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四 - d.
2017 / 04 / 14 ( Fri )
 セリカはしばしの間、公子の言葉を咀嚼した。

(遠くを見ていて一緒じゃないのが怖い、って家族として足並みが揃わないことへの不信感? それとももっと別の意味が?)
 子供の言うことだ、鋭い洞察眼で深いことを言っているのかもしれないし、的確な表現が出て来なくてこの言葉で代替しているだけかもしれない。

 足並みが揃うかどうかなんて話は、そもそもこの兄弟にとってはあまり意味を持たないような気がする。皆個性の強い者ばかりで、普段は離れて暮らしているのだから。

(この子の感じているものは、あたしが感じた印象とはどう違うのかしら。そりゃ、一日やそこらで人の何がわかるわけでもないけど)
 結婚すれば、一生をかけて知り合う時間がある。考えても仕方ない気がしてきたので、止めた。

「よくわからないわ」
 セリカは諦観じみた感想とため息を漏らした。それを聞いて、アダレムがまた唸り出す。
「ぼくもよくわかりません」
「そ、そうよね、変なこと訊いちゃってごめんなさい」
 子供相手に気まずい空気を作ってしまったことを自省する。
 そこで見計らったかのように、腹の虫が大きく鳴った。セリカは誤魔化すでもなく自然に笑う。

「あたしもそろそろ行かないと。またね、アダレム公子」
「はい! また、ですー」
 アダレムは元気いっぱいに両手を高く振った。会釈して、セリカは溜め池から離れた。
 やがてさりげなく合流したバルバティアが、意味深に口角を吊り上げていた。目の奥の煌めきが、彼女が全てのやり取りにしっかり聞き耳を立てていたことを示唆している。

 ――恋か。恋の話がしたくてたまらないのか。話が膨らむような、大した材料も無いのに。
 侍女の考えに勘付いていながら、セリカは敢えて何も言い出さず、そして彼女にも何も切り出す暇を与えずに足早に朝食に向かった。

_______

 あれから数時間後、過ぎた満腹感をほぐそうと、宮殿の建築物を鑑賞しながら散歩をしていた際に。
 あの男の声が耳に入った。辟易するしかなかった。

(用も無いのにナゼ……! 狭いの? この広々とした宮殿って実は見た目より狭いの!?)
 どう考えてもそれはあり得なかった。ムゥダ=ヴァハナの公宮がいかに贅沢な面積を誇っているのか、昨日から何度か散策しているセリカにはよくわかる。
 それにしても、数秒聴いただけでエランの声だと判別できてしまう己の耳にも驚いた。
 いくらこの地での知り合いがまだ少ないとはいえ――空しくなってくる。

(ともかく、顔を合わせたくないわ)
 つい避けてしまうのは、こう何度も鉢合っていては暇人と思われそうなのが不本意だからだ。そして夜に食事を共にする約束をしている身で今も会ったりすれば、まるで――
(まるで待ちきれないみたいじゃない)
 断じて、そのような浮き立った感情はない。

 セリカは自分が今しがた回るところであった建物の影にて足を止め、一呼吸の後、身を翻そうとする。幸いと今は一人で行動しているので、急な方向転換をしても不審がる供が居ない。
 ふいに風が吹いた。さわり、と優しい音を立てて草花を揺らす。春の暖かさをのせたその風はセリカの被り物のヴェールをも撫でて行った。

 それが通り去るや否や。
 女の子の声がした。抑揚の付け方が音楽的で、可愛らしくも気品のある印象を醸し出す。つい聞き惚れて、聴き入ってしまった。
 共通語ではない。確かこれは、ヌンディーク公国の古くからある言葉だ。初めて聞いた時は喉の奥から絞り出すような音素が多くて粗暴そうな言語だと思ったが、少女が流暢に話すそれは、花の底に秘められた蜜のように甘やかに響いている。

 顔を上げたら、常緑樹のような色合いの双眸と目が合った。すぐさま目を逸らす。足の方は、縫い付けられたように動かない。
 バルコニーに敷かれた絨毯上の卓を、二つの人影が囲んでいた。背を向けている方が会いたくない男のそれで、こちらに身体を向けている方は――目を疑うほどの美少女だった。

 異国の公女を想像しろと言われたならば、こんな姿を思い浮かべたかもしれない。
 明るいレモン色のヴェールの下から覗く陶磁器のようなきめ細かな肌や艶やかな黒髪が、まず目を引いた。垂れ気味の大きな目や長い睫毛にはあどけなさが残っているが、本人から滲み出る品格は、身に着けている耳飾や首飾りなどの煌びやかな装飾品を従えさせているかのような存在感を放っていた。

 また一瞥してしまう。するとふっくらとして桃色の唇が綻んだ。こころなしか茶目っ気を含んでいるような形に見えた。
 少女は卓の縁を滑るようにして身を乗り出した。細い腕を伸ばし、向かいの席の青年にもたれかかる。

「やっとお会いできて嬉しいですわ。わたくし、寂しくて死にそうだったんですのよ! 夜は一睡もできなくて――ずっとずっと、お会いしとうございました。もう絶対に離さないでくださいましね」
 いつの間にか北の共通語に切り替わったらしい。一言一句、漏れることなくその言葉はセリカの脳に届いた。
 考える余裕は無かった。ただ、どこか冷めた心持ちになってゆく自分を自覚した。

「リューキネ……」
 少女の熱烈な求愛行為に対して、青年はそっと華奢な肩に触れ――
「どうした。急に気持ち悪いことを言うな」
 次いで少女の頬を思い切りつねった。「山羊の乳か? ヨーグルトか? 腐ったものを飲み込んだなら、早く吐き出せ」



リューキネは平野綾っぽいですかね。
「蜜」が「響く」って表現的にどうなのよと思っていますが、代替が思い付かないので今はこのままでw

どうでもいいですか副垢つくりました https://twitter.com/kino_eudo

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