41.c.
2015 / 03 / 10 ( Tue )
「なになにー? 何の話ー?」
 ファミリールームに着くと、単色の明るいシャツを着たリーデンが死角からひょっこり現れた。彼は直ちにミスリアの髪に注目し、そっと撫でた。
「すごーい、さっぱりしたねぇ。かわいいかわいい」

「そうでしょうか」
 つい照れ隠しに毛先を指で梳いたりする。
「うん。ティナちゃんってば、お上手だね。兄さんも切ってもらえばー?」

 呼ばれて、部屋の中心に座すゲズゥが無言で顔を上げた。彼はあぐらをかいた膝の上で麻の繊維を編んでいたらしい。縄を編む作業は手先が器用なリーデンやイマリナが担当することが多いのに、たまにはゲズゥもやるのかと、ミスリアは意外に思った。
 ところで廊下での話は聞かれたりしただろうか、と余計な心配が脳裏を過ぎる。わざわざ訊ねるのも何か恥ずかしい。

「悪いけど。あたしが男の髪を切るのは十五歳までね」
 ティナがそう宣言した途端、部屋の隅のクローゼットが開いた。ミスリアは吃驚して小さく跳び上がった。
(かくれんぼでもしてるのかな……)
 そう考えると合点がいく。先程から子供たちの姿が少ないのである。この静けさから判断すると、きっと鬼はこの部屋をまだ探していない。

 デイゼルというくせ毛の少年はクローゼットの中から飛び出し、「えー!」と口を尖らせた。

「じゃああと二年もすれば、ティナ姉もう切ってくれないの」
「そういうことよ」
「何でだよ!」
「あたしが男嫌いなのは知ってるでしょ。自分から触るなんてもってのほか」
「おれはクズ男にはならないよ!」
 などと、最年長の少年は何やらとんでもないことを叫びながらティナに詰め寄った。

「わかってるわよ。アンタはあたしが真っ当に育てるもの。それでも、嫌なものは嫌なの」
 両腕を組み、譲らない態度で十三歳の少年を真っ直ぐに見下ろすティナ。
 そこへ――黙って見守っていればいいのに――当然のようにリーデンが横槍を入れた。

「へえ。例えばどういうトコが嫌いなの?」
「そうね、吐く息の臭さからして大っ嫌いよ」
 間髪入れずに彼女は言い捨てた。

(ええっ、それはいくらなんでも失礼じゃ……!)
 咄嗟に喧嘩に発展しても文句の言えない、攻撃的な言葉だ。当の男性が聞いていれば食いつかずにはいられないはず――そう思って部屋を見回した。
(あれ)
 幸いなことだろうか、その場に居る二人の男性はそんな言い草をされてもまるで気にしない種の人間だった。リーデンは笑いを堪えているように口元を覆っているし、ゲズゥに至っては、いつの間にか幼児二人に登りの挑戦対象にされ、作業ができずに静止している。

「ぶわはははは! あー、そっかそっかー、臭いねぇ」
「私はあまり気にしたことはありませんでしたけど……」
 ミスリアは一緒に旅している二人のことを思い返して呟いた。リーデンなどは食後の香草をマメに摂取してるようで、口臭がしないどころかむしろ良い匂いだ。ゲズゥの方はいつも何か不思議な枝やら草を噛んでいるためか、草木や森みたいな臭いがしてそれも嫌に感じたりはしない。

「つってもさー、ティナちゃんの言う『吐く息』って多分そのままの意味じゃないよね」
「…………そうね。もっと、抽象的な問題かもね」
 ティナは窓の外を見つめ、暗い声で応じる。何かを思う数秒の沈黙があった。
 そして我に返ったように動き出した。慣れた手つきでゲズゥの肩や首からぶら下がる幼児を抱き上げて回収している。それぞれの腕に一人ずつ。つくづく力持ちだと思う。

「男という生き物はね、卑しくて汚らわしくて、女を自分の好き勝手にできる道具としか思ってないのよ。その利用の形に多様性はあれど、蔑みはいつだって同じだわ」
 偏見の激しい言い分ではある。けれどそれ以上に、吐き出される言葉は強烈な感情を含んでいた。きっと彼女自身か彼女の身近な人間にまつわるエピソードと結び付きが深い――そう直感した。

「別に、世界中で息する男が全員そうだって思っちゃいないわ。でも少なくともこの都では、男尊女卑の姿勢は根強い。特に、身分の低い層はね」

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11:17:00 | 小説 | コメント(0) | page top↑
41.b.
2015 / 03 / 06 ( Fri )
「どっちと言われましても、一緒では」
「きっと今は一緒にいるんでしょうね。そういう意味で訊いたんじゃないわ」
「はい?」
 質問の意味がわからずにミスリアは首を傾げた。

「だって……ねえ。ミスリアちゃんって、あの黒い方――ゲズゥ、だったかしら。アイツが視界からいなくなってしばらくすると、不安そうにきょろきょろするじゃない」
「え、ええ? そうですか?」
 身に覚えの無い話を持ち出されて、ミスリアは当惑した。

「そうよ」
 腰に片手を当て、ティナは口の端を吊り上げて肯定した。
「護衛なんですし……傍に居ないと落ち着かないんですよ」
 何故だか頬が火照っている。言い訳がましかっただろうか。

「そういうんじゃなくて、もっと寂しそうな感じよ。あ、勿論アイツ限定でね」
「……う」
 ミスリアは返答に詰まった。寂しがっていると思われるのは心外だけれども、否定するのも何か違う気がした。開き直ってその通りだとでも言えたら良いのに。

「慣れ、みたいなものですよ。毎日のように一緒だと、逆にいないと落ち着かないみたいな……」
 早口で更に言い訳を展開した。実際のところ、自分が何を焦っているのかよくわからない。そう考えると、もっと焦りが募る。本当にこれは身に覚えのない話だろうか、と内心で疑問が浮かんだ。
 ティナは目を細めてニヤッと笑った。

「じゃあ質問を変えてみましょうか。たとえばアイツらがいきなり何も言わずに姿を消したら?」
 ミスリアは目線を泳がせながら質問の内容を吟味した。
「傷付く……と思います。多分、寂しくも思うでしょうけど……」
「じゃあ、消えたのがゲズゥ一人だったら?」
「やっぱり傷付くかと……。実際、旅を始めた頃には置いて行かれたと思い込んだことがありました」
 期待していた答えと違ったのだろうか、ティナは大袈裟に片方の肩を落とした。

「もっとよく想像してみてよ。二度と会えないのよ? サイアク、嫌われたのかもしれないのよ」
 主旨が伝わらんとでも言いたげに、彼女は両手をやたらと振り回している。
「えっと……悲しくなって、しばらく落ち込むとは思います」
「うんまあ、そういう反応で良いんだろうけどね……ああダメだこりゃ、まだ早すぎるのかしら」
「むしろ既に『どちらかと言えば嫌いだ』みたいなこと言われてます」
 ――そのやり取りがあったのは、大分昔のような気もするけれど。

「最ッ低。今度代わりに首を絞めてあげるわね」
 ティナは頬をひくひくさせて言った。
「?」
 結局何を訴えられているのか話が見えないまま、ミスリアは小首を傾げる。
 ティナは諦めたように後片付けを締めくくり、廊下に出た。後ろに続きながら、言われた通りにもっとよく想像してみる。

 一つ、思い出す事件がある。ゼテミアン公国内の城で目を覚ました時の記憶だ。あの城の中で、奴隷として一生を終えるかもしれないと危惧したら――

(あれ?)
 ズキリ、と得体の知れない小さな痛みが胸を突いた。
 その時はなんて考えただろうか。
(水を汲んでくる、って)
 そのような日常的な会話を交わしたが最後、それが今生の別れになると思って――あの不思議な左右非対称の瞳を二度と見ることができないと思って――。

 泣きそうな心持ちになっている自分に、ハッとした。実際は涙が出るわけでもなく、心の奥深い所から気力を吸い取られるような、虚無感があった。
 この感情は一体何だと言うのか。

「でもね」
 前を歩くティナがふと足を止めたので、ミスリアは物思いから掬い上げられた。
「あの二人はミスリアちゃんのこと、すごく大切に想ってる感じがする。特にあのゲズゥって奴、アイツが初めてあたしに斬りかかってきた時の気迫、数日経った今でもたまに思い出して背筋が寒くなるわ」

