はじめに読んでください
2030 / 12 / 17 ( Tue ) こんにちは。はじめまして。
甲(きのえ)といいます。 少しでも楽しんでいただけると幸いです。 現在連載中:ゆみとミズチ 完結:聖女ミスリア巡礼紀行、きみの黒土に沃ぐ赤 「目次」カテゴリからそれぞれの作品の目次ページに飛べます。 ******* 代表作(?)「聖女ミスリア巡礼紀行」について。 アクションやら化け物やら組織やらいろいろ出ますが、元は単なる「旅する男女」を書きたくて練った話です。なお、多少の残虐非道な行為・発言または性的描写は含むかもしれませんので、15歳未満の方は閲覧を遠慮してください。 作品内に主張される信念や思想は私の脳から出たものであってもすべてを私が支持しているわけではありません。あくまでフィクションです。 ******* 初めていらっしゃるお客様はまず本編は長いので最初はブログよりも投稿サイト(小説家になろう、カクヨムでも同タイトル同名義で掲載しています)で見た方が読みやすいと思います。ブログで読む方は下の目次記事へどうぞ。 どの記事も大体5分以内で読めるでしょう。 感想はコメント・拍手でも何でもどんと来いです お待ちしてます(・∀・) ではよろしくお願いします! ←検索サイト・ランキングに参加してます。よかったら押してください |
聖女ミスリア巡礼紀行 目次
2030 / 12 / 17 ( Tue ) 混沌に満ちた架空の大陸を舞台にした長編ダーク・ハイファンタジーです。
[読み返しガイド]
おまけ・番外編
|
ゆみとミズチ
2029 / 02 / 15 ( Thu ) タイトルからおわかりかと思いますが、爬虫類要素を含みます。 苦手な方はごめんなさい。 「なくなよ。おいらが、ゆみをまもるから」 どこかで聞いたようなベタな約束を果たしに来たのは、自らを「みずち」だと言い張る謎の少年。 「きみはいつまで居座る気なの」 「ゆみが死ぬまでかなー。だってほっとけねーし」 「……それって、すごく長くない?」 どこにでもいそうな独身OLと、人間の姿かたちを真似た化け物の、【非】日常ファンタジー……? 第一章:みずちという子
|
きみの黒土に沃ぐ赤
2029 / 02 / 13 ( Tue ) (きみのくろつちにそそぐあか)
あとがき 今夜、夫となる男と初めて顔を合わせる。 明後日、結婚式を挙げる。 そのはずだったが、物事は予定通りに進まず―― 波乱に立ち向かうか、安寧に逃げ戻るか。 選択の刻が迫る。 零、きみと求める自由 a b 一、ラピスマトリクスの涙 a b c d e f 二、咲かせる花 a b c d e f g h 三、危険な夜 a b c d e f g h i j 四、予定がない午前 a b c d e f g h 五、約束をつなぐ午後 a b c d e f 五と六の合間 abc 六、決断を迫られ ab c d e f g 七、善意のかがやき a b c d e f g h 八、整理と采配 a b c d e f g h 九、とんぼ返り a b c d e f g 十、渦に呑まれるなかれ a b c d e f g h i j k l m 終、きみと駆けはしる行方 a b c d e f 人物紹介 【これは聖女ミスリア巡礼紀行と世界観が繋がってますが、独立して読める恋愛ファンタジーです。流血沙汰や狂気、死などのダーク要素が出ますので苦手な方はご注意ください】 |
しるべの約束
2028 / 12 / 17 ( Sun ) 独り途方に暮れていたシェリーが思い出したのは、昔よく遊んでくれた少年だった。 彼はまだ、あの町にいるだろうか。 1. It wasn't locked... a b c*この物語は時折R18描写があります。 2. Are you a coffee drinker... a b c d e f 3. I still think you are... a b c d e f 4. Smells like something died... a b c d e f g 5. Can I ask of you... a b c d e f g h 6. Feeling chemistry... a b c 7. I'll be off... a b c d e f g 8. Why would you want that... a b c d e 9. Pretzels and knots... a b c d 補足メモ(ネタバレ配慮なし) |
しるべ~完結までうpったので補足メモ
2026 / 03 / 28 ( Sat ) 「死にたくなったら会いに来い」の約束をした少年少女が大人になって再会する日常系(?)恋愛。元ネタは二年前くらいに見た夢。筆者がスパダリ・イケメンばかり登場する少女漫画に触れてた頃に「男に夢見すぎるんじゃねえ」という感情をもとにして書き上げた、男女が一緒に生活する様子にフォーカスした中編物語。
