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2018 / 03 / 01 ( Thu ) まどろみがじわじわと冷気に侵される感覚に――またこの夢だ、とぼんやり思った。 風景は涙で滲んだようにおぼろげで、向かい合っているのが自分と歳の近い男児だというのがわかるだけである。大好きな祖母が亡くなってしばらく経ってから、繰り返し見るようになったものだ。 なぜか夢の中の自分は悲しい。理由はわからないが、息苦しいほどに悲しくて、消えてしまいたい。 「なくなよ。おいらがゆみをまもるから」 水音のような雑音が混じる中、そのセリフだけはちゃんと聴き取れる。涙に暮れる自分を、男の子は根気強く慰めてくれているのだ。 やがて安心して、彼にうなずきを返す。 「うん。ありがと」 少年の顔はぼやけて不明瞭だ。なんとなく懐かしく感じる声も、ひとたび目を覚ませばどんなものだったか思い出せなくなってしまう。 けれど、温かい。 握った彼の手がぬるま湯みたいにやさしかったのは、いつも起きてからも鮮明におぼえている。 * 耳元に響く虫の羽音にびくりと震えた。 漆原《うるしばら》唯美子《ゆみこ》は眠気の抜けない頭をゆっくりと仰向ける。 白いビーチパラソルの向こうでは、薄い雲に縁どられた太陽が輝いていた。 七月半ばの今日は、風が弱く、ひたすらに暑い。傘の下から出たら、たちまち茹で上がってしまうことだろう。 ビーチチェアの上で足を組み直し、唯美子はスマホの表示を確認した。まだ午後の三時を回ったばかりである。 漏れ出すあくびを手で覆った。 (うたた寝でも、あの夢みるんだ) ここまで何度も見るとは意味深だ。夢という形の記憶の再現かもしれない。 そうであれば、あの男の子は一体誰なのだろう。心当たりはまるでなかった。 (昔のアルバムを探せば出てくるかな? こんど、お母さんに頼んでみよう) あるいはこの夢は唯美子の秘めたる望み――守ってくれる幼なじみが欲しいとか――を映し出しているとも考えられるが、それこそ心当たりがない。 まあいいか、と両肘を抱いて大きく伸びをした。 浅瀬で会社の同僚たちが男女混合でビーチボールを飛ばし合っている。 こちらの視線に気付くと、友人の真希がポニーテールを揺らしながら大きく手を振ってきた。 「ゆみこもおいでよー!」 「ごめん、むりー」 声を張り上げて応じた。 こんなにも暑い中、太陽の下を動き回る体力がないとか、もうしばらくくつろいでいたいというのも一因だが、唯美子は基本的に海に入らない。海に限らずとも、水深が身長を超えるのであれば河もプールも入りたくない。 なにしろ泳げないのだ。基本動作は学校でちゃんと身に付けたのだが、過去に溺れて死にかけた体験があって、そのトラウマが脳裏に刻み付けられたのがいけない。 浅瀬ならかろうじて入れなくもないが、気乗りしないのであった。 真希もその辺りの事情を了解しているため、残念そうに眉を垂れ下げたものの、食い下がらなかった。 ボンッ! と爽快な音を立ててビーチボールが天高く飛び上がる。 楽しそうだな、と思う。交ざりたいとまでは思わない。元より唯美子は今日のイベント自体に乗り気ではなかった。 こういった騒がしい場は得意ではない。休日は屋内で静かに過ごす方が好きなのだが、友人が「内陸県はつまらないわね! 経理課の先輩方を誘ってさ、海行きましょ、海!」と意気込んだので、気圧されてついてきた。 男性陣とお近づきになりたいという明確な目的を持った真希と違って、唯美子は恋愛や婚活にそれほどやる気がない。入社二年目、彼氏いない歴、三年。周りの心配はともかく、現状ではおおむね独身生活に満足している。 (もっかい寝ようかな) ぐるんと横を向いてみた。 ところが、妙な邪魔が入った。 先ほどの虫がしつこく付きまとう。どれほど振り払おうとしても、戻ってくる。 改めてよく見てみたら、それぞれ深い青と茶色の立派なトンボが二匹、寄り添うように飛んでいた。 立派過ぎる。 これでも田舎育ち田舎住まいだ、虫にはそれなりに耐性がある。が、手の平の大きさともなると、さすがに背筋がぞわっとした。 ビーチチェアの上で精一杯、後退った。 久しぶりすぎて操作の仕方をやや忘れていた管理人は私です。 |
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