一 - b
2017 / 02 / 18 ( Sat )
(前より窮屈な生活になるでしょうけどね)
 他国の妃の席に収まる以上、宮殿の中ですら好き勝手に過ごせなくなるだろう。聞いたところ、ヌンディーク公国はゼテミアン以上に古くからの慣習を重んじるらしい。
 それがなんとも、皮肉な話である。

 アルシュント大陸で最大の人口と領土を誇る帝国、ディーナジャーヤ。
 過去数度に渡る略奪戦争を経てその属国となったヤシュレ、ヌンディーク、並びにゼテミアン公国は、当然ながら多方面で帝国の影響を受けている。使っている通貨も同じ、四国同士では国境などあってないようなものだ。

 それゆえ、昔ながらの自国の伝統や服装にこだわっているのは大公家と貴族階級くらいのもので、国民の過半数は時代の流れとやらに身を任せている。好きな食べ物を選び、好きな服を着ているはずだ。
 不自由だ。
 そして、どうやっても生まれる家は選べない。

 二十年近い人生を歩み、セリカは未だに己の境遇に甘んじられない自分を、どう思えばいいのかわからなくなっていた。
 幼馴染と将来を共にする約束をしているというバルバが、少なからず羨ましい。彼女が大好きな相手と幸せいっぱいの家庭を築く未来を想像するだけで、自然と胸の奥が温まった。

 対してセリカは、顔も知らない男の子供を産まねばならない。顔どころか――歳が近いらしいのは聞いているが、それ以外の情報を一切持っていない。
 そうなるよう仕組んだのは母だった。相手について何も知らない方が不安も少なく済みますからね、楽しみは後に取っておくものです、なんて言っていた気がする。

 知っても知らなくても逃れようが無いのなら知らない方が気楽だろう、とセリカも割り切ることにした。物凄く醜かったり性格が最低最悪なゲス野郎だと予想していれば、いずれにせよ期待を裏切られる心配も無い。
 怖くないと言えば嘘になる。それでも、逃げ出そうなどと企むには、セリカは聡すぎた。

「きゃっ!」
 バルバの小さな悲鳴で、物思いから覚める。いつの間にか道が険しくなったのか、馬車がガタンゴトンと大きな音を立てながら進んでいる。
 興味を惹かれて、窓の外に目を向けた。道路沿いに、いい感じに生い茂った森が見える。

「停めて!」
 セリカは思わずそう叫んでいた。急に呼ばれた御者の男が驚き、言われた通りに手綱を引く。
「どうしました!?」
「ちょっと降りる。二時間もすれば戻るから」
 用を足す為ではないと、念の為にセリカは補足した。荷物の中から、愛用の道具を取り出し、腰を浮かせる。

「二時間? それでは大使さまの馬車と大きく差がついてしまいます」
 御者が前方を指差した。
「構わないわ。あたしが立ち合わなくても、商談はできるでしょう」
 縁談を敢えて商談と称する。

 政略結婚とは、国同士の交流を繋いだり強める為の措置。――交流?
 実際にはそんなにあやふやな言葉で形容できるものではないと、セリカはしっかり理解していた。ゼテミアンはヌンディークから、ヌンディークはゼテミアンから、欲しい「持参金」があるのだ。

 花嫁側(ゼテミアン)からのブライドウェルスは分割で支払われる手筈となっている。先月から少しずつ鉄が運び込まれていて、花婿側(ヌンディーク)からのダウリーがちゃんと支払われたと確認された暁には、契約通りの量まで届けられる。

 双方の大公は既に契約書に署名している。それでもゼテミアン大使がセリカに同伴するのは、再三の言質を取りたいからに他ならない。
 これらの手続きは結婚式などよりもよほど重要視されていた。

 ――セリカラーサ・エイラクスという人間が消えていく。誰も本当の自分を知らないし、今後も知ろうとしないだろう。
 未だに不服そうに抗弁する御者を無視して、馬車を飛び出した。

「ひ、姫さま! 危険です。護衛を連れてください」
 バルバが声を震わせて叫んでいる。
「いらない。何かあったら叫ぶわ、そんなに遠く離れないから」
 この路は人通りも多く危険度が低いからと、セリカの馬車についている護衛は一人しかいない。彼には荷物を守らせた方が得策だ。



日本の慣習だと結納金がダウリーに該当するっぽいですね。文化によってはブライドウェルスだったり両方出したりしていましたけど、旦那側の家族が何かしら出すのが多いのですかね。王族が一般人の嫁を取ると、王族側が嫁の家族に贈り物をすることもあるようで(現代では中東の国とかで例が)。今回はどっちも同ランクに高い家柄で、国同士の関係なのでどっちも寄贈品出します。

まあ、これはファンタジーですww

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