に巧みに身を隠しておられるようで……。ご随意に」 密使の言う通り、今日まで追っ手に見つかることなく馬を進めていられるのは、入念な変装のおかげだった。幸いなことにヌンディーク公国は被り物を自由に着用していられる文化だ。 ――目しか出さないほどに布を着込んでも、誰も呼び止めなければ振り返りもしない。 それは一般的に女性にのみ見られるスタイルだ。 エランの背格好なら、喋りさえしなければ十分に誤魔化せる。セリカのこの地域では珍しい赤髪も、こうして隠されたのである。 (覆面黒づくめの人間が三人も一同に会するのは、なんだかシュールだけど) 背に腹は代えられない、というわけである。 「なら、ムゥダ=ヴァハナにとんぼ返りしてもらっても構わないか」 「問題ありません」 彼女は指示の続きを求めるように、頭を下げたまま黙り込んだ。 |
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