42.g.
2015 / 04 / 21 ( Tue ) 聖人カイルサィート・デューセは人気の無い教会の食堂の片隅で、静かにミスリアの話に耳を傾けていた。長方形のテーブルで二人向かい合って座し、カモミール茶を間に置いて会談している。 彼女は夕方にデイゼルという少年と交わした会話の内容を一通り話した。その間、カイルサィートは燭台の炎を見つめていた。話している相手と目を合わせないのは失礼だろうけれど、こうしている方が複雑な情報を整理しやすいのである。 「……なるほどね。何もかもが腑に落ちたよ」 少女の話が途切れてほどなくすると、ぽつりと呟いた。ゆらり、炎が形を崩してはまた強く燃え上がる。 「本当ですか?」 ミスリアが僅かに驚いて訊き返す。 「多分ね。事情は大体見えてきた。『ルードアク』は、現王陛下の家名だ」 「それではデイゼルさんは、ディーナジャーヤ国の帝王家の血縁者ってことですか!?」 「そうなるね」 カイルサィートはしばしお茶を啜るだけの間を置いた。蝋燭の炎に照らされるミスリアの顔は青ざめているようだった。 今度は自分が調べた内容を話す番である。寄贈者たちについて深く調べる内に、気になる人物が浮かび上がったことを。 「居間の暖炉の上にあった肖像画を覚えている?」 「はい。一組の男女が描かれていましたね」 「男性はね、大臣の席に空きができたとしたら、次に選ばれるであろう最有力候補だよ。そしてあの孤児院が建てられる少し前に奥方の方は亡くなられている」 「大臣候補ですか。ではやはり狙いは……」 ミスリアはみなまで言わなかったが、意図は十分に汲み取れた。知れば知るほど、ティナの雇い主が狙っているのはあのお方の失脚ではないかと、状況は示唆しているのだ。 「ところでデイゼリヒ王子は、親について何か言っていたかい」 「会って話したことは無い、と……。どこかの屋敷の一棟に閉じ込められて使用人だけを相手に生活し、たまに遠くから見つめてくる綺麗な女性が居た、とおっしゃっていました。その人はきっと自分を産んだ母親だと、なんとなく感じたと」 カイルサィートは右手の人差し指でトン、トン、とゆっくりとテーブルを叩いた。これもまた情報を吟味しているゆえの所作だ。 「屋敷を出たのはいつ?」 「三、四年前でしょうか。ある時急に追い出されて、直後、殺されそうな目に遭い――その時にティナさんに助けられたそうです。二人で幾月か浮浪してから孤児院に移り住んだと。ティナさんがどういう風にして孤児院を手に入れたのかまではわからないと言っていました。他の子供たちは後ほど預けられ、徐々に増えてます」 「そう…………彼が屋敷を追い出された時期と絵画の夫人が亡くなった時期はおそらく一致する。詳しい関連性はまだ不明とはいえ、推測するなら、デイゼリヒ王子を隠して生かす為に孤児院が建てられたんだろうね。彼含めた子供たちが里親を得ることも、誰かしら妨害しているのかもしれない」 つい漏らしてしまいそうになるため息を、カイルサィートは手の甲を唇に当てることで遮断した。 (殺されそうな目に遭って……ねえ) 誰かが一度はデイゼルを消そうとして、ティナが介入してから思い直したのか、それとも事情が変わったのか。 身分ある者の落胤というのは存在を知られれば悪用されがちである。特に帝王の縁者ともなれば、王位継承権が発生するかもしれない。たとえ正当性に欠けても、謀反のタネにされてもおかしくはない。 大人の都合で社会の片隅に追いやられ、或いは大人の都合で死に逃げることも許されない。子供たちが不憫でならなかった。彼らは好きでそう生まれたわけではないのに。 「とにかく後は、ティナさんの証言があればこの件は解決できそうだ。処罰についても交渉の余地は残っている」 なるべく柔らかく告げてみると、向かいの少女がいくらか気を緩めたように瞼を下ろすのが見えた。つられて自分も頬を緩めた。 「それとミスリア……彼の望みを叶えることは可能だと思う、とだけ言っておくよ。十三歳の身でよく考え抜いてくれたものだよね」 「本当ですか!?」 ミスリアの表情がパッと明るくなった。 「他の子たちにも、今よりもっといい生活を確保してみせる。本来なら子供の未来を支えるのは大人の役目だから」 「はい! ありがとうございます」 椅子から勢いよく立ち上がり、ミスリアは長いテーブルを回り込んで駆け寄ってきた。何故わざわざそんなことを――と疑問に思っている最中に、抱きつかれた。 相変わらず感情がストレートに伝わりやすい少女だ、と和みながらも軽く抱擁を返した。 |
42.f.