時代についての余談:皆さんも、夜中に電話に起こされてイライラしたでしょ? 今はもうスマホで不可侵の時間を設定できるけど、昔の家電は……。 アレクス・リクター (27 愛情の無い家庭で育ち、母と姉は中学(ミドルスクール)末期に出て行き、父は飲酒運転事故で8年前に死んだ。粗暴な印象の割に常識人。言いたいことはすぐ言う、他人に配慮しても遠慮はしない性格。ガサツ。美しいものを探すのが好き。写真を大量にとっては、現像したあとは飾らずに雑に保管している。 世論を左右せんとする新聞社に勤めているため、時々危ない目にあっている。変なところで写真撮ってたらスカウトされた、それまでは適当なバイトで食いつないでいた。高卒止まりだがバイトを転々としていた経歴により器用。 子供のころは刈り上げ、親への反抗心で髪を伸ばし始めたらそのままめんどくさくなって切らなくなっている。母とは疎遠。姉が嫌い、たまに会っても金貸してとしか言われないから。 勉強好き。親が教育に投資してくれなかったので自分は大して進められないだろうと諦観していた。 185cm 背は高く肩幅もあるが、痩せ気味。濃い茶髪、肩ちょい先までのロン毛。首の後ろに結んでることが多い。目:青と緑の中間。客観的にみると外見はいい方。異性が求めるスペック(社交性、財力、甲斐性など)が自分にないため「持っている」人間と競う気力に乏しいが、寄ってくる女の相手はちゃんとする。ひとりが楽。恋人の維持費をめんどくさいと感じる。 異性の好みのタイプ:気負わず話せる人。外見にこだわりがないが、細いよりはなんか柔らかい方が好き シェリー・ハリス(25 大学教授だった父が家を出て以来、法律家の母の傀儡として育てられた。司法試験の勉強をしながら法律事務所の助手として働いていたが、母の突然の死により途方に暮れる。母の教育の影響で自己肯定感が低め。思い込み癖さえなければ結構なんでもこなせる。文章を読んだり調べ物をするのは好きだが法律はあまり好きじゃない。 恋愛経験・男性経験ともにゼロ。知識として知っていても自分とは無縁のものと思って生きていた。人間関係に対して消極的、親戚ともうまくいっていないと思い込んでいる。実際は心配されている。 明るい茶髪、腰まであるぐるぐるの巻き毛。力業で三つ編みにすることが多いがそれ以外のまとめ方もする。瞳は明るい茶。目が大きくて客観的にかわいいが、本人はモデルみたいなキリッと美しい女性に憧れがあるため自己評価が低い。 ちょっと丸顔、身長160㎝くらい。胸と尻の肉付きを気にしている。 異性の好みのタイプ:考えたことがない |
9. d.
2026 / 03 / 28 ( Sat ) 「うん、でも来週の予報は大雪らしいよ。また積もるかも」
「早いな今年……本格的な冬は年明けからじゃなかったのかよ。あー、暖炉のある家に住んでみてえな」 「いまから見つけられても、間に合うかな。冬に引っ越すの大変じゃない?」 「そん時は業者呼んでサクッと終わらせようぜ。そういう金はケチるもんじゃねえよ」 「そうだよね」 要するにお金をかけて手間を省こうと言うのである。シェリーもその選択には同意できた。そもそも自分は車を持っていないので、業者に頼むのが一番丸い。 「ね、私たちって結構、価値観が合うと思わない? 生活のテンポも。だからこんなに居心地良いのかな」 「バカ言え。合わせるんだよ、そういうのは。めんどくせえけど意見が一致しなかったら、都度話し合って妥協点をさがす」 「あ、そっか」 能動的だ、と感じ入る。ほぼ母に従っていればよかっただけのシェリーには、価値観を擦り合わせるというのが、まだ慣れない発想だった。これも「脳の筋肉」というものに連なるのだろう。 臆してばかりいないで、踏み出すしかない。 「アレクス、来週仕事ある?」 「さすがにクリスマス前後は予定入らねえよ。なに、なんかしたいことあんの」 「したいことって言うか」 シェリーは苦笑した。 (一緒に過ごしたいだけなんだけど……) むず痒くて口にできない。答えあぐねてると、リクターが「あっ」と言ってこちらを見下ろした。 「そういや同僚が美味いタイ・中華料理やってるとこ見つけたって。365日開いてるらしいから、当日はテイクアウトにしようぜ」 「中華好きだし、いいよ」 そう答えながらも、シェリーはやや拍子抜けする。 自身で素晴らしい晩餐を用意しようと企画していたわけではないが、クリスマスにテイクアウトはなんというか、初めてである。 (そういうのでいいんだ) なんとなく彼が祭日にこだわらないタイプな気はしていた。 (家族は――アレクスは疎遠になってるから関係ないか。私は、叔父さん叔母さんのお誘いはもう遠慮しておいたし) 自分たちはこれでいい。誰に断る必要もない。 (イルミネーションを見に行かなくても、私の暗闇を照らしてくれる導はもうここにある......なんてね) 親族への義務よりも二人で祝日を過ごすのを想像するほうが、心が躍った。実はこっそりプレゼントも買ってある。ツリーもライトも飾らなくても、二人で決めた過ごし方こそが正解なのである。 「んでクソ映画も観ようぜ」 「それなら私が選んでみたい。ホラーじゃないけどベタなクリスマス映画」 「ダッセェのにしてくれよ」 「任せて」 「おう、楽しみにしてる」 並んで歩きながら――今日の幸福と、来週、そしてその先に続くであろう時間に想いを馳せた。ふたりでテイクアウトを平らげて、後片付けを後回しにして。ブランケットに包まって、もし映画がつまらなかったらそこで寝ちゃったりして。プレゼントを渡すタイミングは食事時でいいだろうか。どんな顔をしてくれるだろうか。 いつかまた別れが来たとしても、今度はずっと思い出が心の支えとなってくれるように。そっと、胸の内に願う。 それから来年は暖炉の前で、もしかしたら新しいソファで、身を寄せ合ってやはりダサい映画を鑑賞している様子を夢想する。 どれも、とてもとても幸せな光景だった。 |
9. c.