「すみません」
「ミスリアちゃんが謝るトコじゃないわ。それだけ、大事にされてるってことなんじゃないの」
「そんな風に言われると、何だか……こそばゆいですね」



等身大(?)女の子キャラはよく喋ってくれていいですね。新鮮。

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09:27:01 | 小説 | コメント(0) | page top↑
41.a.
2015 / 03 / 02 ( Mon )
 ちょきん、ぱさり――と、時折繰り返される日常的な音に、鉄が衝突し擦れ合う高らかな音が混じった。ハサミが髪を切り落とす音よりもその音が遠くに感じられるのは、建物の内外を隔てる壁が原因だ。
 こんな音もまた日常のように感じてしまうだけ、もう自分は平穏な世界と乖離してしまったのかもしれない、と聖女ミスリア・ノイラートは思う。

 目の前の窓ガラスの向こうには武器を交える二人の軽装の青年の姿があった。
 交錯しては離れ、また交錯する。彼らのやり取りにはギリギリまでに引き出された本気の攻撃性が含まれていた。ただの稽古をしているとはいえ、互いに遠慮がない。

「へえ、兄の方が地力は上なのね」
 頭上からティナ・ウェストラゾの声がかかった。ここは彼女が家とする孤児院の洗面所の中である。
「そうなんですか?」
「あたしにはそう見える。でも筋力や速さは凄くても、動きは大振りで剣の扱いもどちらかと言えば単調だわ。弟の方が手先が器用で変則的な動きや小回りが利くようね」
 ティナは自信ありげに評価を口にする。それに関して、ミスリアは感心した。自分の目だけではそこまで読み取れない。

「さ、大体こんな感じでどうかしら」
 ティナはよく磨かれた手鏡を渡してきた。映し出される己の姿を眺め回し、首を上下左右に動かしたりしてみた。生まれつきウェーブがかった栗色の髪が、全体的についさっきと比べて三インチは短い。肩にかかるかかからないかの長さになり、前髪も眉毛がちゃんと見える短さに変わっている。

「完璧です。ありがとうございますティナさん。手慣れてますね」
 お礼を言いつつ手鏡を返した。
「どういたしまして。いつも子供たちの髪切ってるからね……ほっとくとすぐもじゃもじゃし出すの」
「後ろだけなら自分で何とか切ってるんですが、前髪はどうしても変になってしまいます」

 旅の間は大体は伸ばしっぱなしにしている。前が見えなくて耐えられなくなるとイマリナに頼んだりもするけれど、彼女は基本的に忙しそうで、しかもリーデンの世話をしている時が一番幸せそうなので、どうにも頼みづらいのである。
 寒くなるので、本来なら真冬に髪を切るのは避けたいところだ。しかし切ってくれる人が居るのなら、早めに散髪するのも得策に思えたのだった。

「そりゃあそうね。心配しなくても、またいつでも切ってあげるわ」
 ティナはミスリアの肩から腰までを覆う布を、髪が散らばらないように手際よくまとめた。
「手伝います」
「あ、そこに立てかけてある箒を使って」
 椅子から飛び降りたミスリアは、ティナが指差した先を辿って柄の長い箒をみつけた。石造りの床に落ちた髪を丁寧に掃いて一箇所に集める。

「終わったのか! 終わったんだな!」
「ティナ姉遊んでー」
「みっすんも遊ぶー?」
 いきなり戸が勢いよく開き、十歳以下の子供たち三人が口々に声をかけてきた。

「まだ掃除終わってないから、ちょっと待ってよ」
「ケチ!」
「もう、自分たちで遊んでちょうだい。デイゼルー!」
 ティナは戸口に群がる子供を廊下に押し返しながら、孤児の中で最年長である少年を呼んだ。その間、ミスリアはなんともいえない乾いた笑いを漏らして鉄製のちりとりを取る。

(みっすん……)
 いつの間にかつけられたあだ名そのものに不満があるというよりも、年上の人間と認識されていない印象があって複雑だった。
(まあ、近寄りがたいと思われるよりはいいのかしら)
 ポジティブに考えようと、思考を転向した。

 そしてふと窓の外を見やると、そこからゲズゥやリーデンの姿がなくなっていることに気付く。
 深く考えずに窓際まで歩み寄り、花柄のカーテンを引いて視界をもっと広げてみた。しかしいくら見渡しても目が合う相手はリスやウサギくらいであり、裏庭は無人となっている。

「ねえ、ミスリアちゃんが捜してるのって、どっち?」
 声に振り返ると、青緑の瞳を意味深に輝かせたティナがすぐ後ろに居た。

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09:39:19 | 小説 | コメント(0) | page top↑
40.f.
2015 / 02 / 26 ( Thu )
「大体、こんな奴らどこで見つけたの――」
「心配して下さってありがとうございます。大丈夫ですよ」
 それ以上詮索される前に急いで遮った。
 ついでに間の良いことに、背後から何やら物音と子供のはしゃぐ声がした。

「げ、あいつらもう起き出してる。夕飯作らなきゃ」
 壁にかけられた時計に目をやり、ティナはすくっと席を立ち上がった。
「長居してしまってすみません」

 つられてミスリアも立ち上がる。やっと手を放してくれたリーデンは、長椅子を離れてゲズゥの傍に行った。共通語ではない彼らの言語で何か話しているのが聴こえる。緊張感に乏しい、のんびりとした会話である。

「気にしないで。本当は食べて行かないかって誘いたいんだけど……買い出し分はセロリの本数まで細かく計算してるの。予期せぬお客さんをもてなす余裕が無いわ」
「お構いなくー。僕らは宿泊先に戻れば多分もうご飯できてるしね」
 と、リーデンが勝手に答えた。
「あんたに食べさせる分なんて最初(ハナ)から無いってのよ。あたしは、ミスリアちゃんと話してるの」
 舌打ちの後、ティナは鬱陶しげに言い放った。女性の舌打ちには男性のそれとは違った迫力がある。

(どうしてかリーデンさんには突っかかるなあ……)
 言動や行動が難ありなのは認めるけれど、それにしても反応しすぎだと思う。無視するなり流すなりすれば、彼もそこまでからかおうとはしないはずなのに。案の定、リーデンはもっと煽りたいという気持ちがひしひしと伝わる笑みを作った。それ以上の応酬を未然に防ごうと、ミスリアは声を張り上げた。

「ティナさん! 服ありがとうございました。後日またキチンとお礼をさせてください」
「あら、お礼なんていいのに。そうね、友達になってくれれば、それで十分よ」
「私で良ければよろしくお願いします」
「ありがとう。嬉しい」

 ティナはふいに顔を綻ばせた。表情の変化が忙しなくて、さっきまで剣呑な顔をしていただけに、笑顔には見る者の目を奪う威力がある。切れ長の目は僅かに細められ、眉は寄せられる前の元の滑らかな形に戻った。
 美女であったり美少年であったり、境目を引くのがそもそも無意味なのかもしれない。
 慌ててミスリアは「私の方こそ」みたいな言葉を並べ立てた。

(ぽろっとそういうこと言えるなんて、いいな)
 友達になって――そんな台詞を自然と口にできるのが羨ましい。自分がいかに気の小さい人間であるのかを思い知らされる。人と繋がりに行くのは、難しい。
 カイルやレティカなど、思えばこれまでにできた友人と呼べる友人は、いずれも相手の方から歩み寄ってきてくれたものだ。

「ああ、そうそう、沼底を注視したかったら、春まで待った方がいいと思うわよ。冬の間もずっと水が濁ってて、上からは何も見えない。潜らないといけないから」
「そうなんですか……。ではそのつもりで今後の予定を立てます」
「ほんと? これからも会う機会がありそうね」
「はい。もし何かありましたら都内でお世話になってる教会を――――」

 ティナと連絡先を交換してから、居間を後にした。
 ミスリアたちは廊下に群がる子供たちの合間をかいくぐり、帝都ルフナマーリへと戻った。

_______

「おかえり。意外に遅かったね」
「ただいま、カイル」
 教会の会議室で、友人はテーブルに頬杖ついて分厚い本のページをめくっていた。部屋着の上に毛糸のショールを羽織っただけのラフな格好でくつろいでいる。

