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七 - a.
2017 / 07 / 04 ( Tue )
 助けてくれ、と御者が叫んだ。悪いが前金だけでずらからせてもらうぜ、分が悪い戦いはしない主義だからな、と用心棒は叫び返した。宣言した通り、彼は魔物の一体を切り伏せてから即座に退散した。
 なんとかセリカは起き上がることができたが、足がその場に凍り付いてしまっていて動けない。

(分が悪いって……)
 或いはセリカが認識した二体以外にも魔物が居るのか。周囲を見渡そうにも、できない。御者の男が四本腕の魔物に喰われている、その惨劇から目が離せないのである。
(逃げなきゃ)
 魔物が弓なりに仰け反った。腕が多い点を除けば人に似ていなくもない形状だ。首の付け根辺りから垂れる大きな舌らしき器官が、気味悪く宙をうねった。

 異形のモノの次の獲物に選ばれるのも時間の問題だ。そう思うと手が勝手に動き出した。視線で敵影を捉えたまま、指だけで近くをまさぐってみる。
 そうしてセリカの指が枝と似た手触りのものを探り当てたのと、魔物が捕食行為を再開したのは、ほぼ同時だった。
 その隙に手の中の物を確認する。

(ああ、逃げるなんて選択肢は、取れないわよね)
 弓矢を構える。
(任されたんだから)
 小さく笑みを零した。初対面で「生き物を狙ったことがないだろう」とエランに言われたのを思い出す。
 実際のところ、生き物を狙ったことはある。ところが魔物を狙ったことは――。

(どこに狙いを付ければいいのよ。あんなのに弱点なんてある!?)
 視界の中心で、矢頭が激しく震えている。弦を緩めて一度深呼吸をしてから、再び引く。
 頭部らしき箇所に向けて矢を放った。一瞬後に矢は的中し、耳障りな絶叫が響いた。
 魔物はこちらに向かって四本の腕を伸ばした。そして、跳んだ。

「ひっ!?」
 恐怖に喉が引きつった。それでもかろうじて手は動く。
 ――次の矢を番えて放つ――!
 放った矢がアレの胴体らしき部分に当たったのは、奇跡としか思えない。魔物は身をよじり、セリカからは十歩離れた地点に落ちた。

 そこでほっと胸を撫で下ろしたのがいけなかった。
 生ゴミのような臭いが鼻を突いたため、反射的に、左に首を巡らせたら。新手の獣(けだもの)のかぎ爪がすぐそこにあった。
 骨の髄までしゃぶり尽くされるイメージに支配される――が、目を瞑った間に、甲高い衝撃音が弾けた。

(どうして? どこも痛くない……)
 疑問に思って目を開ける。
 目の前に人影があった。地べたに腰を抜かしたままのセリカを庇うようにして、魔物の前に立ちはだかっている。湾曲した長いナイフでかぎ爪を止めたのだ。

「え――エラン!?」
「おまえ、は……さ、がれ……!」
 途切れ途切れながら、返事があった。瞬間的に意識が浮上してきたのだろうか。
 いつかのように、腰が抜けて立てないですなんて返せる雰囲気ではない。セリカは這って後ずさり、脅威との間に距離を開けた。

 魔物と応戦するエランの援護をしてやりたいけれど、双方の立ち位置が目まぐるしく入れ替わっていて狙いを付けられない。
 やがて魔物は倒れ、肩で息をする青年だけが残った。その時点でセリカはもう、立てるまでに回復していた。

「エラン!」
 駆け寄り、顔を覗き込む。青ざめた唇から鮮血が溢れているのを見つけて、セリカは顔から血の気が引くのを感じる。
 続く言葉が見つからずにあたふたした。
 すると瞬く間に彼は倒れ込んできた。対するセリカは抱き抱えて尻もちをつくしかできない。
 濡れた感触が胸に伝わる。
 血の臭いに眩暈がした。動悸が速まり、頭が真っ白になる。

 そんなタイミングで、道の脇から物音がした。
 また魔物だろうか。嗚咽を堪えて、セリカは抱き締める腕に力を込めた。無駄なあがきだとわかっていても、守りたい、その想いだけは強固だった。

 ――がさり。
 草を踏みしめる音が軽い。虚を突かれ、つい顔を上げた。
(……女の子?)
 あどけなさの残る柔らかそうな頬っぺたと栗色の髪が特徴的な小柄な少女が、大きな茶色の双眸を限界までに見開いた。

「大変! その方、どうされたんですか!?」
 南の共通語だ。少女は脇目もふらずにこちらに駆け寄る。瞬間、彼女めがけて地面から歪な影が飛び上がった。
「だめ、逃げて!」
 セリカは必死に警告した。
 しかし少女は足を止めない。ふわりと長い髪を風になびかせ、微笑を浮かべて、「だいじょうぶですよ」と唇を動かす――

 また新たな物音がした。少女の通った後を追うように、長身の男が現れた。
 その男は成人男性の身長と同等の丈をした大剣を、信じられない速さで振るった。




ぃやっほう! この展開はミスリア本編44話を書いてた辺りかちょっと前に考えてました。

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