2026 / 03 / 27 ( Fri ) 「三年だね。わかった、そうしよう。二人で決めるって、いいね」
「契約っつーもんはそのうち呪いに感じるかもしんねえけどな」 「かもしれない。でもどんなに重荷でも苦しくても、その度に今日のことを思い出すよ。こんなに幸せだったんだなって」 「……そうかよ」 「そうだよ――って、痛っ!」 鳩にかかとを突かれて、シェリーは反射的に右足で宙を蹴った。うかつだった。まだ片手に持っていたプレッツェルの破片が、ぽろりと地面に落ちていく。 身を乗り出して手を伸ばしたと同時に横からカメラのシャッター音がした。 この男は、またしても。 「変な時に撮るのやめてよー」 呆れてものを言っている間に、鳩たちが落ちたプレッツェルの欠片を奪っていく。なんて抜かりのない生き物だろうと思う。 「写真があったほうが今日のことを思い出しやすくなるだろ」 笑いを押し殺したような声でリクターが応じる。今回使ったカメラはポラロイドらしい。機械音がして、白い紙が吐き出される。 「鳩に敗北してる瞬間を見て思い出せって言うの……」 「そういう写真のほうが、『人生』を感じるんじゃねえか」 「もう」 あまりに彼が楽しそうなので、結局シェリーは怒るのをやめた。 「お、見えてきた」 長方形のポラロイド写真を共に覗き込むと、そこには必死な表情をしたシェリーと鳩との可笑しな一瞬が浮かび上がった。写真の端には菓子袋のロゴが写りこんでいる。その結び目が不思議と、縁起の良いものに見えてきた。 「これもらってもいいかな」 「ダメ。オレが財布に入れるからって、いま決定した」 「えぇ、これを? 私マヌケ顔だけど……じゃあ代わりにあなたを撮らせてよ」 自分も財布に入れて持ち歩ける写真が欲しい、とは言わない。 「今度な」 「絶対だよ。なんなら、散髪した直後とか」 「……わかった」 「やった!」 言質も取れたことなので、もう一度写真を覗き込んでみる。 昔の東洋文明(中国だっただろうか)では、婚儀に花嫁と婿が結び紐を持たされていたらしい。いつか籍を入れる日が来たら、その時もプレッツェルを食べようと思った。 「なに笑ってんだ」 「内緒」 「ふーん……? このあと本屋行っていいか」 「いいよ、私はコーヒー買おうかな」 ここから近い大手チェーンの本屋の中にはカフェスペースが 設けられている。午後ともなると頭が緩慢になりそうなので、ちょうどいい。 「いんじゃね。あそこのダーク・ロースト結構いける」 ゴミを近くの公用ゴミ箱に捨てて、共に公園を横切った。 犬に向かってフリズビーを投げる少年。この季節に敢えてアイスクリームを食べ歩きしている学生の群れ。楽しそうな人々を見て、つられて気分は上昇する。 歩き出して数フィートのところ、シェリーは勇気を出して隣の男と腕を組んでみた。リクターはそれには特に追及せずに普通に話し出した。 「今日だいぶあったけえな」 |
9. b.
