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零 - b
2017 / 02 / 15 ( Wed )
(でも待って。入り口だけでもこんなに足が竦むのに、実際に中にいる人はもっとキツイわよね)
 想像を絶するような想いをしているのではないか。
 そう考えると、萎みかけていた闘志がまた燃え上がった。兵士を睨み付けて、返事を吐き捨てる。

「口の利き方がなってないわね。あたしは大公陛下の公賓よ」
 しゃがんだ体勢から素早く立ち上がり、セリカは己の胸元を飾る豪華なガーネットとカーネリアンの首飾りを見せびらかした。いかに宝石大国と言えど、これほど多くの宝石をあしらった装飾品は一般人にとってはなかなか目にすることができないだろう。
 案の定、兵士は青褪めながら何度か謝った。
「し、しかし失礼ながら……なにゆえ、やんごとなきご身分のご婦人がこのような場所に、ひとりで……」

「中の人間に用があるから来たに決まってるでしょ。通しなさい」
「なりません! ここは牢です。それに、第二公子から何者も通さぬようにと言い付けられておりますゆえ」
 ――第二公子?
 あの腹黒ロン毛野郎がどう絡んでいるのよ、などと訊き返すことはできない。セリカは呆れたような、わざとらしいため息を吐いた。

「そんなのあたしの知ったことじゃないわ。通して」
 すごみつつ、戸の方に一歩踏み込む。
「な、なりませぬ」
 衛兵が慌てて扉を引こうとしているが、セリカの方が一瞬早かった。

 ――ガン!
 右の踵で強引にこじ開ける。次いで左足で跳び上がり、兵士の顔面を着地点とした。男はぐうと呻きながら崩れた。
 遅れて、扉がけたたましく閉まった。視界が一気に暗くなる。

「何奴!」
 近くに待機していた別の衛兵が、騒ぎを聞きつけて駆け寄ってくる。
 迷わずセリカは壁の松明をもぎ取り、相手に向かって投げた。
「うわあ!?」
 兵士は突然の熱さに慌てふためき、更には地面に落ちた松明に足をひっかけて、盛大に転んで地に伏せた。あまりに鮮やか過ぎる。まるで誰かが脚本に書いたみたいな展開だ。

(ごめんなさい!)
 謝るのは心の中だけにして、セリカは全力で走り去る。邪魔なドレスの裾は、両手で握り締めて捲り上げた。
 しばらくの間、殺風景な廊下が続いた。
 どこまで走ればいいのだろう。

 焦りが段々と強まる。頭がおかしくなりそうだ。一定の間隔で左右交互に現れる壁の灯りを、ついつい数えそうになっている。
 異臭が濃くなり、一息つく為にセリカは足を止めた。向かう先の方に、鉄格子の輪郭が浮かんでいる。

(……もう手遅れだったりしないわよね)
 どうして彼は牢に入れられたのだろう。第二公子の差し金らしいが、この国では今、何が起こっている――?
(朝から何かがおかしいのはわかってたけど)
 こうして考える時間さえもが勿体ない。セリカは再び走り出した。

「ねえちゃーん、きれいなおみ脚だねえ。ちょっと股開いてみなー?」
 闇から、しゃがれた声が響く。
「ありがとう! この脚はあんたの空っぽな脳みそを蹴飛ばすために、長くできてるのよ!」
 最初に通り過ぎた独房のいくつかは、中を確認するまでもなかった。下卑た文句を投げつけてくる者、猫なで声で呼びかけてくる者、不気味な奇声を発する者。それらの中に探し人は居ない。

「エラン! どこなの!?」
 闇が深くなっていく。気分が悪い。
 気のせいだろうか、通路の灯りの間隔が長くなっているようだ。と言っても真相はきっと単純で、奥に入るほどに松明の火が補充されていないだけなのだろう。

 ――ああ、なんてひどい場所だ。
 走りながら時々、サンダルの裏から大きな虫を踏み潰したような気色悪さが伝わる。四方から響く鼠の鳴き声が頭の中で反響している。あと数分この場に留まるだけで、気が狂うのは目に見えていた。
 囚人たちには同情せざるを得ない。

「ねえ! 聞こえてるなら返事しなさいっ!」
 ――はやく、早く助け出そう。こんなところに長く居てはダメだ。むしろあいつが此処に閉じ込められていると想像するのが、辛い。
 つい先日、屋内で眠るのが嫌いだと言っていたのを思い出す。
 最早息も切れ切れだが、急く気持ちに背中を押されて、セリカは必死に叫んだ。

「――エランディーク・ユオン!」



念のため補足しますと地下牢の床はめっちゃ水たまりだらけなので松明落としたくらいでは火事になりません。

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