2015 / 04 / 18 ( Sat ) 「おれ、本当の名前って、デイゼリヒ・エニセ・ルードアク、って言うんだって」
少年は闇の中に静かな声を響かせた。 「長いのによく覚えられましたね」 「もっと小さかった頃に一回きいておぼえた。わすれていいものじゃないって、あのとき、そんな気がした」 「そうですね。名前はとても大切です」 あの時とはどの時なのか、訊いていいものか迷う。 ひとまず当たり障りのない返事をしながら、記憶の中を探った。ルードアク、とはどこかで聞き知ったような名だが、果たしてどこだっただろうか。どうしてか、やんごとなき身分の家筋と通じていそうだと思った。 デイゼルの次の言葉がその予感を一層強いものにした。 「本当の名前は知られちゃいけないんだ。おとしだね、なんだって。おれたちみんなそうなんだよ。いつもキフくれるえらい奴が言ってたの、前にこっそりきいたんだ」 「おとしだね?」 これはとんでもない爆弾の方の打ち明け話なのだと直感が訴えかけている。 「みっすんはおれと歳一個しかちがわないけどさ、『大人』なんだろ。どういう意味なのかわかるんだろ」 「え……」 もう一度考えを巡らせてみた。 (落としだね――って、まさか落胤のこと) 思い当たったと同時に理解した。どうしても好転する見込みの無い状況とはまさか、孤児たちが孤児であり続けなければならない所以にあるのか。もしかしたら、実の親は彼らの存在を容認していないのに、生かす為の金銭的支援だけを続けているのかもしれない。 寄贈者の中には――落胤の存在が明るみに出れば困るという――他の協力者が混じっているとも考えられる。 「ティナ姉がさ、最近元気ないんだ。きっとおれたちのせいだ。おれたちのために何か悪いことしてるんだって、ほんとは知ってる」 「……知っていた、んですか」 驚きを押し隠して応じた。 「おれだけじゃなくてほかにも一人か二人いる。知ってて、知らないふりしてる」 「いつから気付いてたのですか?」 「わすれた。けっこー前だよ」 膝か腕に顔を埋めたりしたのだろうか、その先の発言はくぐもって聴こえた。「おれたちが生きてるから、ティナ姉はしあわせになれないんだ。これからも、他にやりたいこととか一緒にいたい人が見つかっても、きっとあきらめちゃうんだ」 「そんな悲しいこと言わないで下さい。ティナさんは貴方がたと一緒にいるのが何よりの幸せなんです」 「わかってるよ。でも、ヤなんだよ。一人でぜんぶ背負ってるティナ姉と、一緒にいてもたのしくない。自分のことを一番にできないのは、つらそうだ。見てるこっちだってつらい」 「彼女が貴方がたを優先してしまうのは、そうしたいからです」 母親の無償の愛と同じで、無理に我慢しているわけではないから――と続けたくてもできなかった。会って間も無い人間を知った風に語っていいとは思えないのだ。 かける言葉を失ったミスリアは、自らの踵を意味もなく抱えた。何度か口を開き、やはり閉じてしまう。 その内、なあ、とデイゼルがまた声をかけた。 「せいしょくしゃって、たのしい?」 「え?」突拍子も無い問いかけにミスリアは数秒ほど目をぱちくりさせた。「聖職者が……? 楽しいかどうかと言うとよくわかりません。大変なこともたくさんありますけど、いつでも誰かのお役に立てますし、とてもやりがいのある仕事ですよ」 「ふーん」 心なしか興味を持ったような返事だった。 彼ももうじき成人した歳になる。己の将来の可能性を色々と検討しているのだろうか。それは、選び取るだけの将来が彼に許されているのが前提ではあるが。 「あのさ、たのみがあるんだけど」 少年の真剣な声がぐっと近付いて来た。それに対してミスリアは、同等の真剣さで応えねばならないと思った。 「私にできることなら可能な限り力を貸します」 「ありがと。みっすんは、いいやつだな」 ――そうして秘密が漏れる心配のないこの狭き場所で、デイゼルは一つの望みを言葉にした。 _______ |
42.e.
2015 / 04 / 15 ( Wed ) 「ティナ姉、干し芋買って~!」
「芋! 芋!」 台車を押す芋売りが通り過ぎて間もなく、小さな影が後ろからティナに体当たりした。 彼女はさして驚いた様子を見せずに振り向いた。十歳くらいの男の子と女の子の二人組である。 「あなたたち、また城壁の穴から入って来たの?」 「うん!」 「懲りないわね。いつか人攫いに遭っても知らないわよ」 「うっそだー、どうせティナ姉が助けに来てくれるだろー」 「そうだけど、調子に乗ってんじゃないわッ」 空いた手で子供たちの後頭部をはたこうとするティナ。勿論、子供たちはちょこまかと逃げ回っていてなかなか当たらない。 そんな微笑ましい光景を目に入れたままミスリアは考え事に耽った。 (状況がどうしても好転する見込みが無いってどういう意味だろう……? お金の問題じゃないのかな) 金銭問題でなければ、他に何があるだろうか。たとえば治安が悪くて街の外に住んでる――は何か的外れな気がするし、後は子供たちかティナ自身が抱える事情だろうか。 なんとなくカイルを見上げると、彼は小声でミスリアの名を呼んで手招きした。招かれるままに距離を縮めた。 「僕は孤児院について探ってみる。君は、さりげなく子供たちに聞き込んでみて。きっと引率者の彼女よりは口がゆるいよ」 声が漏れないように彼は耳打ちしてきた。それをミスリアは承諾した。 「わかりました。やってみます」 ――などと首を縦に振ってみたものの、その機会はすぐには訪れなかった。買い物を終えて孤児院に戻っても料理の下ごしらえなどをずっと手伝い、子供たちと話せずにいた。 ようやく夕飯の準備がひと段落したところで、ミスリアは裏庭の様子を見に行くことにした。 まず最初に、松ぼっくりを投げつけられているリーデンの姿が目に入る。ことごとく華麗に避けている。 「ハハハハハ! 全っ然当たらないねー。子供は好きじゃないけど、こういう遊びなら好きだよ」 十代後半の青年は身体の柔軟性や脚力を駆使して松ぼっくりを避ける。子供たちは悔しそうにしながらも感嘆の声を挙げた。 「兄ちゃんスゲー! 人間の動きじゃないぜ!」 「ぶはっ! ていうか変なポーズで避けんなよ! キモいし!」 