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二 - c
2017 / 03 / 03 ( Fri )
 すると人影が一斉に立ち上がった。席はわかりやすく男女に分かれている――入り口から向かって右側に女性が三人、左側に男性が四人。
 更に奥に一人。セリカの立ち位置から最も離れている、楕円の対極に居る人影は、妙に小さかった。

(幼児……?)
 身長の低さといい肩の細さといい、子供で間違いないだろう。不思議に思ったものの、すぐに思考は遮られてしまう。
「ようこそ、殿下」
 一番手前に居た長身の男が代表して迎えてくれた。彼は膝に手を置き、腰を直角に折り曲げた。この国の旧い方式での礼だ。

「こんばんは。今宵はお招きいただき、ありがたき幸せにございます」
 セリカも同様に深く腰を折り曲げて礼をする。
「長旅でお疲れでしょう。さあ、お席へどうぞ。すぐに料理を運ばせます」
 長身の男はにこやかに言って、セリカの座るべき位置を掌で示した。女性側で、ちょうど一番手前の辺りがくっきりと空いている。
 その言葉を機に、他の六人も腰を下ろしていった。

「ありがとうございます」
 条件反射で微笑を返した。自らの席へと足を運びながら、さりげなく他の女たちの座り方を目に入れた。彼女たちは一様に膝を揃えてはいるが、踵を各々好みの角度で斜め横にずらしているようだった。
(踵の上に腰かけなくていいのなら、座って食事をしても足が痺れなくて済むわね)
 納得して、皆に倣う。乱れた衣服の裾を丁寧に拾い上げて揃えたりもした。

 ――さてどうしたものか。
 絨毯に施された美しい刺繍を視界に収めながら、この場で守るべき作法を幾つか思い起こす。視界の端で、燭台の炎がちらついた。
 きょろきょろしてはならない。必要以上に異性と目を合わせてはならない。

(無茶な話よね。向かい側に居るのが異性だけだってのに)
 集まっている面々がどんな人間なのか、じっくりと観察したい。好奇心が疼いて仕方がないのに、セリカは膝上で組み合わせた自身の指先を見つめることしかできない。
 背後で使用人たちが動き回っている気配がする。彼らはよく訓練されているのだろう、音を一切立てずに馳走を盛った容器を運んでくる。セリカの侍女たるバルバも、手伝っているはずだ。
 このようなぎこちない時間は、幸いと長く続かなかった。

「では料理が揃うまで、我々から殿下に順に自己紹介をいたしましょう」
 最初に迎えてくれた男がそう提案したのである。
(よしきた!)
 意識して、なるべくゆっくりと顔を上げた。

 真正面には言い出しっぺの彼が座している。二十代後半だろうか、立派な髭を生やし、威風堂々としていていかにも公族然とした風貌だ。頭には布を巻いているが、女性のそれとは違って布をより立体的に分厚く巻いている。これは確か「ターバン」と呼ばれる代物であった。

「お願いします」
 短く答えて、男の次の言葉を待った。
 ところが横合いから、正確には右に一席ずれたところから、別の声が上がった。
「いいんですか? 揃ってないのは料理だけじゃないでしょう、兄上」
 セリカは思わず言葉を発した者に視線を移した。

 艶っぽい声で話した男は、これまた艶っぽく微笑んでいる。歳の頃はそう変わらないだろうに、彼が兄と呼んだ隣の男との対比がまず目に付いた。
 同じ伝統的な衣装であっても、弟の方は詰襟のシャツをはだけさせている。かけ外されたボタンの間から胸板が覗くが、その着崩しようはだらしないというよりは、色香をうまく演出していた。

 長い髪は高く結い上げられ、そして何故かターバンは解かれて肩にかかっているように見えた。
 髭を生やしていないからか中性的な印象を受ける。
 彼はこちらの眼差しに気付いて、満面に笑みを浮かべた。

「ああどうも。私はアストファンと申します、麗しい姫殿下」
 不覚にもセリカは返答に窮した。建てた片膝の上で頬杖をつき、流し目を送る美形の男がそこに居るのだ。客観だけでなく主観で見てもたいそう色っぽいとは思うが、この場合はどう反応するのが正解だろうか。
 とりあえず「うふふ」と笑っておいた。

「アストファン、おまえ……! 順番を守れ! それと、ターバンはちゃんと頭に巻けと何度言わせれば気が済むのか!」
「ああ、耳元で叫ばないでください、ベネ兄上。そんなに形式を重んじる必要があります? これから家族になるというのに」

 煙たそうな目で、長髪の美形――アストファンというらしい――がのんびりと仰け反った。
 自由な男だ。おそらくは場の流れをつっかえさせる類の自由さである。
 それを制したのは、アストファンから二つ右の席の少年の特大なため息だった。

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