38.f.
2014 / 11 / 25 ( Tue )
 文官に促されて聖人は何かの書類に署名し、それから先は手続きがトントン拍子に進んでいった。扉を通り、そこでやっと監視の目から解放される。

 聖人が先導するままに歩いた。門を通ってもまだ道は坂を上るが、左右の視界はもう町の風景に埋め尽くされている。門の外の静けさが嘘みたいに騒々しい。
 けれど、前を行く青年が何者であるかが気がかりで、リーデンは周囲の景色を観察するのも忘れた。

「宿を探してるんだよね。教会の寄宿舎でもいい?」
「ああ」
「ディーナジャーヤに向かうって聞いてたけど、まさかこんなに早く、こんな所で会うとはね。縁かな。元気そうで安心したよ」
「そっちこそ」
 青年の振る話に兄は短いながらもしっかりと返事を返した。全く警戒心を抱いていない様子に、リーデンは少なからず驚いた。

「知り合い?」
 問いは兄に対してだったが、当人にも聴こえるような音量で訊ねた。
「ミスリアの友人」
「んん? 聖女さんの――……あ! もしかして、『カイル』?」
 旅をし始めた頃に二人が世話になったという聖人の話は聞いている。なるほど、まさに聞いた通りの人物だ。

 比較的人通りの少ない小道に入ってから、聖人は立ち止まった。
 くるりと前後反転し、袖を押さえるようにしてお辞儀をした。

「初めまして、カイルサィート・デューセです」
「あ、これはどーも。僕はリーデン・ユラス、こっちの物静かな女性はイマリナって名前だよ」
 つられてリーデンも一礼した。イマリナもロバの手綱を握ったまま頭を下げた。

「リーデン?」名に覚えがあったのか、カイルサィートは何かを思い出すように目線をさ迷わせた。「すると君が手紙にあった、『絶世の美青年』かな。凄いね、実物は想像以上だ」
「聖女さんってば、そんな表現を使ったの? お茶目だなぁ」
 リーデンは軽やかに笑った。

「彼女は正直だからね」
 カイルサィートも頬を緩ませる。爽やか好青年といった風貌だが、果たしてそこに全くの裏は無いのか、つい思いを馳せずにはいられない。

 あるとすればミスリアたちが懐かないはずだ。特にゲズゥは人の悪意を嗅ぎ出すのが得意だ。そう考えると何やら楽しくなってきて、リーデンは握手を求めた。聖人カイルサィートは快く応じた。強すぎず弱すぎない、程よい握力――身体能力はそれほど高くなさそうだが、常ならざる局面でも頼りにできそうな雰囲気があった。

(ふうん。世の中いろんな人が居るもんだね)
 都に入って数分も経たないのに、早速リーデンは人間観察を楽しんでいた。
「行こうか。まず一番近い教会を当たってみよう」
 カイルサィートに続いて、皆は再び歩き出した。

 建物に挟まれた小道を抜け出した先には、うねる坂道が幾つも展開されていた。高地の至る面を喰らい尽くすように並ぶ建築物。何処に何があるのか、どうやって辿り付けるのか、一度見ただけではわかりようがない。

 唯一つ。帝王が座す城だけは、最も高い中心地に最も華々しく陣取っている――決して侵せない高嶺の花のように、刺々しそうな常緑樹に囲まれて。

(何回来ても、ごちゃごちゃした印象は変わらないなぁ)
 色使いや形にまるで統一性の無い建築物。それが中心から離れれば離れるほど、即ち高度が低ければ低いほど、何故か建物の密度は薄い。城壁近くの端の方にもなると、無遠慮に生い茂る常緑樹の割合の方が勝る。

(人が高い場所ばかりに居座りたがる心理は一度じっくり分析してみたいねー)
 純粋な遊び心か、或いは権力欲か。色々と可能性を考えながら、一人ほくそ笑む。

「言い忘れてたけど」
 うねる道を一つ選び、踏み込む寸前の所で、ふと聖人が肩から振り返った。
 ちょうどその頬に、粉雪がつくのが見える。

「帝都ルフナマーリへようこそ。よく来たね」
 再び現れた青年の爽やかな笑顔に、リーデンは条件反射で笑みを返した。

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