59.c.
2016 / 07 / 03 ( Sun ) 「ごめん、無駄なお喋りだった。まだやりたい? ……って、訊くまでもなかったみたいね」
リーデンは己の得物を引いて、掌の上でくるりと一回転させる。 思わずそれを目で追ってしまったゲズゥは、鬱屈とした心持ちで回転する木剣を睨んだ。 またしても開始の合図は無く――俄かに兄弟で剣を交わらせた。 ――ところで、この頃聖女さんが兄さんを避けてるのは何でかな―― 重ねられる一合ごとの衝突音の合間に、脳内に直接声をかけられた。 答えなかった。 先ほどと立場が真逆に、今度はゲズゥが突っかかって、よりアグレッシブに木剣を振り回した。遊び半分の試合とはいえ、通常の精神状態であったならばこんな行動に出ない。 避けられている理由の心当たりならある。 傷付けたからだ。 答えようとして、詰まる。思考回路が回想に入ろうとしている。残りは剣の試合に意識を割くだけで精一杯となり、返答の言葉を組むことができなかった。 _______ 波打つ栗色の髪を指で梳いて、甘くていい匂いがする、と思いながら待っていた。 高望みをしたつもりは無い。人の好さにつけ込んでいるのではないかという後ろめたさは多少あったが、これまでに築き上げてきた土台があるからこそ、受け入れられる可能性もそれなりにあるものだと踏んでいた。 当人の意思以外に立ち塞がる障害もあるのだと、理解していた。たとえ聖獣を蘇らせることに成功し、そこに至るまでの働きを認められて死刑は取り消されても、何かしら罰が下されるに違いなかった。 しかしゲズゥにとっては望みが実現されるか否かは二の次で、ミスリアの意思を確かめたいだけだった。 長い沈黙が続いても、大人しく待っていられた。 「どうして」 やがてそう切り出した少女の吐く息は、薄っすらと白い。 「……利害が一致した関係だと……そう言っていた頃もありましたのに」 溢れそうになる何かを必死に抑え込んでいるような細々とした声で、ミスリアは続けた。 「どうしてこんな風に…………距離を、縮めるんですか……?」 問いをみなまで聞いた途端、ぐっと指に力が込もった。髪が絡まり、ピンと張る。 「痛っ! や――」 痛がる声もバタバタと叩いてくる手も、意に留めず。訊き返した。 「ならお前は何故、遠ざかろうとする」 「……!」 強張り、息を呑む。それは理不尽な言いがかりをつけられた者の反応ではない。言及されている内容を瞬時に思い当たった者のものだ。 原則としてゲズゥは他人に興味が無く、したがって他人の心情にあまり多くの思考時間を割り当てていない。だが関心を持った人間の感情の機微には敏感だった。 異変に気付いたのはいつからだったか。おそらくはカルロンギィ渓谷を後にした辺りだろう。 最初は皮膚に刺さったガラスの破片のように、有無が不明瞭なものだった。それが今では、拭えない疑惑にまで膨らんでしまっている。 ちがう、との囁きが半ば雷の音に喰われて消えた。 「違わない。何を隠している。北へ行けば行くほど、囚われて――」 「放してっ!」 腕の中のミスリアが暴れる。ベランダから落ちないように咄嗟に手を出すが、弾かれた。しばらくもつれ合うも、数秒後には逃げられた。 振り返った少女の顔は髪の影に隠れて見えなかった。 「全部の思惑を共有する必要が無いと言ったのはゲズゥですよ。相手が貴方でもこればかりは教えません、教えられません。いいえ、」 ――貴方だからこそ明かしたくないんです。 急に振り仰いだ双眸は、濡れていた。見入ったのは一瞬、すぐに小さな背中は部屋の中へと消え去った。 知らぬ間に息が止まっていたのだと、その時になって気付いた。 首都の風景に再び向き直って、呼吸を再開する。胸の内がささくれ立っているような気がした。 ――突き放す言葉を投げつけられたというのに――あんな、助けを求めるような目をするのか。 理解したいからと、互いに歩み寄ったのが最近のことだったように感じられる。 ところが引き合いに出たのは出会った当初に交わした会話ばかり。まるで退化している。 下手に手に取ろうとすれば、ヒビが入って、壊れる――。 こんなに扱いにくくて恐ろしいものがこの世に存在したのかと、ゲズゥはひとり慄いたのだった。 _______ 両手で木剣を振り下ろした。父親の形見の大剣に比べれば遥かに重量の無い剣だと言うのに、片手でも十分だと言うのに 、ありったけの力を込めた 。 こちらの渾身の一撃を受け流しきれなかったリーデンは、無理に踏ん張るよりも握る力を緩める選択をしたらしい。練習用の剣は遠くまで弾かれて、通行人の背中に当たった。 余計なヒトコト。 私は創作はイメージ練る段階などでは第三者として記録してる係みたいな感じですが、書いてる時は主に憑依型です。なので自分がミスリア(或いはゲズゥ)に焦がれているような錯覚に陥ったりして複雑ですw |
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