「片手で逆立ちできんの!? やり方おせーて!」 「お断りだよ。生憎、人に物を教えるだけの忍耐力は無いんだー」 そう言ってリーデンはどうでもよさそうな笑顔を返す。子供たちのやる気に火が点いたのか、宙に舞う松ぼっくりの数が倍増した。 楽しそうでいいな、と感想を抱きつつも流れ弾に当たらないように庭の端をそーっと迂回した。 「みっすん、みっすん」 足元から呼ばわる声があった。 「デイゼルさん? そこで何をされてるんですか」 「秘密基地。みっすんもちょっと来なよ」 巻き毛の少年は木の幹と岩陰の間からひょっこりとニヤニヤ笑いを覗かせている。 一瞬たじろいだものの、これはチャンスだと気付いた。カイルに勧められたまま、何か訊き出せるかもしれない。 早速スカートの裾を両手で持ち上げて姿勢を低くした。デイゼルは歳の割に少し小柄で、ミスリアとほとんど体格が変わらない。彼が通れる隙間なら自分も通れるはずである。 「何処へ行く」 突然、木の葉の間から低い声が降りかかってきた。振り仰いでみると真上に黒い塊が見えた。 (なんとなく定位置に居そうなのは感じてたけど、この木だったのね) 少し声を張り上げ、ミスリアは護衛の青年に返事をした。 「大丈夫ですよ。ここにいますから」 「何かあったら叫べ」 「はい」 何故、呼べ、ではなく叫べ、だったのだろうかとぼんやり考えながらもミスリアは地面を這った。 隙間を通り抜けると、そこはちょうど岩に囲まれた闇の空間だった。外の世界の光はほとんど入って来ない。狭い闇に包まれて、心地良くもあり恐ろしいとも思う。少なくとも夜に一人だったなら虫や蛇が気になってどうしようもない。 ところが今は、少年の楽しそうな笑い声が近くにある。膝同士がぶつかるこの距離では、彼の吐息も体温も近くに感じられて何やらくすぐったい。 (そういえばデイゼルさんだけ、街中に入って来たところを見たことないわ) ふとそんなことを思い出していた。他の子たちは漏れなく遊びに来るのに――彼は街に興味が沸かないのだろうか。 ついでに言えば最年長でリーダー格でありながら、時折こうして何気なく姿を消している気がする。 「実は話があるんだ」 変わらず楽しそうな声が囁く。 「何でしょう」 言った直後に、軽く返事したことに多少の不安を覚えた。秘密基地でする話はやはり秘密なのだろうか。彼がこれからどういう話をするのか全く予想できなかった。怪我した小鳥をティナに内緒で匿っている程度の話か、それとももっととんでもない爆弾を投下されるのだろうか。 |
42.d.
2015 / 04 / 08 ( Wed ) 「それでレイラさんとはどう言ったお知り合いで?」
「あれ、レイラさんじゃなくてレイナさんだったかも。僕の知り合いじゃなくて、司教さまが昔、彼女の葬儀を執り行ったらしいんだ。その娘さんの行方を捜してるっておっしゃってた」 問われたカイルはすんなりと答える。 「娘さんを?」 「そう、葬儀の際に会ったきり、ずっと息災かどうか気にかけてるそうでね。件の娘さんも『ティナ』って名前だったような気がするんだけどな」 「偶然でしょうか」 「さあね」 カイルは小さく肩を竦めた。 (司教さまと会ったことがあるからって、何がどうなるわけでもないのかな……) 本人の思わせぶりな応答が無ければ、無関係と考えても不思議の無い話だ。ティナという名前はこの辺りではこれといって珍しくもない。 そうこう考え事をしている内に、荷物が着々と増えていった。普段の買い出しよりも人手が多いからか、ティナはほぼ休まずに食物や生活用品を買い続けては、男性陣に持たせていた。自分について来る一行を監視というよりは荷物持ちとして認識しているようだ。 一方で男性たちの扱いがひたすら雑なのに対し、ティナは買い物袋を自分の肩や腕に重ねることはしても、ミスリアに何かを持たせようとはしなかった。 「あの、私も持ちます」 流石に申し訳なくなってきたので、自ら申し出てみた。 「でもミスリアちゃんに瓜より重い物を持たせるのは人として間違ってると思うのよ」 「そ、そんな。瓜より重い物……確かにちょっと自信ありませんけれど……」 ここで見栄を張れない自分に複雑な気持ちになり、俯きかけた。けれどもティナの方が更に複雑そうな表情になった。 「……ミスリアちゃんは、こんなことになっちゃって……あの屋敷に現れたのがあたしで――軽蔑した?」 「いいえ。理由を教えて欲しいと、そのことばかりを思っています」 偽りのない本心を述べて頭を振った。なのにティナの整った顔には翳りが増す一方だ。 「そんな目で見ないで」 彼女は軽やかな金髪と首に巻いたスカーフを翻しながらくるりと背を向けてきた。傷付けてしまったのかと思って焦る。 (どんな目をしていたのかしら) 自分ではわからない。表情を確かめるかのように頬に手を当ててみても、目まではどうしようもない。 ややあって、ぎこちない静寂を破ったのはカイルだった。 「極刑を怖れないという君に、罪状をどうこうではなく、別の取引材料を提案しよう」 聖人の正装である白装束の長い袖を捲り上げ、カイルは爽やかに笑った。対するティナは青緑の瞳に僅かな興味を示した。 「あら。聞くだけ聞きましょうか」 「君の守りたいものの安全の保証」 静聴するティナはすうっと目を細めた。 「君が雇い主に逆らえないのは、その人との繋がりが露見すれば孤児たちの現状が確実に悪化するから? 加えて、どうしても好転する見込みは無いと思っているから、僕らに協力して何かを得ようともしない」 鋭いのね、とティナは小さく漏らした。 「どんな弱みを握られているのかは想像できないけれど、それは教団の手助けがあってもどうにもならない次元の問題なのかな」 「教団が助けてくれるわけが無いでしょうよ」 「どうかな」 「大体、この都の中では教団の影響力もたかが知れてる。いつも政治的権力に直面すると、逃げるか、傍観を決め込むばっかり」 「それが真実だったなら、とても残念だ」 「過去じゃないのよ。昔も今もこれからもずっとそうよ」 二人の会話に聴き入っていたミスリアは、唐突に思い出した。ルフナマーリの司教座聖堂では割と最近に代替わりがあったのだと。 転機である。方針までもが引き継がれなかったのなら―― |
ちゅうかんかんりしょくああー!
