3-3. c
2019 / 03 / 17 ( Sun )
 そうして、はじめの邂逅からしばらく経った頃。

 下層の者がより裕福な家に使用人となるために売られるのは、当時にはよくあることらしかった。集団生活においての間引き、口減らし。たとえ売る側が得るのは一時のみの対価であっても、それを選択する家は少なくなかった。

 なかでも七男の家のニンゲンは「華人」と呼ばれる異邦の少数民族の枠に入るらしく、街に出ても働き口は限られていた。うまく成り上がったほかの華人の家に受け入れてもらうのが、ひとつの生き方だったそうだ。


 潮の匂い、浮遊物が波に揉まれてぶつかり合う音。
 何日も前から姿が見えなくなった七男の気配をたどった先が、港だった。物陰に縮こまっているところを背後から無遠慮に話しかけたら、見慣れた泣き顔がこわごわと振り返った。

 目が合うなり、表情が目に見えて和らいだ。よほど心細かったようだ。
 ミズチは隣に腰かけて、これまでどうしていたのかを聞き出した。売られたのだと聞いても、これといって感慨は沸かなかった。それならそうともっと早く教えてくれれば、探し出す苦労を省けたのに。

「つーかおまえはそこまで理解してて、なんでないてんだ」
「うぅ……『ご主人』がすっごく、きびしいんだ」
「それがどうしたよ」

 衣食住を得る代わりに働くという仕組み、力関係はもとより一方的だったのではないか。わかりきっていた現実をいちいち嘆く理由が、ミズチにはつかめなかった。

「いたいのもこわいのも、もうやだ……」
 言われて見れば着物からのぞく手足が生傷だらけである。まるで鞭に打たれたような痕だった。足は泥に汚れ、皮膚がめくれて鮮血が滲んでいる。
 何度目かのせっかんの後、七男は思わず敷地から飛び出したのだと言う。当然、行き先に当てなどなかった。

「なんならおいらがそいつ、始末してやろーか」
「だめだよ! ご主人がいなくてどうやっていきれば……それに、ご主人はぼくの『しつけ』のためにやってるだけだって……」
 途中から己の言い分に自信を失くしたのだろう、声が消え入り、ついには波の音にかき消されてしまった。

「じゃあもどるんか]
 逆に提案してやった。だがそれにもはっきりとした否定が返ってきた――無我夢中で逃げ出しただけに、帰り方がわからないらしい。
「妖怪……ご主人のいえ、どこかわかる?」

「むり。接触したことないヤツの居場所なんてどーやってみつけだせってんだ。いまのおまえにはいろんなニオイがついてるし」
「ど、どうしよう。これからどうやっていきよう」
「そのうちだれかがさがしにくんじゃねーの」

「さがしに……さがされたら、また、いたいかな……」
 目を泳がせて爪を噛む少年に対し、ミズチは頷いた。文脈から考えて、ある程度の覚悟は必要だろう。
 七男は再び泣き出しそうな顔をした。だがそれよりも早く、腹部から空気の入った袋をねじるような音が響いた。

「とりあえず腹へってんなら、カタツムリでもくう?」
 ミズチはつい先ほど採ったばかりの食糧を差し出した。
 お約束のように叫び出すかと思えば、七男は気分悪そうに顔を歪めただけだった。やがて、おずおずと手を伸ばす。

「おっ!? くうんか!」
 つい、歓喜に大声を出してしまった。
 これまでにもさまざまな食べ物を差し出してみたものだが、このニンゲンがそれを受け入れた回数は、まだゼロであった。
 言っているそばから、手が引っ込められた。

「や、やっぱりやめる……それ、どうみてもまだうごいてる……」
「うごかなければいーんだな」
「火! 火、とおして!」

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