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四 - a.
2017 / 04 / 07 ( Fri )
一晩かけて心身ともによく休んだ後だと、己が昨夜エランディーク公子にどれほどの醜態を晒したのかを改めて理解できた。
 顔を合せづらい。が、幸いと今日は偉い人からのご指示がない。好きにくつろいでいてくださいとの通達を受けただけで、何の予定も組まされていないのだった。

 結婚式は明日だと言うのにこんなにのんびりしていいのだろうか。そう思いながらも、セリカはバルバティアを連れて気晴らしに庭園の中を散策する。
 小鳥の囀りに耳を傾け、ほのぼのとした気分になる。
 薄っすらと曇った涼しい朝だった。ひんやりとした空気を吸い込む。

 新緑に囲まれた溜め池の傍ら、石造りのベンチに腰を掛けてセリカは軽く目を閉じた。
 日差しが心地良い。祖国の公宮に居た頃も、自然が濃い場所を探すのが好きだった。こうしていると、異国に来たという感覚がいくらか薄れる。
 昨日の盛装と比べて本日の格好は簡易的だ。被り物もベール一枚を頭にかけただけである。

「ところでバルバ」
 セリカは振り返らずに、後ろに控える侍女に呼びかけた。
「なんでしょうか、姫さま」
 彼女はいつも通りに明るく応じた。それを受けて、セリカの心に後ろめたさが過ぎる。昨晩の出来事の数々は、あまりにひどい話だと思ったため、バルバには話せないでいる。今もまだその話題を切り出すつもりはない。

「恋って何? 何をもってすれば、恋愛感情なの」
 首を巡らせて、真剣に問う。
「まあ」バルバは白い手を顎に当てて驚きの表情を浮かべた。「姫さまが恋に興味を持つなんて、珍しいですね。いえ、話題にされるのは初めてではありませんか」
「十九歳にもなって、今更よね」

「いいえ、いいえ。幾つであろうと遅すぎることはありません。そうですね……人並みなことしか言えませんけれど……」
「それでいいのよ。どうせあたしは、年頃の女友達と気になる殿方の話なんてしたことないもの」
 瞬間、バルバの薄茶色の双眸に同情が走った。
 ――しまった、自分を卑下するような発言はほどほどにしないと。
 憐れみが欲しいわけではないのに、気を遣わせてしまうからだ。セリカは笑って続きを促した。

「幼馴染とはどんな感じなの」
「えっと、なんと言いましょうか。近くに居るだけで楽しくて、胸の奥がぽわっとします。触れるとすごく幸せで。もっと触れて欲しいって思うんです。離れている時は、今頃何してるんだろうって考えながら過ごします。わたしの感じるものを見せてあげたいって――次に会ったらこんなことがあったよって、ぜんぶ伝えたくなります。他にも、ふとした匂いなどのきっかけであの人を思い出したりして……」

「…………」
 笑顔を張り付かせたまま、硬直した。
 なんていじらしい娘だろう。国境の向こうに居る男を想って顔を赤らめ、その男の話をしているだけで、口元を緩みに緩ませている。彼女をできるだけ早く故郷に帰してやる為に、セリカも頑張ってヌンディーク公国に順応しなければなるまい。

「幸せそうで何よりだわ」
「ハッ! な、なんてことを言わせるんですか姫さま! 恥ずかしい」
 終いには、小さな悲鳴を上げて、そばかすに彩られた頬に両手を添えている。
(想像できない。あたしにもこんな風になる日が来るの? もっと触れて欲しいって、どゆこと)

 忘れてはいけないが、セリカが恋愛できる相手と言えば――あの男でなければ不義の恋しか選択肢は無いわけだが、後者は絶対にありえない。
 恋はするものではなく落ちるものだとどこかで聞いたことがある。ではあの男と恋に落ちるのかというと、やはり想像が付かないのである。

(まあ恋愛感情を抜きにして、良妻賢母になればいいし)
 早くも人生の方針が決まりかけたところで、この話を畳むことにした。散策を再開する。
 池を一周し、そろそろ朝食に向かおうかなと考えた頃に、庭園に人の気配が増えた。ご挨拶に伺おうと思って身体を向けてみると――

 ぴょこぴょこと小さな人影が視界の下方を横切って行った。見覚えのある子供が、小動物を追いかけている。
 その五歩後ろを、困った顔で追いかける女性がいた。目元以外が布に隠れているからにはおそらく使用人、子供の世話係だろう。
 暫時、彼らの挙動をバルバと共に見守った。

「りすさん、りすさん。まってくださいー」
 男児が可愛らしい声で呼びかけながら小動物を追い回す。しかし追いつくことは叶わず、悲しいかな、道端の石に爪先を引っ掛けて転んでしまった。
 びったーん! と派手な音を立てて、うつ伏せに倒れる。よくあることなのか、世話係は動じていない。これを機にセリカは幼児に接近してみた。

「アダレム公子?」
「わっ! おひめのおねえさま!」
 ――斬新な呼び方である。
(かわいい)
 セリカは顔を緩ませないよう、必死に平静を装った。

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