2015 / 04 / 06 ( Mon ) 今日は甲の誕生日ですん、ふひひ
平日はどうもせんので日曜日、何をして祝った(?)かと言うと近所の岩山(つっても高速乗らなきゃ着かない距離)(標高514m)をハイキングしてゼェハァし、いつもの中華料理屋でたらふく食べてから、中国系の店で足のマッサージをガッツリ受けてきました。 ぬおっほっほっほ 滝神のアッカンモディの一歳上になりました。私は昔から変人だったのですが、歳を重ねるごとにそれを常識の範囲内に修正しつつアウトプットする技を身に着けたつもりでいます。きっとこれからはもっと常人が楽しめるような面白さに変換できるだろうと信じています。 ところでこのくらいの歳だと中間管理職に就くものなんですかねぇ。 よくわかりませんが、そろそろ新しい資格取る為の現実的なステップを組まないとなぁ、と考えたりしてもう あー だらだらしたいw でも現状維持ばっかりで腐りたくはないww <この矛盾を乗り越えてデキる大人に(略 |
42.c.
2015 / 04 / 04 ( Sat ) 「無駄よ。あたしはアイツに盲目的に従ってたんじゃない、自分の行動に自覚はあったわ。どんな報いも受ける。でも、口を割るのだけは絶対にできない」
「それでは……ティナさんの帰りを待つ子供たちはどうするつもりですか。報いが大きすぎたら」 極刑を科された場合を思って、ミスリアは抗議した。この国の法律はよく知らないし、大臣さまの出方も予測できない。友達に死刑か長期に渡る懲役が科されるのかと思うと、いたたまれなくなる。 当のティナは押し黙った。 「とりあえず今一度事態の整理が必要ですね。この件は任せていただけませんか」 カイルの笑顔にはしなやかな威圧感があった。彼はその勢いのままに「しかし」や「旦那様が」とまだ反論したがる衛兵隊長を説き伏せた。 _______ 次の日、監視と言う名目の下にミスリアたちはティナの買出しに付き添っていた。昨夜以降、彼女は大人しくなりこれといって反抗の意思を見せていない。 人通りの忙しない街道を歩きながらもティナは時々チラチラと後ろを小さく振り返る。先頭としては後ろの全員がついて来ているのか、様々な意味で気がかりなのだろう。 よく観察して見ると、ティナの視線がリーデンのまだ痣が完治していない目元に集中していることに気付いた。 リーデンも気付いて視線を返した。そこでようやく「ねえ」とティナは口を開く。 「顔を蹴ったこと、怒ってたりするの」 「うーん。爽快なハイキックだったなー、とは思ってるよ。久々にむっちゃ痛かった」 リーデンは形の良い眉を捻りつつ答えた。 「ご、ごめ……」 その一言がとても言い難いことのようにティナは躊躇していた。 「別に謝らなくていいよー? 僕も兄さんも謝らないし」 「でも」 ティナがこちらを一瞥し、切り傷のあった手に触れた。 (もしかして、自分の怪我は治してもらったのにリーデンさんのが治ってないのを気にしてるのかしら) だとしたら要らぬ気遣いである。リーデンが聖気による治癒を自ら断ったのだから。 「ウェストラゾ……ウェス……アスト……?」 背後を歩く青年の一人がブツブツと呟き出したので、ミスリアは彼を振り返った。 「どうしました? カイル」 「そちらの方と似た語感の名前を最近聞いた気がしてね。なんだったかな。アストラ……『アストラス』?」 ティナの指先がぴくりと身じろぎしたのが目に入った。 「そうだ、それだ。ティナさん、レイラ・アストラスという名前に何か縁があったりしない?」 「……今はしたくない話だわ」 「ティナちゃんて秘密多いんだねえ」 茶化すようにリーデンが言う。 「よりによってアンタみたいな胡散臭い奴には言われたくない。女に秘密はつき物よ」 「僕と歳あんま変わんないでしょ? 女に秘密だなんて、そんな熟女みたいな物言いでいいの」 「誰が熟女よ!」 二人の言い合いが白熱するに連れ、ミスリアはなんとなく後ろに下がってゲズゥとカイルの間に並んだ。 |
気力~ 低下~↓
2015 / 04 / 02 ( Thu ) あ、執筆のことじゃないですよ。むしろ今創作意欲に色々火がついちゃってます。
ミスリア次話は明日ほどまでに書けると思います。 仕事がなー (以下愚痴) ここ1,2ヶ月ほどつまらなくてつまらなくて。 やってることの内容もだけど、周りの関心も薄いしさぁ、そのくせ「何故期間どおりに終わらないの」と訊かれて、おまっそりゃー私がいくら頑張っても周りの手助けがのろいからだろーよ。私一人で全部できればいいのに、システム上そうも行かないし。 かといって催促する女になるのは嫌いだから数日ほど待ってあげたりすると、「ごめん! 忘れてた!」な反応が返り、もうなんなんだよと。これからは1日半のみ待つことにするわ! ずっと抱えている案件がクリアされなくて、それなのに新しい小さいタスクが振って沸いたりして、あーーーーもーーーーーー。唯一楽しかった案件も別のヒトのところで止まってるし。アレだけは、新しいプログラム書いたりして楽しかったのに。 この仕事は、今のままだとデッドエンドだなぁ。本社からは「自分の進みたい道を考えろ」とか(社員全員)言われてるけど、そろそろ真面目に考えるべきかな。契約更新すれば+3~5年だっけ。その次の更新する時期までのこの仕事へのモチベーションを保つ術を見つけないと、転職かなぁ。この職場が私いなくして回らなくなるだろうことは予想できるけど、それだけでは私の脳・能力・心はきっとダメになってしまう。 かといって自分から新しい動き始めるの嫌いなんだよ! (この矛盾をクリアできればデキル大人) リアルがこんなだから創作へ現実逃避したくなる…けど、それでは根本的な解決にならない。 なので気持ちだけでも明るくしようと声優のラジオとかヘッドホンに流しながら仕事してますw あれ、笑いすぎて仕事にならないかもねw??? |
