3-1. e
2018 / 11 / 05 ( Mon )
(誠実そうなひと)
 驚くべき印象の違いだ。この捉え方がむしろ逆か、ラムがオリジナルなら、ナガメが海賊版のようなものだろう。彼が真似たのは明らかに容姿だけである。
 立ち去ろうとする青年を、少年が呼び止めた。正確には草履の後ろを、かかとが離れた瞬間を狙って踏んづけたのである。ラムは盛大にたたらを踏んだ。

「げんきだせよー」
 そう言って着物の懐から何かぬめったものを取り出す。手の平に触れた感触は冷たく、感覚を共有している唯美子は、背筋を這うような気色悪さをおぼえた。だがそうであっても悲鳴は出せない。

「……また蛙をとってきたのか」
 振り返ったラムの表情に驚きや嫌悪は表れておらず、ただ呆れがあった。
「おう。蔵なんかにたよらなくてもたべものはそこらじゅうにあるだろ」
 それには、ラムは少し笑ったようだった。
「食糧難が気がかりで元気がないわけじゃないさ。蛟龍、お前は相変わらずだな」

「なんだよ。たべねーの?」
「焼けた時の匂いで周りに興味を持たれたら困る。この国はどうやらあまり蛙が食卓にのぼらないようだ」
「はあぁ、ニンゲンは気にするトコが多くてめんどくせーなー」
「仕方ない。前にも話しただろう、人間には群れが必要なんだ。嫌われたら困るし、少なくとも僕は居場所が欲しい。暖かいごはんや屋根のついた家を持っていても、安心して帰れる家じゃないと意味がない。人の気配を感じながら目を覚ましたいんだ」

「ラムはひとりぐらしじゃん。カゾクいないじゃん」
「隣の家から漏れる子供の声や朝餉の匂いがあるからいい」
「ふーん。おいらはひとりのが安心できるけどな」
 わからない、との内なる声が聴こえた気がした。

(ナガメには前者のふたつだけで十分なんだ。お腹いっぱい食べられて雨風にさらされないなら、それで満足なんだね)
 仲間や同族に囲まれた団らんをこいねがうことがない、個のみで完成された生物。生殖能力も備わっていないから伴侶を求める必要もない。それを唯美子が寂しいと思うのは、余計なお世話なのかもしれない。

(このひととは仲良さそうだけど)
 話しぶりからは旧友のような距離感が読み取れる。
 水に映った屈託のない笑みを思い出す。織元とは嫌々関わっている風に見えたナガメが、この青年には飛びついて近付いていったのだ。ラムの方も、異形のモノと知っていながら邪険にしない。

「おまえさ」
「ん?」
 深刻そうに話を切り出そうとする少年。対する青年は、三角笠の紐を結び直しながら、微笑を返す。
 ナガメが何かを伝えようとして躊躇したのが、わかった。

「……これからなにすんの? ひまならあそぼうぜ」
「残念ながら暇ではないな」
 遥か遠くを流れる薄雲を見上げて、ラムは頭を振った。
「んなら、やることおわったらあそんでー」
「家事や用事が終わるのが夜中だったら、さすがの僕も疲れて遊べないぞ。ちなみに具体的に何がしたいんだ」

「んーと、カエルとり……?」
「その手に持っているものは何なんだ!」
 鋭く突っ込んでから、ラムはハッとして辺りをきょろきょろと見回した。怒鳴ったのが誰かに聴こえなかったのか気にしているらしい。

「とにかく情報を提供してくれたのは感謝している。また今度、相手になるから」
「ほい。じゃーな」
「以後《イーハウ》再見《ジョイギン》」
 意外にあっさりと別れの挨拶を交わした。ラムの後ろ姿が民家の中へ消えるのを待たずに藪の中へ戻った。

「おまえにはせめられないだろ、あいつが。きっと同情する」
 ため息交じりの独り言。瞬間、唯美子には手に取るようにわかってしまった。
 ナガメはあの青年の未来を憂えていた。
 確かな予感をもって、心配、していたのだった。


「――嬢。ユミコ嬢! お気を確かに」
 近くで呼ばわる美声が、意識を現実あるいは現代へと引き戻す。視界が明瞭になると、至近距離に織元の顔があった。長髪から滴る雨粒が唯美子の頬を打つ。
「あの、わたし、」
「よかった。戻って来られたのですね」
 彼が唯美子の身を襲った現象をしっかりと把握していることを、戻ってきた、の言い回しが物語っていた。問い質すも、織元はとりあえず屋内で話をしようと答えた。



お待たせしてしまいすみませぬ(o_ _)o))

旅行から戻ってきて風邪に翻弄されてましたが、それ以外には大きく体調を崩すことなく普通に生きてます。ねむい。

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