四 - g.
2017 / 04 / 23 ( Sun ) 「三つ編み四本でいいか」
「お願いしますわ。セリカ姉さまはそこに座って、お茶とお菓子でもどうぞ……姉さまと呼んでもよろしくて?」 彼女の上目遣いでの問いに内心では「気が早いのでは」と思いながらも、構わないわ、と頷いておいた。 それにしても、まだ昼食を消化し切っていないというのに菓子を勧められるとは思わなかった。茶だけでもいただこうと、セリカは座布団を引き寄せ、絨毯の上に腰を掛ける。 四角い卓の向かい側にリューキネが座る。ヴェールを脱いだ彼女の後ろにエランが膝立ちになった。 少女の、絹の如く細やかな黒髪が露わになる。腰に届く長さのそれは束ねてもあまり厚みが無いように見えるが、その分クセもなくて手触りが良さそうだ。こまめに梳かないと何かと暴走しがちなセリカの髪とは、勝手が違うのだろう。 (あぶれ者ってどういう意味か、訊いてもいいのかしら) どこからともなく現れた使用人が小振りのティーカップに茶を注ぐ間、しばしセリカは考え込んだ。 さすがに踏み込みすぎだ、より無難な角度から攻めた方がいいだろう。たとえばどうして昨夜の晩餐会にリューキネ公女は来なかったのか。けれども答えが「呼ばれなかったから」である場合を想定して、やはり何も言えなくなる。 こちらが悶々と思考する間にも、三つ編みは着々と出来上がっていく。口では何と言っていても、よほど仲が良いらしい。髪を触らせるのは信頼の証であり、エランの手際の良さも、幾度となく頼まれたからだと推測できる。 手持ち無沙汰なセリカは、茶と菓子をゆっくりと堪能した。 三つ編みも残りあと一本となった。途端に、リューキネがニヤリと笑う。 「あなたも気の毒ですわね。こんな、焦土のような男と添い遂げなければならないなんて」 ぐいっと彼女の頭が後ろに引っ張られた。 「誰が焦土だ。大概にしないと、この髪、とぐろを巻かせるぞ」 「いやー! 下品ですわ兄さま! そんなモノをうら若き娘の頭の上で象ろうだなんて!」 「いい気味だ」 またおかしな方向性の掛け合いが始まった。正直ついていけない。 そんなことよりもセリカは「焦土」というキーワードに気を取られていた。焦土の別名は黒土。涅(くろつち)、涅(くり)色、泥の色――。 「ねえ、川底の泥みたいだって言ったのってもしかして」 ふと思い当たり、訊ねてみる。主語を抜いたのは一応配慮したつもりである。それだけで、彼には十分に伝わった。 「それはアスト兄上だった」 「アスト兄さまが仰ることなら、わたくしも同意見ですわ。何の話かわかりませんけれど」 「話がわからないのに何故入り込もうとする」 「わたくしがいながら夫婦で内緒話なんてするからです」 「それって、あたしが悪いってこと」 苦笑い交じりにセリカは自分を指差した。 「そうなりますわねー」 「リュー……お前の相手をしていると疲れるな。この宮殿にいながら、人を振り回す稀有な女だ」 妹の後頭部に向けて、エランがまた大袈裟に嘆息する。 「疲れるだなんて。病弱美少女の世話を、楽しんでらっしゃるくせに」 「病弱美少女らしさがあれば、或いは楽しめたかもしれないが」 「身体が弱いからって気も弱くなければならないなんて誰が決めたんですの? わたくしは生まれ付いての貧血持ちで、今後もきっと子供を産めません。嫁ぐことなく一生を此処でしか過ごせないのですもの。窮屈な人生、せいぜい人で遊んで楽しませていただきますわ」 「ああ。お前はそれでいい」 そう肯定した青年は、微かに笑ったようだった。 瞬間、セリカは冷や水を浴びせられたような感覚に陥った。 強い語気で言い切ったリューキネ公女を見つめる。こんな風に強気に笑えるようになるまでに、彼女はどれほど苦悩しただろうか。 生まれた境遇を悲観してばかりの己を恥じた。 少なくともセリカは健康な身体を持っている。公女としての役割を与えられ、異国の地を踏む機会も与えられた。だからと言って現状に盲目に満足していいわけではないが、もう少し感謝の念を抱いて生きよう、と決意を新たにする。 「あなたの言う通りね、リューキネ公女。静かに儚げに過ごすことないわ」 「まあ、話のわかる方ですのね。嬉しいですわ、セリカ姉さま」 少女は嬉しそうに両手を叩き合わせた。 その時――バルコニーの入り口に大きな人影が現れた。失礼いたします、と彼は跪いて声をかける。 |
|