26.h.
2013 / 10 / 09 ( Wed )
 会話が途切れ、警鐘の音がより大きく耳に響いた。
 衛兵が何処を探して回っているのか不明だが、あろうことかこの部屋には来ない。入っていく所を誰かに見とがめられたのは確かなのに。やはり闇の中の城ともなると、パッと見ただけではどの窓がどの部屋に繋がるのか、瞬時に判断できないものらしい。

「果たして自由の無い人生に価値があるのか、私は常々考える」
 男は俯き、ぼそりと呟く。対するゲズゥは眉をひそめた。
「お前の悩みは理解できない。お前の手足には枷が無い。十分、自由じゃないのか」

 ゲズゥは昔から生き方を制限されたが、それでも自分の足で何処へでも行けたし、いつでも自分で選んで行動してきた。どんなに絶望的な状況でも、確かにそこには選択肢があった。
 この男はきっと、幾つもの苦しい選択肢の内、より楽な方を選んできたのだろう。結果、己にそぐわない道を行き、それを「不自由」と錯覚している。

「逆らう勇気と、実践する手段が揃えば、お前の望みは叶うはずだ」
「手段、か。まず何より共に抗ってくれる味方が要るな」
 この男は頭の回転が速いらしい。すぐに何かを思い描き始めた。

「何人か、思い当る人間は居るが……恐怖からではなく自主的にウペティギ様についていく人間も大勢いる。そういった性根が腐っている輩は当てにならない」
 そのまま男は考え込む仕草をした。もしかしたら、反乱を起こす筋書を日頃から妄想しているのかもしれない。本当に後は、「勇気」だけである。

 そして、まるでこの沈黙を狙っていたかのように、廊下から足音や喚声が近付き始めた。
 もう悠長に話している暇は無いと察して、ゲズゥは意を決した。

「手を貸せ」
「何を――」
「代わりに城主を何発か殴ってやる。その先はお前が自分で何とかやれ」
「殴っ……いやしかし」

 男は思惑うように廊下とゲズゥを交互に見やった。
 これはもう戦闘も余儀ないか、とゲズゥは大剣の鞘の留め具に手を伸ばしかけ――

「羽織れ!」男は自分の上着を手早く脱いでゲズゥに渡した。「フードは深く被って! あとは、これを床に広げて読み解くふりをしていろ!」
 大人しく言われた通りにしながら、ゲズゥは納得した。床に膝をついていれば体格も目立たないだろう。

 渡された巻物を広げてみると、笑えるぐらいに全く読み解けそうになかった。円や線や三角、それとミミズ腫れみたいな文字がびっしり書かれていて、何かの図案であるのは間違いないが。

「設計士殿! 夜分遅くに申し訳ありません」
 ちょうどその時、兵士が三人、部屋に入ってきた。
「何だ、何かあったのか? さっきから警鐘が煩くて仕事にならん」
 設計士と呼ばれた男は無機質に応じる。

「すみません。侵入者を追っているのですが、何か心当たりはありませんか?」
「私は何も見ても聴いてもいないが」
 キッパリとした返答に、兵士らは落胆に肩を落とした。

「そうですか……おや、そちらの方は? 見慣れませんね」
 問いかけに含まれていたのは不審なものを詮索する厳しさではなく、単なる好奇心だった。よほど設計士は信頼されているらしい。
「新しく入った弟子だ。顔を隠しているのは病で膿が酷いからで、今でこそ治っているが、未だに触れると感染する可能性も否めないと言われている」

「えっ。設計士殿、そんな人間を城に招き入れては城主様のお怒りが……」
 スラスラと並べられた巧みな嘘を、兵士らは鵜呑みにしている。
「この者は聡明で一生懸命で、必ずや我々の役に立つ。貴重な人材を、低劣な差別で弾き出すのはよせ。ウペティギ様は私が説得する」

「は、はい。すみません。では何かあったら教えてください」
「ああ、早く侵入者を見つけたまえ」
 三人の兵士は礼をしてから踵を返し――ふと、三人目だけが立ち止まった。

「お弟子さん、腕に火傷があるようですが、大丈夫ですか……?」
「待て!」
 制止の声も空しく、兵士は上半身を捻ってゲズゥのフードを覗き込んだ。
「あれ? 膿なんてありませんよ」

 嘘を吐いたことが露見するとわかって、設計士の顔に焦燥が走った。
 説明を求めて兵士が振り返る、その隙に。ゲズゥは兵士の後ろ首に強烈な手刀を食らわせた。
 直後、何があったのかと思って不思議そうに他二人の兵士が戻ってきた。

「おい――」
 奴らが大声を上げるよりも早く、ゲズゥはそれぞれを部屋に引き込んでは一撃で気絶させた。その間、設計士は目を見開いて見守っていた。鮮やかだな、の一言だけを漏らして。

「何処へ行けばいい」
 ゲズゥはのびている三人を部屋の隅にさっさと重ねていった。設計士の協力あってか、まだ騒ぎにせずに済みそうである。

「夜宴は早目に切り上げられただろうから、そなたの探す彼女はきっと今……」
 目指すべき場所の位置を聞き、ゲズゥは部屋を飛び出した。
 健闘を祈っている――そう言った設計士の双眸には、ほとばしる熱意だけが映し出されていた。

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