「待ってて下さったんですか?」
「せっかくだし、一緒に食べようと思って」
「ありがとうございます」
 ミスリアは素直に喜んだ。誰かと同じ空間で生活していられる期間は、いつだって本当は悲しいくらいに短く、呆気なく終わってしまう。たまたま同じ場所に居て共に過ごす暇があるのなら、その機に感謝して飛びつくべきである。

 カイルは分厚い古書に木彫りのしおりを挟んで、閉じた。表紙は随分と古びている。しかももう使われていない神聖文字で書かれているらしく、たとえ習った身でも一目見てすぐに読めたものではない。

「聖地について調べてたんだよ。なんでもあの沼では、聖獣が水浴びをしたって記述があるらしいよ」
 ミスリアの視線に気付いて、彼は補足の説明をしてくれた。
「水浴びを? そんな凄い場所だったんですね」
 友人は隣の席を引いて、ミスリアにも座るように促した。有り難く腰をかける。
 沼の聖地について掘り下げるより先に、別の質問を口にした。

「今日はこちらで泊まるんですか?」
 カイルは元々ミスリアたちとは別の教会に滞在していた。帝都ルフナマーリはあまりの広さと人口ゆえに、ヴィールヴ=ハイス教団に連なる教会を司教座聖堂含めて三軒建てている。
「ううん、君たちに用事があって寄ったんだ。今夜は魔物狩り師と見回りをすることになってる」
「私、たち? に用事ですか」
 なんとなくミスリアは後ろのゲズゥを振り返った。リーデンに至っては、厨房で働くイマリナを構いに行ったのでこの場には居ない。

「然(さ)るお方の相談に乗って欲しいと司教様から頼まれてね。それで今日話を聞いてみて、この件は君たちにも手伝ってもらった方がいいかなと判断した。先方の許可ならもう取ってあるよ」
「司教様とカイルの頼みでしたら断われません。出来る限りお力添えします」
「助かるよ。君自身の力と――」彼は爽やかに笑った。「それと、君が連れている『戦力』を貸して欲しい」

 カイルの琥珀色の目線がミスリアの背後を通り越して、長身の青年の上に止まる。同じようにミスリアもゲズゥに視線を注いだ。彼の意思も聞きたいと思うからだ。
 ゲズゥは無表情を崩さずに口を動かした。

「何の相談だった」
「詳しい話はまだ聞けてない。その方はノイローゼになりかけてて会話が成立しにくかったんだけど……」
 カイルは一度目を伏せて、次には両手を組み合わせて深刻そうな顔をした。
「命を狙われてる、と言っていたよ」
 会議室の中にしばしの沈黙が訪れた。

「なら、依頼は護衛か」
 やがて何かを察したようにゲズゥが言った。
「そうだね。そのお方の護衛と、できれば敵の捕縛かな。命を狙う敵というのが妄想じゃなくて実際に存在していると前提してだけど。お願いできそう?」

「問題ない」
 教会が介入している点を顧みると、狙っている何者かが魔物である可能性も考えられる。とはいえ人間相手でも異形相手でも、ミスリアたちはそれなりの対戦経験を積んでいる。ゲズゥは懸念を抱く素振りを見せたりしなかった。

「リーデンさんにも話した方が良いでしょうか」
 自分が引き受けたからって彼らに無理強いをしたくない、という気持ちで提案した。あくまで己の意思で選んで欲しいのである。

「気にするな。アレは、こういう話には常に乗り気だ」
 そのままゲズゥは踵を返した。
 通り過ぎた横顔が微かに笑っていた気がして、ミスリアは内心で仰天した。
「決まりだね。よかった」
 隣のカイルは普通に本を片付けたりしていて、気付いた風には見えない。

(私の見間違い?)
 きっとそうだったのだろう、と無理矢理納得することにした。以前からゲズゥは身体を動かすことや戦闘に対して楽しそうに見えたことはあったけれど、表情まで変わったことは無かった、はず……。

「そろそろ食事行こうか」
「はい」
 気を取り直して会議室を出て行った。
 食堂に着くまでの間、今日の出来事や沼底の問題、これからの予定などについて、カイルとずっと話し合っていった。

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01:19:58 | 小説 | コメント(0) | page top↑
40.e.
2015 / 02 / 25 ( Wed )
「――――それで沼底にただならぬ気配を感じ、凍った表面に足を踏み出しました。決して氷の上で遊びたかった訳ではありません」
「……そう」
 話し終えたら、何故かティナからは納得していないような返事が返った。

 表情を窺おうと思ってミスリアは振り返った。
 始めは向かいに座っていたのに後ろに回られたのは、話している間にティナがタオルを取って「髪、乾かしてあげる」と言い出したからである。断ったものの、繰り返し勧めるので結局甘えることにした。彼女の手は温かく、何度か眠ってしまいそうになったほどに心地良かった。わしゃわしゃと揉むのではなく水気を吸うように優しく髪を叩いてくれたのが特に好感を持てた。

 見上げると、ティナの表情は半信半疑だった。
 ちょうど乾かし終えたのか彼女はタオルを持った両手を引いた。その瞬間、紅茶と箪笥みたいな家庭的な香りが鼻腔をくすぐった気がした。

「聖地巡礼って、ただ近付いて祈りを捧げるものとばかり思ってたわ」
「私も未熟者なのでうまく説明できませんけど……沼底を視なければ前に進めない、その一点に関しては確信が持てます」
 沼に近付いた時に感じた、あの五感では捉えられない引力。あれはこれまでに追って来た大いなる存在の残滓に相違なかった。潜在的な部分で訴えかけているのだ――底に何かがある、と。

「本当に聖女だったのね」
 ティナはバツが悪そうな顔になり、垂れてしまった金髪の一房を耳にかけ直した。厚みがありながらふわっとした短髪はうなじに触れるか触れないかの長さである。

「疑ってたのですか?」
 驚き、ミスリアは問い返した。
「ごめんね。聖人や聖女と直に関わったことなんて無いから、フツーがどういう人間かわからないのよ。それに失礼だけど、ミスリアちゃんほど幼くて、なれるものだとは思えなくて」

「そう思ってしまうのは仕方ありません。聖女になっても巡礼を始める平均年齢は十八歳くらいですし」
「歳も問題だけど。身体が小さいと、出会い頭の他人なんかには第一印象でナメられそうね。大変じゃない?」
「な、なめられる……ですか。そんなことは……無い、とも言い切れないような……」

「例の奇跡の力を見せ付ければ大抵の人は本能的に従っちゃうのかしら」
「いえいえ、そんなことも無いと思いますよ」
 苦笑い交じりに、頭をぶんぶん振って否定した。
 それまで黙っていた隣の青年が己の意見を提供した。

「聖女さんはコンパクトな感じが最高に可愛いんじゃない」
 唐突に立ち上がり、絶世の美青年はくるっと一回転してカーペットに片膝をついた。何事かと瞬いている隙に右手をさらわれ、指先に口付けを落とされた。ドキッと心臓の音が跳ね上がる。

「な、なにを……おたわむれを……」
 混乱のあまりにおかしな言葉を口走ってしまう。目の前の風景がひとりでに回り出した気がした。それは勿論、気のせいである。

(可愛いだなんて、そんな色っぽく言わないでー!)
 涙目でリーデンを睨むも、彼は実に楽しげににこにこしているだけで手を放してくれない。上目遣いがまた、心臓によろしくない。

「いちいちキザッたらしい奴ね」
 再び正面に腰掛けたティナからは冷ややかな感想が出た。
「うんそうだねー、ありがとう」
「褒めたつもりは無いわ」
「君がどういうつもりだったのかなんてどうでもいいよー」
 ティナの方を振り返ることなくリーデンは応答した。彼の肩越しに女性の怒りの表情を見つけて、ミスリアは一瞬たじろいだ。

「まあ、全く小さくない護衛が二人も付いてると、ナメられる心配も無いでしょうね。でもミスリアちゃん? その野郎どもには気を付けた方がいいわ。なんだか、すごく、うさんくさい。特に無駄に顔がキレイな方」
 いつの間にか怒りの表情から冷めた笑顔に移り変わっている。

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00:34:21 | 小説 | コメント(0) | page top↑
40.d.
2015 / 02 / 20 ( Fri )
「えーと、ミスリアちゃん、って呼んでいいかしら」
「どうぞ」
「着替えが必要よね。良かったら貸すわ。家、近いのよ」
「それは大変助かりますけど……」
 少女は連れの青年たちの顔を順に見上げた。