2026 / 03 / 26 ( Thu ) 「私はね――」
自宅に近いショッピングモールの美容室の名を答える。 そのあともしばらく雑談が続いた。主にシェリーが昨日あった出来事を語り、リクターが相槌を打ちながら横で食べているという形で。 昨日といえば、叔父夫婦が訪問してくれたのだった。ここ数週間の内に親族を代わる代わる呼んで、母の遺品の処理を進めていて、もうすぐひと段落しそうなところである。遺品を手にしてかつてを振り返り、思い出を語り合ったりもした。その間、シェリーは法律事務所の仕事に復帰し、少しずつ日常を取り戻しつつあった。 喪失感は完全には癒えない。それでも穏やかな気持ちになれる日が増えていく。 なあ、と言ってリクターは最後のプレッツェルの一口を飲み込んだ。 「前のアパートを引き払うんだろ」 「うん。まだ次どうしようか決めてないけどね」 「新しいとこ探さねえか」 「うん……?」 「お前が過去を清算しようとしてるの見てると、オレもコンドミニアム売った方がいい気がしてきてな」 「探すって、つまり」 「一緒に住むかって話」 「え、買うの? 賃貸? それより、一緒にって」 貯金はそれなりにあるが――思い切りすぎでは、という考えがまず最初に浮かぶ。 「別にツーベッドルームアパートでも、タウンホームでもいい。いきなり共同が無理なら、区切って生活すればいいだろ」 「あの、そうじゃなくて。私たち、夫婦でも長く交際してきたわけでもないから、提案自体にびっくりしてるんだよ」 「長さは関係あるか?」 「あ、あるよ」 「つっても、どうせ......」 「ちょっと待って。ちょっと、考えるから」 シェリーは食べかけのプレッツェルを見下ろす。中心のまだ繋がったままの結び目が目についた。指先でプレッツェルの柔らかい結び目をほどき、千切っては食べる。甘さに包まれた絶妙な旨味が、ハニーマスタード味の魅力だ。 彼の言いかけた先がわかってしまう。結婚していなくても、長年の付き合いでなくても、どうせ毎日会いたいのである。同じ家に帰りたい。別々に暮らしている間は移動時間やら家賃やら、無駄が多いとすら言える。 むしろこれはチャンスと見るべきか。お互いのタイミングが合うのだから、この決断が前倒しになっても不思議ではない。 「でもいま流れに任せたらずるずる何年も同棲だけして『結婚しよう』って話がなかなか持ち上がらなくなるかも。それはなんか嫌だ」 シェリーはそう口に出していた。 「まさか書類上の契約にこだわってんのか。わざわざ結婚してどうなるってんだ」 意外そうにリクターが眉を上げる。確かに、お互い両親が別れているので婚姻という制度に思い入れは無い方であるが。 「保険とか税金で大きくアドバンテージがあるよ」 と、淀みなく答えた。世間体のことも多少なりとも気になるが、それは言わないでおく。 「……すげえ現実的な動機。法に触れる職種なだけあるな」 「信頼関係を築くなら、二人の口座を開けるとか、退職金の話もしなきゃだよね」 「確かに」 男は手をぱんぱんとはたいて、指についた菓子のパウダーを払う。そして顎に手を当て、考え込む素振りをした。 「じゃあさ、こうするか」 「うん」 「三年一緒に住んで、それでまだ一緒に居たいって思えるなら、結婚しよう」 「その、三年って数字の意図は」 「オレが三十歳になるから。キリがいいし、決めたことを簡単に覆さなそうな感じがするだろ」 「なるほど?」 そんな感じがするかも、とシェリーは首を傾げた。たとえば車のローンも三から五年契約を結ぶのがメジャーな気がする。 ――結婚、か。 改めて口にするまで、自分にそのような願望があるとは思ってもみなかった。花嫁やウェディングへの憧れは人並み以下にしかなく、両親の昔の記念写真を眺めてうっとりした日々はあまりに遠い昔のことだった。高価な指輪も要らない。 欲しいのは、そう、契りだ。 共に老いることができたなら、どんなに素敵だろうか。 |
9. a.