びっきびきです
2015 / 03 / 30 ( Mon ) お友達の奥様に付き合って金曜日に人生初のホットヨガに挑戦しました。
いつもの先生じゃなかったらしく、温度もメニューも甘めだったらしい(? もともと筋力や柔軟性はそこそこあったので、転ぶこともなくなんとかずっとついて行けました。無理しないように意識的に気をつけてたりもしたんですが。 まあ、当然のごとく次の日は筋肉痛がヤバ過ぎてもうww 何ひとつできないくらいに全身の、こんな筋肉あったっけって思い出させるような凄まじい痛みw 不覚にも鎮痛剤に逃げました。日ごろの運動で筋肉痛になるのとは違って、特定の筋肉がどうとかじゃなくあらゆる筋肉から鈍い痛みが発信させられる感じ。だるいのなんのってもう。 あとヨガであるだけに呼吸に力入れすぎたのか、その後遺症で昨日は肺が喘息っぽい感じになりかけました。こっちは腹式呼吸をするかカフェインなどで筋肉をリラックスさせることで乗り切れましたが。 あーつらかったw ミスリアの続きはもうちょっとお待たせするかもしれません。わかりません。今は滝神のほうに油がのってましてね! |
42.b.
2015 / 03 / 26 ( Thu ) 「ん~、それでも一部嘘で一部事実、って感じ。兄さんはどう思う?」
急に話を振られたゲズゥは瞑目した。 「同意見だ。その女は何かを隠している」 「ゲズゥまでそう思うんですか」 少なからず驚きを覚えた。彼らは一体何を判断材料にしてそう主張するのか。他人を疑って生きてきたがゆえに磨かれる洞察眼か直感だろうか。ミスリアには到底真似できまい。 「賞金って言っても、張り出し紙を見なかったんだよね。僕は街道をぶらぶらしてる時もそういうの全部チェックして頭に入れてるケド、閣僚の顔はどこにもなかった。そもそもあんな社会的地位の高い人間に賞金かかったりしたら大騒ぎでしょ」 上体を起こし、リーデンが説明を付け加えた。わかりやすく理詰めな言い分である。 「その通り。あの方に賞金なんてかかってない。となると『賞金稼ぎ』は建前で……公の話じゃなくて、個人に頼まれたって解釈すればいいのかな」 カイルの琥珀色の両目が探るように細められた。ティナは動揺を見せたものの、黙り込んでいる。 「相手を庇い立てするの? ああいや、そうじゃなくて、庇うに値する相手なの?」 カイルが質問を言い換えた途端に反応があった。 まさか、とティナは嘲笑交じりに吐き捨てた。 「だったら名を隠すのは何故?」 「言えない」 「相手をなんとも思っていない、それなのに名を隠し通さなきゃならないとなると、もしかして君のおうちが関係してるのかな~?」 茶化すように訊ねるリーデンを、さっと振り返る。 「孤児院のことですね」 「そ。一番シンプルな話、きっとお金が絡んでる。だから雇い主は寄贈者の誰かなんじゃない?」 瞬間、ティナが怯んだのを目の端に捉えた。 「やめて……」 「案外ダイジンさんのパラノイア通り、政敵の差し金なのかもねー」 「それ以上はやめて、お願い」 「――ひとつはっきりさせて欲しい」 二人のやり取りに割り込んで、カイルがいきなり立ち上がった。 「大臣様が『命を狙われてる』と感じていた点について、心当たりは?」 「ティナさんが暗殺者まがいの真似をするはずがありません! ありませんよね!?」 本人が答えられるより先にミスリアは訴えた。それは、聞きたくない真実を先延ばしにする為のただの悪あがきに過ぎない。 「さあーどうだろ。誰にも誰かを完全に理解するのは不可能だし、人が人を殺そうとする理由なんていくらでもあるんだよ。率直に感じたままに言うと、ティナちゃんに前科は無いと思うけどね」 いつの間にかすぐ後ろまで歩み寄っていたリーデンが、これまでと打って変わって真剣な声音で囁く。 「いくらでも、ですか……」 幼少期の内に早々に手を汚したリーデンが言うと、嫌な説得力があった。他に何も言えなくなり、ミスリアは諦めてティナの返答を待った。 「悪いけどそれも言えない」 しかしあくまで彼女は頑なだった。ふむ、と顎に手を当ててカイルが考え込む。 「ここで君にとって一番良いシナリオは――脅迫されて行動に移したのだと、周りに認めてもらうこと、か。その雇い主はまさか助け出そうとはしないだろうし」 「なんと! 聖人様、まさかその女を逃がすつもりですか」 それまで静観していた衛兵隊長が愕然としてカイルに詰め寄る。対するカイルは穏やかに微笑むだけだった。 「逃がすとは言っていません。ただ、捕虜への対応を誤って背後に居る人物の正体を探れなくなるのは不本意です。取引の一つや二つ、用意して然るべきでしょう。例えば協力してもらう代わりに罪状を軽くする、とか」 |
42.a.