「甘えていいんじゃない? また熱出したら困るでしょ」
 遠慮がちなミスリアに、護衛のリーデンが肯定的な意見を出す。またと言うからには、最近そんなことがあったのだろう。
「そう……ですね。ではお願いして良いでしょうか、ティナさん」
「ええ勿論。詳しい話は着いてからにしましょう」

 そのように決定したからには、ティナは軽やかな足取りで荷物を回収しに行った。一度振り返り、彼らがちゃんとついて来ているのを確認すると、それからは一気に足を速めた。

_______

 ティナ・ウェストラゾと名乗った女性の家は個人で経営している孤児院だった。現在住んでいる子供の数は十人、と小規模である。
 レンガ造りの丈夫そうな建物は横幅の広い二階建てになっている。家の側面は花園に、裏庭は菜園にぐるっと囲まれ、近くには果樹らしき木が何本かそびえ立っていた。都に頻繁に入らずともある程度は自給自足ができる備えだ。

 ティナの部屋で着替えた後、ミスリアは奥の居間に通された。そこは意外に落ち着いた雰囲気の内装になっていた。長方形のネイビーブルーのカーペット――その上には香ばしい木製の家具、柔らかいクッションが並べられた長椅子がある。
 まだガチガチと震える手をこすり合わせ、暖炉に歩み寄った。

「この居間(パーラー)だけは、子供たちに勝手に入らないように言いつけてあるの。鍵もかかるのよ。そうじゃなきゃ、家中ごちゃごちゃしてお客様を通す場所がないからね」
 暖炉に薪をくべていた女性が笑顔で振り返る。彼女はそう言って椅子に腰をかけた。どうぞ座って、と掌で向かいの長椅子を示す。

「素敵なお部屋ですね」
 ミスリアは素直に感嘆した。長椅子に腰をかけてからも、ついきょろきょろするのを止められない。その間にリーデンが音を立てずに隣に座り、ゲズゥは入り口付近の壁にもたれかかった。

(この家……)
 十代後半ほどの人間が一人で管理するには、あまりに立派な住居である。自ら買ったり建てたりしたとも考えにくい。

(遺産として受け継いだのかしら)
 その旨についてミスリアが訊ねると、向かいのティナは声に出して笑った。笑ってから、「いけない」と口元に手を当てた。子供たちはちょうど全員が遊び疲れて寝ている時間だ。これは毎日のパターンで、夕飯前に起こして準備を手伝わせればそれでいいらしい。

「あたしの所有物じゃないわ。都の援助で建てたの。この人たちみんなそうだけど、主な寄贈者はそこの夫婦よ」
 暖炉を囲う壁には、額に入った肖像画が何枚か飾られている。最初は家主の血縁者や先祖なのかと思ったけれども、なるほど、よく観ると絵画に描かれた人物は誰一人ティナとは似ていなかった。

 絵の人々は皆が明るい肌色と暗い髪色の持ち主であるのに対し、ティナの髪は透き通るような金色だ。肌と言えば、夏の内によく焼けたのが今でもわかるような小麦色である。
 主な寄贈者という、暖炉の真上の絵の二人をもっとよく眺めてみた。

 まずは微笑をたたえた美しい女性。真珠のような肌、身体の曲線を強調した豪奢なドレス。複雑に編み込まれてまとめられた髪はまろやかな珈琲を思わせる濃い焦げ茶色だ。優雅な姿勢で椅子に腰をかけ、膝上にそっと両手を揃えている女性の背後には、同じく豪華な衣装に身を包んだ壮年の男性がぴしっと背筋を真っ直ぐにして立っている。

「早い話が、帝都の外に孤児を放り出す場所が欲しかったのね」
「え」
 肖像画観賞を止めて、ミスリアはティナの青緑の双眸と再び目を合わせた。頬骨の高い、どこか美少年っぽいとも呼べる凛々しさを備えた顔立ちの女性は、一瞬だけ嘲り笑ったように見えた。

「なんでもない。それより、ミスリアちゃんの話を聞かせてよ」
 そう言って彼女は長い脚を組み替えた。淡い緑色のチュニックの下に、スカートではなく麻ズボンを履いているのが印象的である。

 仕草や佇まいには健康的な勢いがありながら、気品も漂っていて不思議だ。すらりとした肢体といい、ゲズゥたちと張り合える運動神経といい、「かっこいい女性」とでも称すればいいのだろうか。
 そんなことをぼんやり考えながら、ミスリアは自身の旅の事情を語り出した。

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40.c.
2015 / 02 / 14 ( Sat )
 沈黙が訪れ、二人の男は顔を見合わせる。
 先に銀髪の美青年の方が動いた。肩を竦め、指の間に挟んでいた輪状の武具を帯に収めてから、口を開く。

「まあ、聖女さんがそう言うなら。引き下がってもいいよ」
「聖女……って、まさかあなたたち巡礼者なの?」
「そういうことになるねぇ」
 美青年の発する涼やかな言葉は、耳に残るような流暢な発音で綴られていた。それなのにどこか人を馬鹿にした印象を受けるのは何故なのか。

 銀髪男が答えている間に、黒尽くめの男は少女を横抱きにして連れてきた。いつの間にか少女の濡れた外套を脱がせて代わりに自身の黒いコートで包んでいる。
 外套なしの姿になった男は、土色の長袖の上に袖なし革ベスト一枚といった薄着なのに、何故か平然としている。

「お騒がせしてすみません。私は聖女ミスリア・ノイラート、この二人は私の旅の護衛です」
 少女は頭をぺこりと下げた。睫毛が寒そうに震えている。
(野郎どもはともかく、この小さな自称聖女はどこからどう見ても無害そうね)
 彼女もぺこりと頭を下げることにした。身構えていた体勢を休めて、応じた。

「あたしは、ティナ・ウェストラゾ。こっちこそ、いきなり近付いてごめんね。怖がらせたなら尚更ごめん」
「大丈夫ですよ、気にしないでください」
「ならいいわ。ありがとう」
「ティナさんこそ怪我されませんでしたか」
「平気よ。服が少し切れただけ、こんなの大したことないわ」
「それを聞いて安心しました」

 男どもに対する警戒をまだ完全に解かないまま、ティナは笑ってみせた。聖女ミスリアも微笑みを返す。

「ふうん。それだけ?」
 せっかく和んできた場を、銀髪の男が妙な質問を挟んで邪魔をした。見れば奴は顎に手を添えて、良く整った顔を笑みの形にしていた。気に障る笑い方だ。
「それだけって、どういう意味よ」
 つい突っかかるような応答を返した。

「んー、名前のこと。それで全部なのかなって。ティナちゃんって、戦闘種族だったりしない?」
「…………」呼び方の馴れ馴れしさと、その単語に対してもムッと来るも――「知らないわ、そんな種族。初耳よ」と不快感を顔に出さぬように努めた。

「本当にー?」
「リーデンさん……失礼が過ぎないようお願いします……」
 ミスリアが苦笑い交じりに護衛の詮索好きに制止をかけた。
「あはは、それもそうかー。僕はリーデン・ユラス・クレインカティ、よろしくね」

「!」
 あまりに軽々しく名乗ったので、耳を疑った。冗談なのか本気なのか判断がつかない。
(まさか流行の偽物……!?)
 業界によっては特定の種族であるだけでかなりの増給が望める。それだけに金目当てで名を騙る連中は絶えない。
(この娘も詐欺に遭ってるんじゃ――)
 しかし、先程の戦いが脳裏にちらついて、ふいに心当たりができた。ティナは未だに一言も発していない男の方を見上げた。

「あんたも『そう』なの?」
 訊ねたら、黒髪の男はどこへともなく視線を逸らして答えない。
(無視されてる?)
 問い方が不明瞭だったからだろうか。言い直そうかと逡巡している内に、またもやもう一人の男が口を出した。

「質問に答えて欲しければ、そっちも手の内を明かせ――みたいなこと思ってるみたいよ」
「は?」
「この人が喋る気になるまで待ってたら日が暮れるから、僕が通訳してあげる」
「はあ……何よそれ」
 このままでは話が進まないし、手の内を明かすつもりも無かった。ティナは男どもとの会話を中断してミスリアの方に声をかけた。

