42.h.
2015 / 04 / 25 ( Sat )
「護衛だなんだと誘ったのは僕の方なのに、こんなややこしいことになったの、なんだかごめんね」
「いいえ。関われてむしろ良かったと思ってます。そうでなければ友達が苦しんでいることにも、私は気付けなかったでしょうから」
「確かにそうだったかもね」

 それからおやすみの挨拶を交わした後、ミスリアはふわりとスカートをなびかせながら歩み去った。
 扉を閉じる瞬間までも彼女は最後まで気付かずに、通り過ぎた。壁にかかる陰と同化しつつある青年に。

(一体いつこの部屋に入ったのだろうね)
 黒髪の青年ゲズゥ・スディルは武器を背負っていなければ恐ろしく静かに移動する。
(でもそんなことより、興味深いのは……)
 カイルサィートは現在の距離を保ったまま話しかけた。

「君は、最初に会った頃よりもずっと、雰囲気が穏やかになったね。何があったのかとても興味がある」
「訊くまでも無いだろう」
 あまり間を置かずに返事があった。

「そうかな」
「文通していたのならな」
「ああ、そういうこと。確かに文(ふみ)である程度の顛末は知ったけど、本人の口から聞くのとは違うよ」
「…………」

 青年は陰った壁から離れて、蝋燭に照らされている方へと僅かに歩み出た。歩み出てもその瞳や表情や口は、何も語らない。
 カイルサィートには彼の態度は特に気にならなかった。懐かしいとも思う。ゲズゥからはこんな深夜には有り難く感じる、落ち着いた空気が漂っている。

「ミスリアと仲良くしてくれてありがとう」
「……保護者」
 単語一つからは彼が何の意味を込めているのかはわからない。思わず首を傾げた。

 保護者と言えば、確かにミスリアと過ごしていると妹を思い出すこともある。しかしどうあがいても別人は別人である。リィラには二度と会えないし、他人を重ねてミスリアに接するような失礼はしたくない。
 気のかけ方が保護者ぶっていたかな、困ったな、とひとりごちてカイルサィートは小さな笑いを漏らした。

「友人だよ」
「…………」
「あの子が楽しそうにしていると、こっちも嬉しいんだ。これからもできれば健やかに笑っていて欲しい。君もそうではないのかな」

 問われて、青年は特徴的な両目を細めた。瞳の向こう、脳内の中ではどのような思考が展開されているのかは不明である。
 そして彼は何の結論に至ったのかを明かさないまま細めていた目を再びスッと元の大きさに開き、くるりと背を向けて部屋を後にした。

 何も答えない、カイルサィートにはそれ自体が答えのように感じられた。

_______

 帝都ルフナマーリに最近就任した司教さまは、一言で表すならば「目立たない」人物だ。
 身長は平均より低めで年齢相応に恰幅も少し良いくらいの体型で、清潔に整えられた薄茶の短髪や優しげな瞳、笑顔の周りに刻み込まれた皴にしても、あまり際立った特徴は見出せない。というのも、位の高い男性聖職者にはこのような外見をしている者が大勢いるからである。華奢で長髪の教皇猊下が例外なのだ。

 それでもティナという少女にとっては、記憶に残る人物であるらしい。司教さまを孤児院の居間に通してからもずっと、難しそうな顔をして考え込んでいる。
 カイルサィートはミスリアと共に二人の邂逅を数歩下がった位置からしっかりと観察していた。
 ティナの座る長椅子には、頬杖ついたデイゼルの姿もあった。彼もまた考え込んでいるような顔をしている。

「えっと……何? つまりおっちゃんは、おれとティナ姉がであったちょっと前に、ティナ姉にあってる……でいいんだよな?」
「こらデイゼル、おっちゃんとか言わないのよ。この都の司教さまよ」
「あ、そうだった。しきょーさま」
 バツが悪そうに少年は舌をちょろっと出す。司教さまは口や目の周りに皴をつくって笑った。

「ほほ、おっちゃん、で構いませんよ。そうです。まだ私がルフナマーリで司祭をしていた頃、ティナ嬢を教会に招き入れて泊めたことがありました。あれはそう――」
「できればその頃の話はしたくないわ」
 足と両腕を組んで、ティナは昔話を拒絶した。
「ええ、すみません、私の配慮が足りませんでしたね。貴女にとっては、お辛い時期でしたのに」

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