14.e.
2012 / 07 / 16 ( Mon )
(大陸を手に入れようだなんて、小国の第三王子に出来るわけが無いわ)
一体彼女は何を血迷った事を言っているのだろう。
呆れて何も感想が出ない。きっとゲズゥだって「くだらない」の一言で一蹴してくれるだろう。
けれども前方に立つ彼は何も言わなかった。しばらく経っても、僅かに首を傾げるだけだ。
徐々に不安が、ミスリアの胸中に広がった。
旧友からの誘い、大陸が手に入るという誘惑。ゲズゥが応じる可能性は完全に否定できない。
もしも彼がそれを望むのならば、引き止める言葉をうまく並べられるだろうか。
もともとなし崩し的にミスリアについてきているような印象はあった。護衛を引き受けてくれた理由は未だに聞き出せていない。
(やめて。おいていかないで――)
今度こそ道が分かれる予感がして、ミスリアは両手をきつく握り合わせた。
ゲズゥの返事を聞き届ける勇気を己の中からかき集める。
「それはお前からの勧誘か」
恐れていた肯定の言葉は無く、ただ無機質な問いがあった。
「……何故?」
「オルトは俺にそんなことは言わない」
ゲズゥは差し伸べられた手を凝視している。
「……何だと?」
明らかにムッとした顔になり、セェレテ卿が不快そうに訊き返した。
「俺の忠誠など、望まない」
「――貴様が殿下を語るな! 名を呼び捨てるな! 知り合ったのが先だったからって調子に乗るなよ!」
途端に、セェレテ卿が怒りに任せて怒鳴りだした。そうしていると、彼女が毛嫌いしていたらしいシャスヴォル国の元兵隊長とどことなく似ている、とミスリアは密かに思った。隣のカイルが反射的に身構える。
対するゲズゥは、興味無さそうに肩をすくめただけである。
「……ならば殿下ご自身の望みであれば、貴様は応えるのか?」
幾分か落ち着いてから、セェレテ卿はもう一度口を開いた。ゲズゥの勧誘にオルトファキテ殿下が関与していなかったことを認めるような発言だ。
「いや、別に」
「何故だ? これほど心躍る話は無いだろう。あのお方が如何に素晴らしいのか、貴様なら知っているはずだ。ついていけば満ち足りた人生を得られる。少数派である我々だからこそ」
セェレテ卿は心外そうに熱弁を振るった。地位やお金で釣る気はないらしく、仕えるべき主君の素晴らしさをひたすら推している。
最後辺りの、「少数派」という単語にのみゲズゥは眉を吊り上げるという反応を示した。
「オルトに不満がある訳じゃない。ただ――」
彼は肩から振り返り、ミスリアを一瞥した。黒曜石を思わせる瞳に、思わず心臓が跳ね上がる。
何かを確かめるような、伺うような視線だった。
「――多分、俺はそういう目的の為に、生きていない」
「世界征服よりも世界を救う為、などとくだらない使命感か? いくら命の恩があっても、仕える人間は選ぶものだ」
それはミスリアが仕えるに値しない人間だと暗に仄めかしているようだった。
こちらとしてはゲズゥを自分に仕えさせるつもりでも無いので、怒る気も起きない。
「誰かに従えというなら、それこそがくだらない。俺の主は、俺だけだ」
彼はキッパリと断言した。
(確か、亡くなったお母様が言っていた……)
聞き覚えのある言葉に、ミスリアは納得した。もしかしたら彼は幼少の頃からそれを守り続けてきたのかもしれない。
何であれ、ゲズゥが申し出を受け入れる気が無いのだとわかって、こっそり安堵する。
反論の代わりに、セェレテ卿がゲズゥを睨んでいる。やがてまた、鼻で笑った。
「なら、損をするのは貴様の方だな」
「そうだな」
何の感情も篭っていない返事。
「ふっ、まあいい。実は殿下から貴様への伝言を預かっている。本来の用事は、こっちだ」
そのためにミスリアたち一行を探し出したのであって、某氏への長らく続いた鬱憤を晴らしたのとゲズゥを勧誘したのはついでらしい。
「伝言?」
「そうさ。『私は割と本気だ』――何の意味かは、自ずと知れるだろうと。私にはさっぱりわからんが」
セェレテ卿は腰に手を当てた。主を全面的に信頼しているのか、隠し事をされても欠片も気にしている風に見えない。
「確かに伝えたぞ。私はこれで去ることにする。死体は放っておけ。また、何処かで会うことがあるかもしれんな」
楽しげに言い捨てると、彼女は現れたのと同じぐらいに迅速にその場をあとにした。
残された三人が、顔を見合わせる。
傍には人間の死体が一体と、草を食む馬が一頭。
なんともいえない沈黙が降りた。その沈黙を最初に破ったのは、カイルだ。
「嵐みたいな人だなぁ……。とりあえず、伝言の意味はわかった?」
どこか好奇心の混じる声色で、彼はゲズゥに問いかけた。
ゲズゥは大きく嘆息した。
|
|