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04:50:46 | 小説 | コメント(0) | page top↑
40.b.
2015 / 02 / 09 ( Mon )
 視線を固定したまま、男は己に寄りかかって咳をしている少女をそっと離して背後に押しやった。
 誰何のやり取りも無しに奴は無言で呼吸をするだけだ。正面から眺めると、意外に若いことがわかる。

 硬直がとけ、第一に抱いた警戒心を思い出し、彼女は身構えた。
 この場合、自分と同等以上の警戒心を相手が見せるのは当然だった。それゆえ責めるのは場違いだとわかっている。わかってはいても、掠って裂けた衣服を見下ろすと怒りが募った。

(い、きなり何するのよ……!)
 怒鳴り散らしたい衝動を抑え込んだ。いくら心が望んでいようと、その行為は体力を消耗するだけで得策ではない。息を整え、もう一度状況を見直した。

(それにしても、どういう関係かしら。兄妹にしては似てないわね)
 少女の髪は柔らかな栗色だった。肌も白く滑らかそうで、一緒に居る男とは何一つ似ていない。

 どう声をかけようか、と迷っていた時間はそう長くなかった――
 ふと気が付くと視界から黒い男が消えていた。

 刹那の悪寒。
 視覚で脅威を確かめるより先に、左斜めに仰け反った。今度は短剣は掠るまでもなく通り過ぎた。

(受けられるよりも避けられる方が体勢を立て直すのに時間がかかる!)
 その隙を使って攻勢に出よう――左の膝を落として重心を安定させ、右脚で中段蹴りを繰り出した。
 思ったほどの隙は開かなかった。渾身の一撃はいなされる結果となった。
 男は左足を踏み出して体の向きを九十度時計回りに変えたと同時に、左肘を張って防御をしたのである。

(こう見えても長靴の爪先に鉄仕込んでるんですけど!?)
 視界の左側に、陽光を反射した短剣が目に入った。
 すぐさま奴は空いた手で突く動きに転じたのだ。
 剣の切っ先を、彼女は素早いサイドステップで避けた。

(痛がれとは言わないけど、少しくらい動きが鈍ってもいいのに……。これ以上後手に回ってたまりますかっ)
 伸ばされたままの腕を挟むようにして封じ、折りにかかる――
 途端、顔前に拳が迫った。咄嗟に腕を離して身を屈めた。

「なっ――あったまきた……! 乙女の顔殴るのにちょっとくらいは、躊躇、してよ!?」
 彼女は持ち前の脚力で斜め前に跳び上がった。その勢いで男の腹に頭突きを入れようとするも、空振りした。
 男が身を引いて距離を取ったのだ。

「逃がさない!」
 瞬発力で競り負けるのは初めてだ。何かが引っかかる。が、そんなことは今はどうでもいい。とにかく攻め込むのだ―― 
 風切り音と共に、何かが飛んできた。彼女は反射的にそれを蹴り落とした。草に刺さった凶器の輪を見て、新手の登場を知った。戦輪が飛んできた方向をキッと睨む。

 そして思わず呆気に取られた。大嫌いな「男」がもう一人現れたのだ。それは間違いないのに、黒い男とは別な異様さを放つ容姿だった。
 女性顔負けの繊細な美貌。彼女が苦手とする種の男らしさとは最もかけ離れていながらも、中性的とも呼べない、明瞭な凛々しさ。挙句、新手の男からは爽やかな森の香りがした。

 魅了と嫌悪の狭間で眩暈がする。一体何なのだ、今日は。

「…………二人とも、やめ……ください。その方は、きっと、しんせつで、ちかづ――」
 その時、小さな少女が咳の合間に言葉を紡ぎ出した。清らかで可愛らしい声だ。
 しかしその一声で男たちの動きがぴたりと止まったのと、歳に似合わず発音や言葉遣いが丁寧なのが、どうにも気になった。

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15:06:38 | 小説 | コメント(0) | page top↑
40.a.
2015 / 02 / 07 ( Sat )
 三週間に一度の買出しに都へ行ってきた帰り、彼女は森の中に異物をみつけた。
 冬立木と溶けかけの雪に縁取られた景色の中心に、翳りが浮かんでいる。
 見知らぬ男の後姿だ。たとえ知り合いだったとしても、男は一目に警戒を誘うような外見をしていた。

 稀に見る高身長で、遠目には細長い体格に見えなくも無いが、痩せているのとも違う。力強い佇まいからは隙が一切感じられなかった。背負っている大剣が更に男の危険さを主張している。
 見た目が異質であると同時にその場に染み込むような静かな存在感があった。感心しつつも、何故だかぞっとした。

(こんな所で……凍った沼地の前で何をしてるってのよ)
 怪しい、怪しすぎる。
 普段であれば彼女はこの沼の脇を通って帰路に着くのが常だった。別の道もあるが、ここの風景が好きなので通るようにしている。

 予期せぬ不審人物を見つけた今、関わるのを避けて、気付かれないように去ることだってできた。
 それをしないのは、縄張り意識に火がついたからだ。自分の住処にこれほど近い位置に知らない人が現れたのは見過ごせない。

 聖地と言えど冬の参拝者は滅多に来ないし、来たとしても皆わかりやすい外観をしている。強いて言うなればこの人となりは魔物狩り師なのかもしれない、が。
 それでも警戒をして損は無い。これだけ落ち着いた存在感であれば、突然襲ってきたとしたら、子供たちはすぐには反応できないだろう。

 彼女はそっと荷物を雪の中に下ろし、音を立てずに移動した。距離を保ったまま、横から観察しようという企みである。何せ上着のフードに隠れて相手の顔や髪がよく見えない。
 獲物を付け狙うハンターが如く慎重さで一歩ずつ踏み出した。

(濃い肌色は南東の人かしら)
 木々の間をゆっくり進んで観察した。フードの下から見える髪も漆黒だ。
(……何よあれ?)
 視線を下へと滑らせると、つい歩みを止めて二度見をしてしまう物を見つけた。

 男は左手に花輪を持っていた。
 今度はそれの色鮮やかさが異質に見えた。全身真っ黒の男の手にそっと握られる七色の花輪が、白と茶を基調にした冬景色の中で浮いている。

(真冬に花なんて、てんでおかしいわね)
 彼女は睨むように目を細める。
 花輪に気を取られていた所為で、次に起きた出来事に不意打ちをくらった。

 ――パキッ。
 薄い版が割れる音。つまりは氷が割れる音だとすぐにわかった。パキパキパキリ、とそれは小気味よく続き、やがて大きな水音がした。

 その時初めて、男の他にもう一人誰かが居たことを知る。
 後ろからだとちょうど死角になっていて見えなかったのだ。小柄な人物は氷の割れ目からずぶりと沼の中へと落ちた。水飛沫が四方に跳ねる。

「ちょっと! 大丈夫!?」
 急変した事態に伴い、彼女は余計な雑念を忘れて走り出した。
(女の子が溺れてる!)
 その位置なら浅いはずだが、今は冬だ。早く助け出さなければどうなるか知れない。

 黒尽くめの男は慌てふためく様子が一切なく、右手で大地に短剣を突き刺し、左手で少女を引き上げた。腕が長いからこそ楽々とできたことだろう。自分が落ちない為の短剣の使い方といい、まるで全ての展開を予想していたかのような対応だった。
 ひとまず彼女は安堵の短いため息をつき、次には怒鳴った。

「何で落ちるまで放置したのよ、無責任ね!」
 子供を氷の上で遊ばせたお前の監督不届きだ――そう責め立てたい気持ちと、きっと怖い思いをしてしまった少女への心配を抱きながら、彼女はずかずか二人に歩み寄った。

 近付くにつれて、革と鉄の臭いが鼻を突いた。もっと近付けば汗の臭いがするかもしれない。
 嫌悪感がこみ上げる。やはり「男」は嫌いだ。奴にあともう一言物申してから、女の子に助けの手を差し伸べよう、そう思った時。

