3-1. a
2018 / 09 / 10 ( Mon )
 山奥の茶屋から日没を眺めていた。向かいの席には大層うつくしい男性、その横顔は、暮れ行く太陽の最後の熱気を受け取るかのように赤く染まっている。
 映画のワンシーンのような光景――それに、唯美子は見惚れるよりも落ち着かなさをおぼえていた。

 肩よりも長い黒髪と目の上にひいた朱色が印象的な男性は、逆に肌が陶磁器のように白かった。彫りが深く端正な顔の中にある黒目は意外に大きく、丸みを帯びていて、可愛らしいと言えなくもない。

 自らを織元と名乗った男性は銀鼠の着物を着こなし、湯飲みを片手でもてあそびながら頬杖をついている。深い物思いの最中なのかわからなくて、唯美子は声をかけづらい。そもそも共通の話題と言えば、彼を狸野郎と呼ぶナガメだけだ。

 当のナガメはこの場にいない。茶屋に着くなり、織元に「近くの温泉からバケモノ払いの依頼が入っています。即刻行ってきてください」と送り出されたのである。しかも出るのは女湯らしく、ナガメはご丁寧に若い女子の擬態をしてから出発した。

「ユミコ嬢」
「え、あ、はい」
 にわかな呼びかけに狼狽する。
「お茶のおかわりはいかがですか」
 滑らかな声だ。はちみつの海をたゆたうような、撫でられる猫が出す声のような。男性が微笑むと、大きな目がやさしく細められた。ドギマギせずにはいられない。

「じゃあ、いただきます」
「ええどうぞ」
 織元はふわりと腰を上げ、優雅な仕草で急須を傾けた。湯気と共に、ほうじ茶の芳醇な香りが鼻孔を通り上がる。
 再び席に腰かけて、織元は破顔した。

「やはり、ヒヨリ嬢の若い頃の面影がありますね。こうしてお会いできてうれしいですよ」
「私もおばあちゃんが師事した人に会えて、うれしいです」
 そう返せば、彼はくすくすと上品に笑った。そういえば彼は人ではないのかもしれないと唯美子は遅れて気が付いた。
「型だけです。もともと才能のある娘でしたので、基本だけ教えたらあっという間に伸びたものです」

「そうでしたか」
「時にユミコ嬢、ミズチはどうです。迷惑をかけられてはいませんか」
 話題を変えた途端、織元の柔らかい雰囲気も一変し、わずらわしいものを思い浮かべる顔になった。
「迷惑だなんてそんな。いつも助けられてます」
 唯美子は両手を振って否定するが、織元は胡乱げに応じる。

「本当に? あの者は長く生きていながら他者とあまり関わってこなかった弊害で、気配りなどまったくできませんし。何かあったら遠慮なく相談してくださいね」
 そう言って彼はスマートフォンを取り出して番号交換を促した。この浮世離れした山奥の茶店の主人は、見た目に反して現代的であった。電波が届くのも驚きだ。
 連絡先をお互いに登録すると、唯美子はひとつ訊ねた。

「ミズチとは知り合って長いんですか」
「あの者がこの国に来てしばらく経ってからですね。百五十は超えますが、おそらく、二百年に満たないかと」
 唯美子が無言で驚愕している間、織元は茶をのんびりとすすった。

「そんなに経ってるんですか。あれ、彼は自分のことを五百年とちょっとを生きてるって言ってたから……何歳くらいで日本に来たことに……?」
 織元は意外そうに眉を吊り上げた。
「五百? ああ、あの者はサバをよんでいますよ」
「えっ、どっちにですか」

「実際に生きた年数はもっと多いはずです。大雑把さゆえにおぼえていないだけとも考えられますが、私の推測では、別の理由があるように思います」
 ふう、と織元は湯飲みの縁に息を吹きかけた。数秒の沈黙の後、話を続けてくれる。
「千五百年を生きた水蛇はおのずと龍に昇格します。そのことを周りに感付かれれば面倒だからと、なるべくごまかそうとしているのかと」

「龍に……」
 例によって実感の沸かない話だった。
 いわく、水蛇は五百年で蛟に、さらに五百年経て龍になれるらしい。そこから五百年、また千年生きればより上の階級に進めると言うが、いずれも龍神である。蛟とは龍神の幼体なのだ。


こいつらいつもお茶のんでんな…( ^^) _旦~~

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