32.j.
2014 / 05 / 28 ( Wed )
「助けに戻り――」
「ダメ。無理だよ聖女さん」
「でもあれだけの人を見捨てるわけには――」
「アレと戦うことは、僕や兄さんにはできない」
 反論の余地を与えない声音でリーデンが言い切った。

「理性で抑えられる本能には限界がある。助けようとしても無理。恐れおののいて動けなくなるか、勝手に体が逃げ出す。僕らはそういう種類の人なんだって、そう思ってくれればいい」
 彼は戦闘種族の性質を語っているようだった――戦うまでもないほど強大な敵と対峙した時の対応を。
「それに、生存本能を押しのけてまで他人にそこまでする義理は、やっぱり無いんだよ」

 そんな風に言われては唇を噛み締めるしかできない。
 ミスリアはゲズゥの姿を探し、すぐ後ろにみつけた。杖を使っている人間にしては異様に速く歩を進めている。彼が何も口を挟まないので、弟と同意見なのだと感じた。

 三人は戦陣の中心であった、結界に守られた小さな範囲の目前まで迫った。そこで止まる気は無いのか、リーデンは全く減速しない。

「六十人いてもやはりダメなのか!」
 司教様の失意の喚声。
「何をご存じなんですか司教様!? 教えて下さい!」
 思わず叫んだ。

「聖女ミスリア!? ここで守られていなさい!」
 彼はただならぬ表情で勧めた。リーデンは何を思ったのか、数秒ほど結界のすぐ傍で立ち止まってくれた。中にまで入る気は無いらしい。
「さっき声が聴こえた気がしました。あの魔物の素は魍魎ではなく人間でしょう? どういうことですか? 忌み地とされるような大きな事件が無かったはずでは」
 最初の質問を受け流されたことにミスリアは苛立って、詰め寄るように質問を畳みかける。

「……確かに大きな事件は無かった。無かったのですが、時間をかけてありふれた『死』の集大成が……」
 後ろめたそうに顔を逸らし、司教様が口早に答えた。情報を出し惜しみしたことへの後ろめたさだろうか。

「そこから先は移動しながら話してもらうよ。どうせ君らも、あの混乱の中に飛び込んでお仲間を助けるつもりなんて、無いんでしょ。何度『討伐隊』が全滅しても、司教が死んだって噂は聞かないからね」
「ぐぅ……」
「ボクらも興味ありますね」

 遅れて追いついたエンリオが言った。彼の後ろでは、「離しなさい! 皆を助けに行きます!」と嫌がる聖女レティカを抱えて走る女騎士レイの姿がある。あちらの護衛も同じ判断をしたようだ。

「仕方がありませんね」
 諦め半ばに言って、司教様が結界を解いて動き出す。
 そして語った。

 ――ことの始まりは河で死んだ人間が幾人かこの場所に「集って」塊を構築したことと思われる。
 それを討伐する為に魔物狩り師が訪れるようになり、完全に元を絶つことは出来なかったのか、今度は討伐で死んだ人間が混じる。
 塊は大きくなり、やがて初めての分離が起こる。

 分離した魔物が新しい死を調達して戻る――

 延々と繰り返されるフィードバック・ループ、それが徐々に魔物の源を育み、今に至る。
 ループを絶つ術が見つからなければ、永遠に問題は大きくなり続けるしかない。

(……忌み地として封じる以外にどうしようもないわ)
 どうして今までそうしなかったのか。考えうる可能性は幾つもあるが、もう考える気力も問い質す気力も起きない。
 真実を噛み締める暇も無い内に、リーデンが加速した。司教様や逃げ延びられた魔物狩り師たち、そしてレティカ一行を置いて先に進む。

 ようやく河を離れて静かな夜の世界に戻れた頃、リーデンに地に降ろしてもらった。
 脱力した。
 ちょうど絶妙な位置にあった石の上にミスリアは腰を落とした。

(どうして、私は。こんなに無力なの)
 やや遅れて追いついたゲズゥが、こちらを見下ろしている。黒曜石に似た瞳には案じる色があった。
 何かを思うよりも先に行動していた。

 ミスリアはよろめきがらも立ち上がり、ずっと旅の供で居てくれた青年の傍に近寄る。
 理由はわからない、ただこの人の近くでは、普遍な存在に触れるのと同じような安心感を得られる気がした。

 そうしてゲズゥの袖にしがみついて泣いた。



以下あとがき
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欝てんかーい、わぁ

すいません。まるで後味悪さMAXの新境地に挑戦していたような回でしたね。あと最後の記事のバランス悪いですねははは

それはそうと、長く連載していると使い回している表現や流れがわからなくなりますね。完結してからの見直しには勿論そういう意味があるのですが。
もし読者様方に「甲の間抜けめ、ココの表現繰り返しているぞ! 見るに堪えん!」とお気づきの方がおりましたら、遠慮なく教えてください。



ところで最後辺りを書いてた時期に某所でミスリアのバトルが面白くない(笑)という指摘をいただき、一体何が足りないのか熟考してみました。スピード感・熱さ・緊張感が無い、語り口が単調だ、らしいですね。

昨日米国の戦争系実写と創世のアクエリオン(笑)を観てて、そうか私のバトルは「混乱」「パニック」「叫び声」「技のぶつけ合い」「爽快な決着」「ライバル同士の認め合い」がないな、と思ったりしました。でも私はそういうのを目指しているのではなく、ちょっと背筋が寒くなる世界の中で困難に冷静に対処していく人に美学を感じているのだと思います。ロボット戦闘ものなんて特に勝利のあとは誰かが笑顔や拍手を送っているのが多い気がしますね。違う、そういうのはミスリアじゃない。

スピード感も、擬音語をたくさん出したり文をやたら短くしたりしないと一体どうすれば身につけられるのか。そもそも、主な戦闘要員(兄弟どっちも)の性格がああなっている時点で色々アウトですね。第三者視点を使うか……でも第三者じゃなぁ……観てるだけで戦ってない人の視点はちょっと……ああだめだ、わからない。まあ、何かひらめくものがあったらそのうち試してみると思います。



さて、33でお会いしましょう!

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