 ひゅっ、と風を切る音――
 背筋がぞわっとしたのと後ろに飛び退いたのは同じ一秒の内に行われた。鉄の煌きが視界を右から左にと走るのを、遅れて視認する。

 男が振り向きざまに短剣を薙いだのだ。危うく斬りつけられるところだった。
 こちらを見据える右目は底なし穴のように黒かった。

 ――なんて研ぎ澄まされた敵意――。
 不覚にも、彼女の足は竦んだ。

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07:32:13 | 小説 | コメント(0) | page top↑
39.g.
2015 / 01 / 31 ( Sat )
「仮に対象が聖獣だとして、その大いなる存在と意識を共有する必要性は何なんだろうね」
「行き先を知る為ではないのですか? 直接導かれるのであれば情報漏れも防げますし、個々が別の道を進めば部外者に聖獣の眠る場所も隠し通せますし」
 ミスリアは歩を緩めて考え込んだ。

「それも一理あるけど、別の攻め方をしよう。僕は塔の聖地に踏み入っても何も感じなかった。きっとナキロスの地――最初の巡礼地、を通っていないからだと思う」
 心なしかカイルの声が遠くなっている。
 顔を上げると、自分の所為で二人の青年が立ち止まっているのに気付き、ミスリアは急いで追いついた。

「なるほど、そうだったんですね。ナキロスの教会は、どうして最初の巡礼地に選ばれたんでしょう」
「昔は違ったみたいだよ」
 ある時を境に教団が岩壁の教会を始めの聖地として推奨しているだけで、昔は別の場所だったりしたらしい。

「その理由を訊いて回っても知ってる人はほとんどいなかった。でも引退した元枢機卿猊下と会った時、あの人は教えてくれた――」
 始めの聖地は帰納的論法によって定められるという。条件は、その場で大いなる存在と同調できた人数がより多いことだ。理屈など関係ない、多くの人間がその地で大いなる意思に触れられた事実さえがあれば事足りる。
 同調という単語にミスリアは反応した。刹那の間、教皇猊下のご尊顔が脳裏を過ぎる。

「聖地巡礼の本来の目的は、個人が聖獣と霊的な繋がりを確立する為だと思う。それが完全になるまで巡り続ける。だからきっと、一人一人が巡る聖地の順番も総数も違うんじゃないかな」
「霊的な繋がりを確立する為…………」
 相変わらずカイルの説く論は、一言ずつがすんなりと腑に落ちるようだった。

「結局、繋がりを持つことに何の意味があるのかまではわからないけどね。もしかしたら繋がることそのものが目標で、それができれば聖獣に蘇るように呼びかける力や権利を得るのかも」
「どうなんでしょう。ちょっと私には難しいです」
 ミスリアは苦笑を返した。
「聖人聖女たちに教団がどうして何も教えてくれないのかなら、わかる気がする」
 そう言って友人はまた微かな笑みを浮かべた。ミスリアは首肯した。

 霊的な現象に関しての口頭での説明には限界がある。頭での理解と全身全霊で感じ取るのとでは重みが違う。
 加えて、先入観なしに肌で直に感じ取るのが最も望ましい。「ここに立てば何か感じるよ」と言われた後では、感じたことの大部分が思い込みに占められてしまう。
 だから教皇猊下はあの時、とにかく聖地に行ってみなさいと助言して下さったのだろう。

「話は変わるけど、ミスリアは道中、魔物信仰の人に会ったりしなかった?」
「いいえ。旧信仰の方々にならお会いしました」
「ああ、対犯罪組織に出くわしたって言ってたね」
「彼らは組織を『ジュリノイ』と名乗りました」
「ジュリノク=ゾーラ、『正義を執行する神』を掲げる集団。今の教団にしてみれば絶対に分かり合えない連中らしいね」

 ちょうどその時、少し前を歩くゲズゥが止まって振り返った。

(こっちの会話なんて興味無さそうだったのに)
 これまでも聴いていない振りをしていただけだったとは思うけれど、一変して、彼は聴き入るように僅かに上体を傾けた。

「まあそれ以上に魔物信仰の人は凶暴だってね。最近、僻地で不穏な動きを見せてるって……はち合わないならそれに越したことはないよ」
 魔物信仰という言葉は、久しく耳にしていない。修道女課程での授業以来だろうか。ヴィールヴ=ハイス教団とは主旨が度々衝突しがちな旧信仰に比べ、魔物信仰は聖獣信仰のまごうことなき敵対思想だ。

 確か魔物信仰は旧信仰などよりもずっと、詳しいことは誰にもわかっていないはずだった。謎に包まれている理由は信者の少なさよりも、彼らの秘密主義による。

(どうして魔物を崇めるのかしら)
 全く共感できない。哀れと思うことはあれど、信仰の対象にするなど――。
 恐怖が畏怖に、畏怖が憧憬にすり替わるようなものだろうか。

 或いはカイルが調査している、人々の魔物に対する認識を突き詰めた先に答えがあるのではないか。
 約束事へ向かう彼と別れた後ももうしばらくミスリアは道端で考え込みたかったが、冷たい風に打たれてハッとなった。

「私たちはこれからどうしましょうか」
「さあ」
 ゲズゥからは全く何も考えていなそうな返事があった。では、とミスリアは案を出す。

「今日こそ沼地に行ってみてもいいですか?」
 帝都に着いた初日に熱を出してしまって訪れるのを断念していた、沼の聖地。
 最後に雪が積もってから数日が経ち、晴れた日も続いていた。歩きづらい雪道の面積は減っているはずだ。沼そのものが凍っている可能性は否めないとしても、近付くくらいはできよう。

「わかった」
 早速ゲズゥは大股で歩き出した。置いて行かれないようにミスリアは小走りで応じる。
 ややあっていきなり青年は立ち止まり、左肩から振り返った。今日は「呪いの眼」を隠す黒いガラスを入れていないらしく、左眼は金色の光の粒を含んでいる。彼は何かを吟味するようにミスリアを眺めた後、呟いた。

「背負ってやろうか」
「……じ、自分で歩けます!」
 声を上げて反論する。
 悔しいような恥ずかしいような、妙なこそばゆさを拭わんとして、足早にゲズゥの傍を通り過ぎた。

「また倒れるなよ」
 どこかしら笑いを含んだ声音だったが、気のせいに違いない。
「その節はありがとうございました!」
 風邪なんてもう引かないもん、大体子供じゃないんだから、切迫してない時まで運ぼうとするなんてひどい、女の子を何だと思って――と頬を膨らませてから気付いた。

(まさかとは思うけど事務的に訊いてたんじゃなくて、からかったのかしら)
 でなければどうして自分は真っ先に怒ったのだろうか。
 後ろを見やると、青年はコートのポケットに両手を突っ込んで佇んでいた。表情から読み取れる情報は皆無である。

 根拠もなく何故からかわれたと感じたのだろうか。問うように見つめても、彼は瞬くだけだった。
 疑問符を回収できないまま、ミスリアは再び前を向いて歩き出した。

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04:33:16 | 小説 | コメント(0) | page top↑
39.f.
2015 / 01 / 29 ( Thu )
「そうだったんですか」
 確かめたいこととは何だったのかと訊こうとした瞬間、ごめん、と言ってカイルは制止の手を挙げた。彼の眼差しは人波の勢いが弱まるタイミングを見計らうように遠くを見据えている。

「続きは待ってもらっていい? この後、人と会う約束をしてるから、そろそろ戻らないと」
「勿論構いませんよ」
 大通りを一瞥し、ミスリアは歩き出す心構えを整えた。身体が小さいと人の隙間を通りやすいけれど、一方で呆気なく勢いに流されかねない。転んでしまえば最悪の場合、踏み潰される。そう想像するとなかなか最初の一歩が踏み出せない。

「彼に前を歩いてもらえば少しは歩きやすいかも」
 こちらの躊躇を感じ取ったのだろうか。友人はゲズゥに目をやり、提案した。
「お願いしていいですか」
「……はぐれないように気を付けろ」
 長身の青年は背を向けて前に出た。そのコートの帯を、ミスリアは掴むことにした。

 人を押しのけたり間を縫ったりして三人は来た道を戻った。
 周りは相変わらず我を忘れたように騒いでおり、時々ぶつかる人からは酒の臭いが漂う。民衆が密集している箇所を通るとやたらと気温が上がって、逆に誰も居ない箇所に出ると震えるほどに寒い。温度や湿度の目まぐるしい変動に目が回りそうだった。

(これは、前後を歩く二人のサポートが無ければ絶対に窒息しているわ)
 思えばここ最近は移動をする度にリーデンが前を歩いていたので、混んでいる道でも難なく進めた。あの絶世の美青年の行く道を阻む者は少ない――顔だけでなく、立ち居振る舞いやオーラのような何かが人を寄せ付けないのかもしれない。