2015 / 03 / 24 ( Tue ) ミスリア・ノイラートは未だに信じられない想いで捕虜となった当人を見つめていた。 縄で縛り付けられ、雪の上に転がされた女性は――紛れもなく、最近友達になったティナ・ウェストラゾである。外の降雪は吹雪に近い勢いを増しつつある。そんな中で、広がるのを止めない赤い染みに目が行った。ティナは怪我をしているようだった。 (せめて治してあげたいけど……) 憤怒の見え隠れする青緑の眼差しに、足が竦んで近付けない。 短い逡巡の後、全て同胞の青年に任せることにした。その聖人カイルサィート・デューセは、数分前にリーデンと衛兵が揉めている場面を仲介し、場所を変えることを提案したのだった。 常緑樹と一握りの人間が囲う中、カイルはティナのすぐ傍でしゃがんだ。 横たわっていた彼女を起こし、金色の髪に付着した雪も軽く払ってあげている。二人は正面から目を合わせる形になった。 「君たちが知り合いらしいからなんとか問答無用で引き渡すのを阻止したけど……相応の理由や事情が無ければ庇い切れないよ? このまま口を噤むんだったら、困ったことになるかも」 細面の聖人は心底困ったような表情を浮かべた。 「それって、どうなりますか」 耐えかねてミスリアは横から問いを投げかける。 「そうだね。できれば教団に身柄を預けたいね。大臣様の今の精神状態だとまともな判断を下さないだろうし」 カイルは質問への直接的な答えではなく、希望を口にした。その返答にミスリアは納得した。 ティナを連れて邸内から離れたとはいえ、まだ目と鼻の先の距離である。早急に結論が出なければ事態がこじれるのは目に見えていた。屋敷の人間で唯一ついてきた衛兵隊長も不服そうに睨みをきかせている。 屋敷の主人からの処罰を退けるには、皆を納得させるだけの材料が必要だった。 「改めて動機を聞こう。君は何を目的としてあの屋敷に近付いたのかな」 問われた彼女の眼光は一層鋭くなった。 「ティナさん、ご協力お願いします」 ミスリアも懇願した。事情が明らかでないまま友達を処罰されてはたまらない。せめて極刑だけは避けさせてやりたいと願うのは、甘さだろうか。 突風が吹き抜ける。ミスリアは飛ばされそうになるヴェールを脱いで、懐に仕舞った。 沈黙はもうしばらく続いた。 やがてカイルやミスリアを交互に見やり、ティナは双眸に宿していた剣呑な光を少しだけ和らがせた。 「…………賞金稼ぎよ」 「はい、ダウト」 間髪入れずにリーデンが口を挟んだ。全員の視線が、雪の上で頬杖付いて寝そべる青年に集まる。リーデンは青黒い痣の残る端正な顔を、笑いに歪ませた。「その動機は、疑わしいね」 「嘘じゃないわ。これまでにもあたしが獲った賞金首の数は十以上。役人に引き渡した記録もある。いいでしょ別に、賞金で生計を立てても。国家に迷惑はかけてないわ」 ティナは躍起になって言を連ねた。 (――ダメ、今また喧嘩になるのは) そんなミスリアの不安は杞憂に終わる。 そっと宥めるように、カイルがティナの白い吐息の前に手を挙げた。 「まあ、賞金稼ぎは違法行為ではないね。むしろ秩序を守る上では特に役立つ職業だとも言われている」 それを聞いて、そういえばティナは女性の都での働き口の少なさについて色々思うところがあったらしいのを思い出した。まさか彼女自身もその問題に悩まされているとは思わなかったのだ。日雇いの仕事やごく稀に用心棒を引き受けて生計を立てているとしか聞いていない。 よくよく考えてみれば用心棒のような仕事では男性の商売敵と渡り合うのが大変なのかもしれない。女用心棒の方が望ましいと考える女性依頼主も居るだろうけれど、それでも若い女性の身なりで信用を勝ち取るのは難しい。 |
03-19拍手返信
2015 / 03 / 20 ( Fri ) @みかん様
むふふふ。そこで続くなのです! (この「引き」がやってみたかった…ミスリアの節が会話文で終わるのも珍しいですし) @ミスリア親衛隊様 お、落ち着きましょう、ほら紙袋!(違 いつもコメント誠にありがとうございます。今回は何故か特に絶え間なくニヤニヤしながら読んでしまいましたw 女子ってホントこんな感じで困ります。思春期なんて、多分気の迷いで済む程度の「気になる」も周りに煽られて恋と勘違いしちゃいやすいもんです。それでどんどん深みにはまって痛い目見なければいいんですが… この猛獣は噛みませんよ?(震え声) ミスリアは生きる為に相手を必要としているというややこしい関係性がついてくるので、そこを切り離して「ヒトとしてどう思ってるのか」を探るのはなかなかできないでしょう。これからどうやって恋愛になるんでしょうね? ホント…どうやって… (逃 |
41 あとがき
2015 / 03 / 19 ( Thu ) |
41.i.