2026 / 03 / 25 ( Wed ) 青よりも灰寄りの淡い色彩の空から、雲が引いて日の光が染み込んでいく。 待ち合わせの時間にはすっかり晴れているかもしれない。そう考えながら、シェリーはショートブーツを履いた足をのんびり動かした。 クリスマスまであと一週間も残っていないからか、町中は浮足立っている。リースやリボン、ストッキング型のライトをつけた街頭を通り過ぎる。毎年恒例の冬祭りイベントや「ナットクラッカー」「メサイア(ヘンデル)」公演を報せる煌びやかなポスターも、見ていて飽きない。 あちこちに、土曜日の午後のショッピングに繰り出す家族連れが散見される。きっとクリスマス直前セールやらプレゼント探しやらサンタとの記念撮影やらで忙しいのだろう。しばらくとんでもなく寒かったのが急に気温が少し上がったからか、ここぞとばかりに人出が多い。 人波の間を縫い、いくつかの交差点を渡った。やがて公園の端のベンチに腰を掛けて、シェリーは上空に向けて息を吐いた。一応これでも白かったが、やはり今日は体感そこまで寒くない。マフラーを緩め、ダッフルコートの前を開ける。 結果、首元がひんやりと寒くなった。 (早まったかな) 冬に散髪なんてするものではなかったか。先日、背中を悠々と流れていた頭髪を、うなじがあらわになるくらいに短くしてきたのである。今までなかった前髪も作ってもらえた。 文字通り、軽くなった。心も体も。今までの見えない束縛を断ち切る意味もあった。人生で髪がこんなに短かったことなんて、きっと幼児だった頃にしかない。解放感と不安がどちらもすぐそこにあった。 それはそれとして首が寒い。 かと思ったら、くしゃっとした紙の音とともに、暖かいものが耳に押し当てられた。焼きたてのパンみたいな香ばしい匂いがする。 「よ」 右隣を見上げると、アレクス・リクターがいつものトレンチコートを着て、手袋なしの手で白い菓子袋を二つ指に挟んで差し出していた。袋には見覚えのあるマークがプリントされている。 「プレッツェルだ」 「サワークリームオニオンかハニーマスタード。どっちにする?」 男は出会い頭に問いかけて、ベンチに腰を下ろした。珍しくタバコの匂いがしない。 「ハニーマスタードがいいな」 「ほい」 菓子袋を片方渡される。しばらく互いにプレッツェルにかぶりついた。時々リクターは足元に群がる鳩を煩わしそうに蹴っているが、鳩たちはすんでのところで逃げるので、ひとつも攻撃が当たらない。 そういえば違うのはタバコの匂いだけではない、とシェリーは気づく。 「あれ、香水変えた?」 「変えたっつーか、元々好きなやつ三、四種類でローテーションしてんだよ」 「へえ」 「そういやおまえはこれといってつけてないんだな。今度選んでやろうか」 「お願いしようかな」 「おう」 以前と違って、どんなに小さなことでも、未来の話をするのはもう辛くなかった。 (私の人生にできるだけ長くこの人がいるといいな) 再会してひと月と少ししか経たないのに、ごく自然にそう願うようになっていた。最近ではほぼ毎日のように会っているし、互いの家にもちょくちょく泊まる。 「オレも切るかな、髪」 「いいと思うよ。ほかの髪型も似合いそう」 「長いのが好きっつーわけでもねえし」 「そうなんだ?」 「昔はクソ親父に刈り上げにさせられてたからな。解放された後のささやかな反抗で伸ばしっぱなしにして、そのままな。結んでないとすぐ邪魔になる。おまえはどこで切ってきた?」 |
8. f.
2026 / 03 / 23 ( Mon ) 「じゃああの」
「ん」 逆向きにソファの背にもたれかかって、リクターが応じた。 「あなたの唯一無二の、特別なひとになりたい。私が……安息を、つくってみせるから」 「おう」 「それとね。信頼関係を、ちゃんと築きたい」 しばしの間をおいてから、「善処する」と返事があった。 「まだほかに何か言いたそうだな」 「ひ……」 「ひ?」 「お膝に、のせてください」 「今?」 「い、いまがいい」 ソファの背に顔面を沈めて、くぐもった声で男は笑い出した。 「ついにおまえも甘え方をおぼえたか」 「甘え方って?」 「なんでもない。こっちの話」 顔を上げるとリクターは微笑を浮かべて、手招きの動作をして見せた。 今度こそ、シェリーは大人しくソファの影から出てきた。そしておずおずと膝乗りの体勢に移る。 「ソファでこれだと座りづらいんじゃねえの」 「平気だよ」 確かにちょっと足の行き場がないけれど、膝を折っていれば何とかなる問題だった。腰に、男の腕が回される感触があった。 シェリーはといえば、リクターの頬に手を添えていた。 「くすぐってえな」 「もうちょっとだけ、こうしてたい」 鼻先が触れ合うような距離で囁く。「うーん、でもタバコ臭いね」 「ガム買えってか」 ※ニコチンガムは90年代後半から医師に処方されなくても購入可能になっている。 「そうだね。身体を大事にしてほしいから、喫煙はやめてくれると嬉しい」 「それも、善処する」 「男のひとの肌ってじょりじょりしてて、変な感じ」 「何の感想だ」 顔を近付けすぎると唇を重ねたくなるらしい、とどこか他人事めいたことを考える。そして相手も同じ衝動を覚えたようで、そういうことになった。 柔らかい。温かい。目を閉じて浸っていたい―― 「こら、どこ触ってるの」 腰にあったはずの手が、いつしか尻を撫でていた。大きくて温かい手のひらの心地に、そわっとする。 「そっちが誘ってんじゃねえか」 「……まあ、否定はできないかな」 「なんならやめるか?」 「やめないよ」 次の接吻は、もっと長く、そして激しかった。 9話でおしまーい |
8. e.