「リーデンさん、午後のパレードが終わったら合流すると言っていましたけど、大丈夫でしょうか」
 騒々しさからやっと少し離れられた所で、ミスリアは口を開いた。

 ゲズゥの母親違いの弟、リーデン・ユラスは朝から一人でふらりとどこかへ姿を消していた。もはやそれは日常となっている。

 帝都に来てからの彼があまりにも楽しそうなので、昼間の護衛はゲズゥだけで充分ですからどうぞ好きに過ごしてください、とミスリアは自由行動を容認している。本人は趣味の人間観察をしに行っていると言い張るが、真偽のほどは知れない。

「アレなら多分」ゲズゥは帝都中心の高地の方を向き、遠目には人々の姿が虫の大きさにしか見えない位置を指差した。「あの辺に居る」
「弟くんのこと、アレって言ってるの?」
 背後からカイルが笑い声と共に指摘する。

「アレは、アレでしかないが」
 当然のように答えるゲズゥ。気にしたことは無かったけれど、確かに人間をアレ呼ばわりするのはおかしい。
「まあ君がそれでいいならいいよ」
 と、やはり笑い声が返る。

 ようやく三人並んで歩ける広さの通りに出て、カイルは後ろから進み出た。彼は白装束の袖を押さえつつ「失礼するよ」と一言断ってミスリアの造花の輪を直した。ずれはしても、奇跡的にここまでの道で落としたり失くしたりしていなかった。

「それでさっきの話――ミスリア、聖地に行ってみて、何を感じた?」
 琥珀色の双眸が真剣そのものになった。自分も真剣に答えなければ、と反射的に表情を締める。
「遠くに居る、見えない何かの意思を注がれているような……そんな感覚でしょうか」

「僕も他の巡礼者との話で、似たような証言を聞いてる」
「それでしたら……」
 ミスリアも同じく、聖女レティカと互いの経験を教え合ったことがあった。そして彼女も、同様の内容を語ったのだった。

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09:45:05 | 小説 | コメント(0) | page top↑
39.e.
2015 / 01 / 27 ( Tue )
「あと一時間もしない内に年が明けます。カイルやリーデンさんが戻ったら、ご馳走にしましょう」
 祝宴の準備に奔走する人たちを手伝うべく、ミスリアは階下を目指した。
 ゲズゥは無言で後ろについてきた。

「くつろいでいてもいいんですよ?」
「手を貸した方が早く食えるなら、貸す」
 よほど食事が待ち遠しいのだと受け取れる返答だ。ミスリアは漏れる笑いを右手の指で抑えた。

「では、行きましょうか」
 尖塔を降りて、教会の人気の多い中心に近付くと、ふいに思い出した。
 そういえばさっき彼は何を言いかけたのだろう。不思議に思うも、結局問い質す機会を逃したまま、その件は意識から忘れられることとなる。

_______

 新たな年に入ってから五日が過ぎた。ルフナマーリの通りはまだまだどんちゃん騒ぎの連日で小道に至るまでに込み入り、徒歩で移動するには結構な時間がかかった。かといってお祭期間中の規定で馬を使うこともできない。

 空は盛大に晴れている。それでいながら陰の中は比べるべくもなく寒い。
 ミスリアは物陰に入り、護衛のゲズゥと友人のカイルサィート・デューセと共に壁を背にして立ち竦んでいた。ちょうど午後のパレードが始まったので、次の移動を始める前に人混みが収まるのを待つことにしたのだ。
 
 トランペットの高らかなメロディが通りかかった。続いて輿の上で身体を捻って踊る異国風の女性たち、歩幅をきっちり揃えて進む打楽器隊、何頭もの白馬に引かれる華やかな馬車。

 元日のパレードでは帝王とその妃が似たような馬車に乗り込んで自ら巡回したらしい。当日来ていたのに「らしい」としか言えないのは、人出が多過ぎて顔が見えるほどには近付けなかったからだ。

「お花どうぞ~!」
 自分と同い年くらいの着飾った少女たちが、造花を無料で配っている。愛らしい仕草で一輪ずつ差し出しては相手に半ば押し付け、そしてくるくると長いスカートをなびかせて去る。
 何度も受け取る内にかなりの量が溜まった。それをカイルが器用に花輪に繋げて、ミスリアの頭にのせる。

「な、なんだか恥ずかしいですね」
 そっと手袋を嵌めた指先で触れてみる。紙素材の割にはしっかりとした造りらしい。少なくとも風に吹き飛ばされたり、ちょっと人にぶつかったくらいで形が崩れたりはしなそうである。

「めでたい感じがして周りの空気に馴染んでると思うよ。よく似合ってる」
「ありがとうございます」
 スカートの裾を広げ、ミスリアは僅かに紅潮した頬を隠すようにして頭を下げた。
 その後もしばらく二人でお喋りを楽しみつつ和んだ。

「それにしても、せっかく来たのに、塔に入れなくて残念だったね」
「はい」
 ミスリアは深く頷いた。
 今日は三人で聖地の一つである東の城壁の塔を訪れたのだが、入り口前で追い払われてしまった。

「仕方ないか。祭日で人の出入りが多くなってるから、気を張ってるんだよ」
 高い塔は都の警備にとって要所の一つだ。どんな危機も遠くから早目に察知すれば、警鐘を鳴らして対処できる。
 この時期に中に入れて欲しいと頼んでも、取り入れてもらえないのは当然だろう。

「警備兵の方々は少なくともあと一、二週間は部外者を入れられないと言っていましたね。参拝者でも聖職者でも」
「二十九の聖地の中では珍しいタイプだね。現代でも聖地以外の機能があるなんて」
「カイルは中に入ったことがありますか?」
 友人を見上げて訊ねてみると、彼は微かな笑みを浮かべた。

「あるよ。実はルフナマーリに最初に着いた時に、行ってみたんだ。僕は君みたいな巡礼をするつもりは今は無いけど、ちょっと確かめたいことがあったから」

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39.d.
2015 / 01 / 23 ( Fri )
 思い起こされるのは聖女レティカの告白。彼女は己には準備や力が足りないと言っていた。性急過ぎた旅立ちにつれ、エンリオとレイが犠牲になったのだと。
 なら自分はどうだろうか。
 どこからどこまでが早急で、どこからなら用意周到と言えるのか。旅を成功させる為にはどんな強さが必要なのか、はっきりと正解が決まっているわけでもない。もしも決まっていたとしたら、とっくに聖獣は飛び立っているはずだし、必要な情報も修行の内に教えられていたはずである。

 四百年前に聖獣が蘇った際にも、もしかしたら大勢の犠牲があったのかもしれない。それでも当時の聖人聖女たちは前に進んだ。
 ミスリアは今一度、片膝立ちの姿勢でいる青年を直視した――幾度となく危機や絶望から引き上げてくれた手を。彼の前では意気阻喪といった概念は形を保てないようだった。

(私は貴方の強さに甘えてるのでしょうね)
 とは口には出さなかった。袖で目元を拭い、誤魔化すように微笑む。

「お姉さまの大願を代わりに実現したい、その為に発ちました。それが一番の理由です。だから決して、世界を救う為だなんて言えません。私は敷かれた大義に沿っているのであって……その上で自ら生きているのではないのだと思います」

 聖女を名乗り教団の意志を纏う者がこんな心意気では不足だと、自覚はあった。度々痛感する覚悟の足りなさもきっとここに起因している。姉のカタリアをはじめとした多くの人間が偉業を果たそうと、果たせると信じて目指しているのに。

 ミスリアには果たせる自信が無いし、どんなに己を騙そうとしても、結局は別の誰かの願いだ。
 幼い頃受けた影響が育ちすぎてしまった。今更いくら考えても自分のみから生まれるオリジナルの夢なんて何処にも見つからない。
 ふと思い出すと、どうしようもなく恐ろしくなる。

 ――本当は前に進むのも、戻って別の道を探すのも、怖い――。
 自分が実はとても空っぽな人間なのではないかと疑う。
 そしてこんな情けない「聖女」に世界の最果てまで付いて行くことを余儀なくされたゲズゥ・スディルは、

「理解した」
 と応じて立ち上がった。
「え? そ、そうですか?」
 やけにあっさりした返答に戸惑う。

「……存外、お前も、未来に何も望んでいなかったんだな」
 続く無表情での一言。ミスリアは唇を凍らせた。
「だからどれだけ人に囲まれても、孤独だ」
「――――」
 返す言葉を持たないまま、耳に付くほどの浅い呼吸を繰り返す。

「その一点に於いておそらく俺たちは……」
 黒い瞳に映る感情は同情のようで、しかしまた別の何かが含まれているようでもある――
 突如、空気が搾り出される鈍い音が響いた。空腹を訴えかける音だ。呼応するようにミスリアの胃の辺りもきゅっと切なくなる。

「そういえば昨晩から何も食べてませんね」
 清い身で年明けを迎えるべし、というヴィールヴ=ハイス教団から伝わった慣わしだ。ギリギリまで断食し、新年の到来を報せる鐘が鳴り響いた直後は、近しい者と杯を酌み交わして年初の食事を摂る。




>>驚きの発見<< これまでの「聖女ミスリア」に「希望」の二文字を検索かけてみたら、なんと三回しか使われていなかった!