2015 / 03 / 19 ( Thu ) 「貴様!」
見えるように立っていた兵二人が侵入者に気付いて声をかけるも、武器を構える間も無く瞬時に倒された。 鮮やかな蹴り技だった。 尾ヒレが如く侵入者には青白い光が後ろに引いている。奴の動きが止まると、忽ちその光は取り囲むようにして回り込んだ。取り囲むだけで襲ったりはしないらしい。もしかしたら、纏っている個体の危険度はゲズゥが斬ってきたあの木の葉の魔物と似たようなものかもしれない。 居間からはミスリアたちの話し声が未だに聴こえる。 侵入者は屋敷の中を窺っているらしかった。そして意を決したようにその影が揺れる。 ――ひゅ、ひゅ、と風が切られる音が次々とした。鉄の輝きが屋根の上から発生し、侵入者を護衛する魔物たちを順次撃ち落としていく。リーデンの戦輪(チャクラム)だ。 魔物の群れの中に隠れる人間を狙おうとして失敗したのなら、人間の方を無視して衣を先に剥ぎ取ろうという魂胆だ。 「ッ!?」 侵入者は予期せぬ事態に戸惑いを見せた。 暗い色の液体が散る。周りの魔物は次々と地に縫い付けられ切り裂かれ、中心の人間も牽制されて身動きが取れなくなっている。 その頃合いを見計らって、藪の中の伏兵が一斉に姿を現した。鎧の重々しい音がした。 「逃がさんぞ、曲者め!」 「よくもぬけぬけとこの屋敷を襲ったな!」 七人もの衛兵が、退路を断った。 もう青白い光をほとんど失ってしまった侵入者は、それでも怯まずに攻勢に出る。上から降り注ぐリーデンの飛び道具を巧みに避けつつ、兵の関節を的確に狙って蹴りを放っている。称賛に価する瞬発力だ。 それでも七人も倒したとなると息が上がり、動きが鈍る。ついに太腿辺りを、輪状の鋭器がざっくり斬った。続けざまに今度は右手辺りにもかする。 人影はつんのめり、屋根の上の敵手に意識を移した。振り仰ぐ動作を始めている―― ここぞとばかりに、ゲズゥは木の枝から飛び降りた。 完全なる不意打ちだ。人影の背中を半ば踏むようにして蹴りつけた。 ――軽い。 あっさりと地面に倒すことができた。動きの速さからして身軽な人間かとは思っていたが、それにしても予想以上に質量の無い肉体だ。 ゲズゥは左手を奴の肩に、右膝を尻の上に固定した。リーデンが降りてくるまでの間、羊毛のマントに隠れた人物を己の体重で押さえつけた。 奇妙な感触だ。筋肉の張りや硬さがはっきりとわかる手応えだがそれに至るまでに柔らかさも通過している、とでも表現すればいいのだろうか。 これまでの情報と掛け合わせると、導き出される結論は――女? などと首を捻っていると、リーデンが手を振りながら歩み寄ってきた。 「お疲れー、うまく行ったね。ここまで思惑通りにことが運ぶとはね。罠に気付かなかったなんて、焦ったのかな?」 前半はゲズゥに向けてだったが、後半は捕虜への言葉だ。 侵入者は痛みに呻いているのかそれとも呪詛でも吐いているのか、恨めしそうにブツブツと何かを言っている。 あろうことかリーデンは地面に両膝をついた。というよりは四つん這いの体勢だ。 羊毛のマントの端をひょいと親指と人差し指だけでめくり、中を覗き込んでニヤリと笑った。 「で? 何してんの、ティナちゃん」 |
41.h.
2015 / 03 / 19 ( Thu ) 二人は静けさを求めて廊下の突き当りまで行った。運の良いことに、他の連中は距離を保ったまま追って来ない。 カーテンのかかった窓の下枠に寄りかかり、リーデンは口火を切った。「油断したつもりは無いんだけど、想定外に逃げ足が速くてね」 「お前の飛び道具から逃れるほどか」 俄かには信じられない、と言うのが率直な感想だった。 「ありったけ浴びせたけど、かわされたよ。ていうか魔物の群れに紛れ込んでお茶を濁された感じ。あれじゃあ、いくら僕でも狙いを定められない」 「魔物の群れ?」 「そ。むしろ、群れを引き連れてた印象もあったけど、どうだろうね。どっちみちそんな知恵が働くのって、れっきとした生きた人間でしょ」 「ああ」 その点に関しては間違いないだろう。たとえ人型だったとしても魔物の思考回路は混濁していて、理に適った作戦や計画を立てられないはずだ。 「もしかしたらこの一週間の内に下見に来てたのかもね。それで僕らへの対策を練ったのかな」 声からは不機嫌さが潮を引き、楽しそうな語気が復活している。 「単独犯か」 楽観抜きで考えると次からはもっと相手も慎重になるだろう。複数犯なら余計にそうだ。せめて単独犯であれば焦りからの判断ミスに期待できる。 「……とは思うけど、他の人影に気付かなかっただけかも。ただねー、去り際に一度振り返って、屋敷の方をじっと見つめてたんだ。あれは諦めてないよ。明日明後日はなりを潜めるとしても、絶対また来るね」 「迎え撃つ準備をすればいいだけだ」 「ん。とりあえずさー、平和ボケな警備兵の使い道から考え直そうか」 「確かに」 そうと決まれば早速二人は応接間へ戻る為に歩を進める。 「きゃっ」 入口でミスリアとリーデンが衝突した。 「おっと、気を付けてね」 「は、はい。あの、お怪我の方は本当に平気なんですか」 聖気で治癒しなくていいのかと訊いているのだろう。オロオロと心配そうに見上げる少女の肩に、リーデンが安心させるように手をのせた。 「たまにはこういう僕も新鮮じゃない? 大丈夫、明日医者にかかるから気にしないで。ブラック・アイ久しぶりになるなぁ」(ブラック・アイ=パンダ目のこと) 「やっぱりその傷は、殴られたんですか?」 「ううん。蹴られたよ」 リーデンは不可抗力で歪んでしまうのであろう、面妖な笑みを浮かべた。 _______ 読み通りに四日後には次の襲来があった。 粉雪が疎らに降る夜のことだ。 それまでは無造作にしか配置されていなかった衛兵は、あれ以来ちゃんと法則を用いて特定の位置に立たせることにしている。毎晩少しだけ移ろうようにして配置を変えているが、共通している点はある。 望んだ場所へさりげなく誘導するように――兵が手薄な場所を調整し、屋敷から明かりが漏れる部屋も変えている。 老人の扱いや明かりの点く部屋に関してはミスリアと聖人が動いている。使用人の協力も得た。たった一人の為に手間をかけすぎているとの意見も挙がったが、逆に言えばたった一人を相手に何度も手こずるのは癪だった。どうせなら徹底的に手を回してさっさと決着をつけたい。 ゲズゥは木の枝の上に屈んで待機していた。魔物を一刀両断するにはあつらえ向きの大剣は、今日ばかりは持参していない。 ここからは伏兵の姿は視認できない。見えなくても、屋敷の傍の植物の中に隠れているのはわかっている。 息を潜めて耳を澄ませると、真下からは微かに話し声が聴こえた。ミスリアと聖人の安定した声色と、不規則に音量が跳ね上がる老人の声が交差している。 ――魔物の群れを引き連れていたことに関しては、猛獣みたいに血の臭いでおびき寄せられるわけでもないし、聖気を纏った物を持っていたんじゃないかな。その人が僕らの同胞である線も考えうるけどね。 そういえば数日前に聖人はそんな推測を口にしたのだった。ゲズゥにとっては大した重要性を持たない問題だ。相手が聖職者であろうと何だろうと、こちらの選択肢に変動は無い。問題は、魔物を衣のように纏った相手をどう処理するかに限る。 つらつらと考え事をしていた内に、下ばかり向いていた首が凝ってきた。かといって鳴らすわけには行かない、と若干困ったその時―― 眼下の景色に動きがあった。 |
41.g.