2026 / 03 / 21 ( Sat ) 「もう大人にもなれば、いちいち自分が見捨てられたっていう落胆は感じなくなる。そんなもんを感じる余裕もなかった、が正しいな」
「……」 いつの間にか、大粒の涙がぼろぼろと零れ落ちていた。せっかくのホットココアが台無しになってしまう、と慌ててシェリーはカップの中身を飲み干した。空になったマグカップを足元によける。その様子を、リクターは目を細めて眺めていた。 「いちいち同調しなくていいんだって」 「同調じゃないよ。私はあなたが送ってきて苦しい人生を代わりに嘆いているんだよ」 「なんで」 「なんでって、それは」 「おまえ、そんなにオレが好きなんか」 突然言い当てられて、シェリーは立ち上がり、ソファの後ろにしゃがんで隠れた。相手の表情なんて確認できるはずがない。 「好きだよ。好きだもん。ごめんなさいね」 と、早口でまくし立てた。 「いや、責めてるんじゃなくてだな。驚いてるだけ。出て来いよ」 「やだ」 「おい――」 「私、恋とかしたことないから、たぶん小娘みたいに舞い上がるし、下手したら粘着するかも。あなたの厚意を、どんどん勘違いする。縁を切るなら今だよ」 言葉を被せて一気に喋った。もうこの際、自分の中にくすぶる醜い感情を全部吐き出してしまおう。これで軽蔑されるなら、もとよりされるべきかもしれない。 嫌われたら悲しい。悲しいけれど、本心を偽ってまで一緒にいられる自信はなかった。ぎゅっと膝を抱えてうずくまり、意味もなく頭を横に振った。 「なんでそう……オレが受け止めきれないみたいに思い込んでんだ。別に舞い上がってればいいだろ」 「だって恋人はめんどくさいって、そう言ってたよ」 「言ったけど。『恋人』はめんどくさいって。気も遣うし」 妙に間があったので、シェリーはおそるおそる振り返った。 リクターはガシガシと髪を片手で乱している。 「おまえのことは、ずっと昔から、かわいくてしょうがないんだよ」 「本当に? 話合わせてくれてるんじゃなくて?」 「そこまで気ぃ回さねえって」本当、と念を押すように答える。「あの頃は……おまえが引っ越した時、アレ以上は互いの人生に踏み込めやしないだろうって。そんなもんだろうと思ってた」 そうだね、とシェリーも同意する。 実際に十年以上会わなかった上に、思い出す頻度も年々減っていった。別々の道を歩んでいるのだと、漠然と理解していたのだ。窮地に立たされなければ、再会したいと強く願うこともなかった。 「もう親はいないし、人生をどうするかは自分で決められるようなとこにいるだろ。だからどうしたいか、言ってみればいい。代わりにどうしてやれるか、オレも考える」 その言葉を聞いて、カチリと頭の中で歯車が合った音がした。 きっとこのひととなら生きていける。嫌なことももちろんあるだろうけれど、アレクス・リクターは、一緒に考えてくれるひとだ。シェリーと共に物事を解決してくれるひとだ。本人が意識しているかはわからないが、既にそうしたいと結論を出しているようだった。 なので自分も考えていかねばならない。どうすれば一緒にうまくやっていけるか、努力を続けねばならない。その責任から決して逃げてはならないのだと思った。 |
8. d.