この会話は連載が始まる前から書きたいと決めていた場面の一つです。場所や台詞など、イメージからは大分かけ離れてしまいました。主にげっさんのキャラが原案ではもっと熱かったせいなんですが(ワロス) 今ではもうきゅうりよりも冷めてしまってます。

当初の予定よりも結構ミスリアは「自分を見失っている系ヒロイン」になってしまいました。小心者だけど必要あらば思い切りがよく、しかして「私は弱いんだわ、ヨヨヨ」と思い込んでいる節のある感じ。家庭もアレなんですが、それはまた別の機会に。

目指せ、脱・思い込み!


拍手返信@みかん様:
炊飯器が無いということは……釜飯派ですか!?

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39.c.
2015 / 01 / 17 ( Sat )
 そう言われてしまっては言葉に詰まる。他の誰でなくても、彼には知る権利があるのだから。
 真っ直ぐな視線の重圧に耐えきれなくなり、ミスリアは床へと見つめる先を移した。

「聖女となって失踪したんだろう」
「はい。けれど…………教団に問い合わせても、自分なりに調べてみても、結局それ以上のことはわかりませんでした」
「ならお前は、どっちだと思う」

 急に声が近付いた。視界の中に動きがあった。何が起きたのかと気になって床から目を離すと、すぐ近くに青年の整った顔があった。目線を合わせる為にか、床に片膝をついている。この人を見下ろすのは、非常に珍しい体験だった。

 何故だか胸の内がざわついた。

「根拠は全く無いのですが、私は……」
 諦めにも似た心持ちで語り始めた。目を伏せると、睫毛に潤いが付いた。
「お姉さまはきっと亡くなったのだろうと、そう感じています」
 ミスリアは一息に言い切った。が、そのまま黙り込むこともできずに早口に続けた。

「変、ですよね。貴方とリーデンさんみたいな特殊な繋がりがあるわけでもないのに、なんとなくそう……感じたんです。その程度の気持ちで生存を諦めるのは愚かかもしれませんけど」
「いや」
 ゲズゥの言葉は心なしか柔らかかった。驚き、再び目を合わせた。

「消息の知れない親族がきっと生きていると根拠もなく言い張る輩は、存在しない希望に縋りついているだけだ。だが逆は違う。しかも兄弟姉妹は親子よりも近い血縁じゃないのか」
「確かに、私もそう聞いています」

「なら、お前の姉は死んだと考えて間違いない。妹のお前がそう感じたからな」
 見つめ返す眼差しには濁りが無い。気休めのような易い慰めではなく本心からそう言っているのだと思うと、涙が勝手に流れ落ちた。こんな後ろ暗い仮説を長い間心に秘めていたことを、許されたような気がした。

 ――両親に話した時さえもくだらないと一蹴されたのに……。
 彼らこそが根拠の無い希望に縋っているのだろう。
 今なら、話せる。決意が固まり、ミスリアは息を吸い込んでは吐いた。

「本当に人類や世界の未来を想っていたのは、お姉さまの方です。私はあの人の夢を毎夜のように聞かされる内に、あたかも自分の夢でもあるように感化され――あの願いの眩さに触れて、同じ未来を追いたいとさえ思いました。元々私はお姉さまを取り巻く全てに憧れていました。今になって思えば、私自身、聖女になれて良かったと思ったことがあるのかは……わかりません」

 別れた最後の日を除けば、姉はいつも誇らしげだった。当時は島でたった一人、初めて聖職者の道に進んだ彼女は誰もに祝福された。

(私の場合は事情が違った……)
 口を挟まず、ただ意外そうにゲズゥは眉を動かした。
 一度蓋を開けてしまえば段々と気持ちが楽になっていった。想いが次々形になって舌を滑ってゆく。

「それでも、慰問や魔物の浄化に明け暮れるだけでも十分に意義のある生き方だと思います。もしもお姉さまが志半ばに消えたのでなければ、私は今頃はひっそりと故郷や周辺地域に仕えるだけの日々を送っていたかもしれません」

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08:42:52 | 小説 | コメント(0) | page top↑
39.b.
2015 / 01 / 15 ( Thu )
 その「食い違い」が何を指しているのかは、しばらくしてわかった。
 深い闇を包み込む静かすぎる夜。安寧とした時間が保たれる最たる原因は、都全体を覆う結界にほかならない。

 帝都の内にて行われる死者を弔う儀式……真に慰めを必要としている者らはルフナマーリの結界の外に居るというのに、一般都民は魔物が亡者の魂によって構築されている事実を知らないから、自分たちの行いの滑稽さに気付けない。
 だからこそ一層深く、ミスリアは魂の安らぎを願って黙祷した。

(私はどうなのかしら。追慕の念に、今も捉われてる?)
 己の内へと問いを向けて、ミスリアの心中は複雑になった。大陸や教団の魔物対策に対する憂いだけではない。

 ――或いは、生者の方が死者と共に在りたいのかもしれないね。人間は死というありふれた現象に恐怖や嫌悪を感じ、時には畏怖や憧憬すら感じる。歩み寄ろうとするのは自然な流れだと思う。

 イマリナ=タユスで魔物の腕(かいな)に飛び込んでいった少年について話していた時、カイルはそのように呟いたのだった。
 カイルはミスリアたちと別れた後、魔物の認識について調査していた。驚くべきことに、教団が思っている以上に人々は魔物の正体に気付いているという。皆独自に答えを追い求め、なんとかして突き止めていたのだ。

 去った者への想いを生活に深く結びつけるのは執着だろうか、非生産的だろうか。
 おそらくそれぞれに事情が異なる問題で、結び付きが生者の未来にとってプラスかマイナスかに働くのかも大きな決め手であるのだろう。

 魔に魅入られて消滅する人間は、或いは最期まで幸せなのかもしれない。
 なのにどうしても自分は、その選択を「正しい」と感じられない。きっとこれから先もずっとそうだろう。
 ぎゅっと両手を強く握り合わせると、ちょうど広場からは喚声が上がっていた。

(それでも私に、従兄との約束や一族の復讐の為に非道に進んだゲズゥを糾弾する権利なんてない)
 窓がオレンジ色に染まる。広場では再度輪になった人々が中心に向けて蝋燭を放っている。一つ一つが弱々しい火も、重なり合わさればいずれ轟く炎と化す。

「ミスリア」
 ふいに物思いに割り込む声があった。
「はい。何でしょう」

「お前の姉は、つまり生きてるのか、それとも死んだのか」
 一瞬、目の前が真っ暗になった。
 すぐに次の一瞬にはまた両目に赤が入り込んだ。窓の向こうで燃え盛る儀式の火によって意識が引き戻される。

「どう、して……突然、そんなことを、訊くんですか」
 手首より先が小刻みに震え出している。堪えようとして両手を擦りあわせた。
「知って、どうするんですか」
「別にどうもしない」

 ミスリアは素早く振り返った。常に無表情の青年は、黒曜石の右目に何の意図も映さない。それに対してミスリアは無意識に表情を歪ませ、戸惑いを訴えかけた。
 ゲズゥは二度瞬いてから唇を動かした。

「知りたいだけだ」
「だからどうして――」
「……世界の為でないなら、お前が何の為に命をかけるのか」

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