2015 / 03 / 18 ( Wed ) メイド長と他二人の若い女使用人が老人にまとわりついた。 世の中には様々な老い方があるはずだが、この場合は遺伝だろうか、歳の割には老人は背が高い。歳と共に年々太くなる人種でもなかったようだ。寝間着の下から見えるふくらはぎからくるぶしまでの素足は、骨が見えるほど細い。「まだか、まだ捕えられんのか、役立たずどもめ」 「さあ戻りましょう、旦那様」 女たちの声音は先程よりも柔らかくなっている。 「どうせあやつらがまたわしと陛下を引き裂こうとしとるだけじゃ――」 老人はヘーゼルの両目を必要以上に動かしていた。あの速さでは、視界の中の何物にも焦点を当てていない。 裸足で歩き回る主人を女たちはそれぞれの肩を強引に掴んで支えながら方向転換させた。老人は尚も呻いたり呟いたりしているが、お構いなしに連れ去られて行く。 「申し訳ございません」 後に残ったメイド長が深く頭を下げた。白の混じった茶髪は一筋逃さずまとめられているためか、深い礼をしても全く乱れない。 「いいえ、とんでもない」 両手を振ってミスリアが否定する。 「旦那様はここ数年の間に多少の記憶力の衰えを見せてはいたのですが……こんな風に取り乱すようになったのは、本当に最近なのです」直立の体勢に戻り、両手を揃えてメイド長は語った。「こんな――奇行、に走るようになったのは」 ゲズゥは僅かに眉目を動かした。確かに老人は尋常ならざる行動を取っている。今夜は体調が悪いせいか大人しいが、他の日は喚きながら屋根に上ろうとしたり、木の枝を窓に向けて振り回したり、夜中に屋敷中の人間を地下室に召集してポケットの中身を改めたりと、偏執病(パラノイア)の兆しを見せている。 「奥様が亡くなられて久しいのですが、せめてお嬢様がいらっしゃれば……」 頬に手を付け、メイド長はため息をついた。 「あの、あやつら、とはどなたのことかわかりますか?」 ミスリアは奇行や家の事情については言及しなかった。髪にかかる半透明のヴェールを指先で撫でながら、メイド長を見上げている。 「ええ、政敵を指しているのだと思います」 「政敵ですか」 「旦那様は帝王陛下の長年の側近ですし、先王陛下とも懇意にしていただいていたのです。このように精神的に追い込んで、失脚させようと企む輩は数え切れぬほどおりましょう」 メイド長は主人の変貌を他者の仕業だと決めつけているようだった。 「間接的に失脚させるのであれば、自分に疑いがかかることもありませんね……」 声を低くしてミスリアは呟いた。 「政敵だけではありませんわ。民から恨みを買うような案件も幾つか過去に扱ったことがあります」 「そうですか……」 つまり敵を特定できない程度には恨みを買っている――被害妄想と片付けるには複雑すぎる身の上だということだ。同じく他人の憎悪を引きずって生きるゲズゥから見ても、閣僚とは実に面倒臭そうな人生を歩んでいるように思えた。 前触れなく、再び廊下の方が騒がしくなった。 最初は老人がまた逃げ出したのかと思ったが、近付いてくる気配が弟のそれだと気付いて、ゲズゥは気を引き締めた。 コツッ、と鋭く足音が止まる。入口に立ったリーデンは、手の甲で口元の血を拭っていた。 その背後では狼狽する衛兵とメイドが何人かついて来ていた。一拍置いて、一同は応接間に入った。見慣れぬ暴力の痕跡に使用人たちは怯えの色を隠さない。 「ごめん、取り逃がした」 リーデンは不機嫌そうに言ってシャンデリアの明かりの中に踏み出した。いつの間にか「カラーコンタクト」が落ちたのか、銀の前髪の間から窺える左眼は本来の白い瞳と縦長の瞳孔をむき出しにしている。 その左目の周りは殴られたかのように腫れて変色し始めている。 「リーデンさん! そのお怪我は――」 「平気。君を煩わせるまでもない」 席を立ち上がったミスリアを、リーデンは一言の元にあしらった。騒ぎ立てる屋敷の住人には目もくれずに、ゲズゥに目配せした。 「兄さん、ちょっといい?」 リーデンはクイッと首を逸らした。席を外すからついて来い、の意だ。首肯し、後について部屋を出た。 |