2026 / 03 / 20 ( Fri ) 「色々あって、ダメになった。でも今はこれでいいと思ってる。家族に元に戻って欲しいとかはなくて、むしろさっさとバラバラになるべきだった」
「そんな風に思えるのはあなたが強いひとだからだよ――って、言ったら怒る?」 「怒らねえよ」 リクターはむしろ呆れたように笑った。 「話してくれてありがとう。私も、これから見つけていくよ。家族……との付き合い方」 「おう」 じっとりと横目で見られている――かと思えばそっぽを向かれた。 「オレの周りって本当に薄情な奴ばっかだったんだよ。実の母親にすら捨てられた」 「う、うん。大変だったね」 「何で姉貴だけ連れてくんだよって問い詰めたら、『あんたは未成年で大して稼げないでしょ、お荷物よ』ってさ」 あまりにひどい話に、シェリーはどう返事をすればいいかわからなかった。 「無責任な女だったよ。けど金が絡んでんだから、結局憎む気にもなれなかった。てめえのいないとこで元気にやってやるよって、ガキっぽい捨て台詞くらいしか吐いてやれなかった」 しばしの間が続き、シェリーは語られたことを反芻した。 (このひとはたぶん頭が良いだけに、気持ちが整理できてるんだろうな) そして相手の視点に立って物事を見ることに、悲しいくらいに長けている。自分の感情を端から咀嚼して、消化できてしまう程度には。 リクターはサイドテーブルからタバコの箱を取り出した。箱を開けないで、角を膝にトントンと当てている。無意識の挙動だろうか。苛立ちとも取れるような、落ち着かなさがにじみ出ている。 やがて箱をいじる手が止まった。 「父親も、アレクス・リクターだった」 「え? そうなんだ」 親子で同じ名前を持たされるということ自体は、男児、とりわけ長男には珍しくなかった。 「家族にジュニアって呼ばれんのが死ぬほど嫌いだった。自分だけの名前が無いのも、あのクソ野郎とほぼ同姓同名なのも」 「……」 自身の名をあれほど毛嫌いしていた裏には、こんな事情があったのか。 「時々、理由もなく、消えたいと思った」 「あ、あなたは! あなたのお父さんとは違うよ。私が言っても、何の気休めにもならないかもしれないけど。同じなのは、絶対に、名前だけだから」 ――ありがとう。 そう呟いて、リクターはタバコの箱をもとの場所に戻した。一方でシェリーは、柄にもなく興奮してしまった己を反省した。 「おまえはオレがいなくなったら悲しいって。別れる前に、最後会った日にそう言った」 「そうだったね」 「あの時にひらめいた。肉親がダメでも、他人との間になら、オレの安息はみつかるんじゃないかって。それがずっと励みだった」 シェリーは、静かに続く男の声を聞き取りながら、喉の奥で息が詰まるのを感じていた。 「だから例のカウンセラーとか職場の奴らと出会えた時、歩み寄ろうって思えたのも、巡り巡って、おまえのおかげかもな。人間関係うまく行かなくても、引きずらないで生きてこれた」 はあ、と彼は一旦ため息をつく。苦い記憶を嫌々洗い出すように、眉間に皺を寄せた。 |
8. c.
2026 / 03 / 19 ( Thu ) 「石の破片?」
マグカップをいったんサイドテーブルに置いて、渡されたものを観察した。 「ジオードだってよ。中身はたぶんクォーツ」 「ありがと」 晶洞(ジオード)の名はなんとなく知っているが、実物を見たり触れたりするのは初めてである。シェリーは受け取ったそれを、片手の中で転がしては、膝の上に乗せた。片面が滑らかで片面はでこぼことしている。ついさっきまでリクターの手に握られていたせいか、温もりが残っている。 外側はただの地味な石ながら、内側は青みがかった白い水晶に彩られている。濁っていて、美しいとは形容しづらいが、眺めていて不思議な気分になった。 半分に割られたと思しき石の片割れは、未だに男の手の中にある。 「前にも言ったな、お前は真面目すぎんだよ。自分本位で何が悪い。社会に貢献するとか何のための人生とかいちいち考えなくたって、日は昇るだろ。衣食住を確保して、他人に迷惑かけない程度に好きなことやってりゃ、十分なんだって」 「そう、だよね」 「生きる意味とか夢ってやつは見つかれば見つかるし、見つからないなら見つからないでいいんじゃね」 「…………うん」 「鬱々してる時って何言われても響かないだろうけど。これだけは言っとく」 男の静かな語り口がほんの少し速まったのを聞き取って、シェリーは顔を上げた。 見下ろす表情は、いつになく真剣だった。 「オレはおまえの味方だ」 すぐさま、首を傾げるようにして目を逸らされた。 立ち去ろうとする男のシャツの裾を、反射的に握った。柔らかい生地の感触が指の間に擦れる。 気恥ずかしくて、シェリーは男の黒いシャツの端を見つめた。 「ありがとう。響いたよ」 「なら、いい」 「こんなにもらってばかりで……私は変なものいっぱい引っ提げているのに、あなたは、よく付き合ってくれるよ。あの頃から私は、何も返せてないのに」 「はあ」なぜか気の抜けた返事があった。「変なモン引っ提げてんのは何もおまえだけじゃねえだろ。むしろなんでオレが何ももらってないって思ってんだ」 「え? だって本当に何も……してあげられてないよ」 はあ、と再び盛大なため息をつかれる。 リクターはどかっとソファに腰をかけ、テーブルに置かれたシェリーの飲みかけのホットココアを手にした。二口ほど飲んでは、こちらに渡してきた。その拍子に触れた指先の温かさに、心臓の音が弾んだ。 「オレはクソ親父の死んだ日に、毎年花を手向けに行ってる。今年もてめえみたいにならずに済んだって、報告しに。向こうがそれを望んでるなんて絶対思わねえけど」 男の目線は部屋中をさまよい、しばらくしてから、手の中のジオードの上に落ち着いた。 「うちもずっとずっと昔は、普通だったんだよ。普通に家族やってて、親父は建設会社の社員やってて。休みの日に公園行って、月に一度は揃って外食して」 「そっか」 シェリーたち二人が出会った頃には、リクター家の「普通」にそのような微笑ましい光景は含まれていなかった。それを思うといたたまれなくて、胸が苦しい。たとえ当の本人はほとんど吹っ切れたように話していても。 |
8. b.
