26.j.
2013 / 10 / 11 ( Fri )
 こういう時にかけるべき言葉が浮かばなかった。
 これが別の人間なら「無事で良かった」か「大丈夫?」を筆頭に、労わる言葉が出てくるだろうに、ゲズゥといえば「やっと見つけた」か「殺してはいないから安心しろ」のどれかを言いそうになっている。

「……存外、そういう格好も似合うな」
 結局舌から転げ落ちたのは、ろくでもない感想だった。
 無駄にだだっ広い寝室の中の無駄にだだっ広いベッドの上で、少女は瞬いた。余程気が抜けているのか、乱れた髪や衣服や姿勢を直そうとしない。

「行くぞ」
 ゲズゥとしてはもう一分たりともこんな埃臭い城にいたくなかった。いつもやるようにミスリアを抱き抱えようと手を伸ばす。
 ところが、ミスリアは小動物並の素早さで距離を取った。

 恐怖に彩られた両目で伸ばされた手を凝視している。ゲズゥもまた、血に穢れた無骨な右手を凝視して、納得した。そうか、今だけは、全世界の男を敵と認識しているのかもしれない。
 ヒビの入った割れ物に似ている、と何故かそう感じた。ぞんざいに扱えば簡単に割れる、儚くて脆い少女。

 まだ羽織っていた借り物の上着を脱いで、ミスリアに被せるように投げつけた。この布で阻めば触れているという意識は減るはず。うまく被せられたはいいが、サイズが大きすぎて体の輪郭が埋もれ、波打つ栗色の髪だけがはみ出した。
 数秒経って、ミスリアがのろのろとベッドから下りた。ゲズゥはその傍らに歩み寄り、剣で手枷を断ち切ってやった。

「待って下さい……私の他にも助けていただきたい女の子が二人……」
「不可能だ」
「え」
「物理的に、三人も抱えてここを出るなど、俺には不可能だ。諦めろ」
 それでなくとも疲労や怪我で機動力は落ちている。ミスリアも察したのか、悔しそうに下唇を噛んだ。

「反乱を起こしそうな人間が居る。女たちも解放してもらえる日が来るだろう。でなければ、時機を見極めて乗じて逃げるって手もある」
「でも、私と同い年か年下に見えました。そこまでできるでしょうか」 
「歳は関係ない。お前だって、それぐらいやる気だったんじゃないのか」

「……ええ、でも、私はそんな人間が居ると、反乱の兆候に気付けませんでした。一人ではどうにもできなかったかもしれません」
 上着の下から小さい手が出て、フードを引き下ろした。その下からミスリアの悲しげな顔が現れる。
「そうだとしても、お前は己を助けられる人間を選び、探しだして、得た。その成果は確かにお前の力によるものだ」

「それは、ご自分のことですか……?」
 か細い問いかけに、ゲズゥは答えなかった。
「……貴方がそう思うのなら、私はきっと貴方が守り続ける価値を見出せる人間であるべきなのでしょう」

「そういう解釈をするところは嫌いじゃない」
 本心からそう言った。すると、始終暗い表情を浮かべていたミスリアが、驚いた顔の後、微かに微笑んだ。
 気が付けばゲズゥは自然と手を差し伸べていた。今度はちゃんと、掌に温もりが重なった。

「侵入者め! ここか! ウペティギ様、ご無事ですか!?」
 ドタバタと弓兵が二人寝室に走り込んできた。
「逃がさんぞ!」
 より扉に近い方の一人が矢を番え、もう一人は短剣を抜いている。腕の中のミスリアが、緊張に身体を強張らせるのがわかった。

「まあ、待て」
 低い声がそう命令したと同時に、矢を番えた兵士が、生唾を飲み込んだ。
「その者たちを見逃してもらおう」
 弓兵が乱暴に前へと押された。背後に現れた設計士が、兵の後ろ首に斧の先端を押さえつけている。兵士といえど、弓兵の薄い鎧では斧の攻撃を無効化できやしない――。
 もう一人の兵士が、短剣を構えたまま、思わぬ展開にオロオロしている。

「貴方にそんな権限があるとでも――?」
「権限など必要ない。私はこの城の正しい在り様を取り戻してみせる。住民の大多数と、ゼテミアン公国の民がそれを望んでいる」
 ブラフなのか、それとも実際に民の意思を聞いてあるのか、これから民の声を集めつつ説得する気なのか、第三者に過ぎないゲズゥには判断できなかった。ただ、設計士が既に一切の迷いを捨てたことだけがわかる。

「の、乗っ取るってことですか!? 城主様が黙ってはいませんよ!」
「黙らせればいいだけの話。ほら、ちょうど今意識が無いな、牢に閉じ込める絶好の機会だ」
 またドタバタと人が入ってきた。設計士の味方なのか、新たに入り込んできた数人の男は城主の体を引きずって去った。

「抵抗が少なければ手荒な真似はしない。安心してくれ」
 兵士たちも拘束され、連れて行かれる。
 一人だけ残った設計士が、ゲズゥたちを向き直った。

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