2026 / 03 / 17 ( Tue ) 外階段を一段、また一段と上っていくうちに、胸中が静かになっていく。 リクターが先導して開けてくれた扉を通る。壁に差し込まれた小型ナイトライトだけが淡く照らす空間を、怖いとは感じなかった。 大仰な音を立てて扉が閉まる。 靴を脱ぎ終わったのと同時に、後ろから抱きすくめられた。 わっと小さく声を上げた後、どうしたの、と訊くことができなかった。暗闇の中で立ち尽くす。 「…………今後は、勝手に消えるなよ」 肩を包み込む腕の力の強さに驚きながら、男の指先が、声が、微かに震えていることに気付く。己の行動が彼を深く傷付けたのだという自覚が、この時にしてようやく芽生えた。 「うん。二度と、しないよ……。約束する」 この決意が伝わればいいなと思う。 肩を抱く手に自身の手を重ねて、心の中でそう願った。 「粉末ココアあったわ。飲むか」 毛布に包まって温まってろと命じられておとなしく従っていたシェリーは、その質問に小さく頷いた。 リクターは普段あまり使用しないという旅行用バックパックを漁っている。灯台を往復したのをきっかけに、前回使ってから荷ほどきをまだ完全にしていなかったと思い出したらしい。 「消費期限は大丈夫なの」 「半年過ぎてるだけだ、大丈夫だろ」 ガスコンロが点火する。ケトルが温まるのを待っている間、ソファの端に座って、シェリーはぼうっとした。 「私、弁護士になんてなりたくないよ」 「あ? 急にどうした」 「だって人前に立って喋るのは好きじゃないし。弁論とか議論とか、苦手なんだよね」 「まあ、そんな気ぃしてた」 「これからどうしよう……」 敷かれたレールをこのまま突っ走ることはもはや不可能だ。結局、自分の気持ちに折り合いをつけなければならないし、身の振り方も決めねばならない。 「難しいなぁ。自分で決めるのって、難しいよ」 大海に投げ出されたような、そんな気分だった。もちろん実際にそんな経験をしたことはない。 毛布を頭から被った。暗くて狭くて温かい空間に身を委ねる。 「そこんとこ、問題は一個ずつ向き合うしかないな」 「……ちょっと、喋っててもいい?」 毛布をずらして隙間を作り、外に向かって問いかける。 「おう」 了承を得たので、シェリーはとりとめのない話をした。順序不同、脈絡はあってないような独白。法律は何年学んでも特段好きになれないけれど、調べ物や読み物をするのは好きということ。リクターの棚で見つけて勝手に読んだSF冒険譚が面白かったこと。母に対する不満、尊敬、それから、子供の頃から知らず知らず他の人に抱いてきた憧憬について。抱いてきた対象の中には、かつてのルームメイトたちも含まれた。 やがて話の焦点は、母を喪い、自分本位に生きることへの不安に戻った。何もかもダメなのに、こんな自分が生きていていいのか――。 他人に愚痴ってどうしたいのだろう。これといった目的を見いだせないまま、ただ心の内を吐露した。対するリクターは時折短い相槌を打つだけで、口を挟まなかった。 お湯が沸いて熱々のマグカップを手渡された頃にはシェリーにはもう話したいことがすっかり減っていた。毛布を脱いで室内の明るさに再び目を慣らすと、ざわついていた心も、いくらか落ち着いてきたように感じる。 濃厚な甘い香りを発する熱い液体の表面に、息を吹きかけた。涙が滲んだのは心の動きがあったからなのか、それとも単に湯気がまつ毛をくすぐるからか。 少し飲んでみる。さすがは粉末ココア――消費期限を過ぎていても、ちゃんと美味しい。 「やる」 手のひらに載るほどの大きさの硬いものを差し出された。彼が以前の旅先で拾ってきたのだという。 |


