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一 - f
2017 / 02 / 27 ( Mon )
 ヌンディーク公国首都ムゥダ=ヴァハナは、公宮に近付くほどに上品そうな空気感を湛えるようになった。
 道中に見てきた下町とはまるで違う。ちなみにこれまでに通り過ぎた地区の建物の密集ぶりや路の賑やかさはどこか祖国ゼテミアンの首都を彷彿させたが、斜面に建てられている分、妙な開放感があった。

 宮殿周りの建築物は、本当にこの大陸の人間が建てたのかと疑問に思うほどに異様な外観をしている。現代の主流であるはずの四角い外壁が見当たらない。どうやってあの形になるのか、屋根は丸かったり変な針が伸びたりしている。焼きレンガではなく干しレンガを使えばああなるのだろうか。
 大公の周辺は別世界――そういった部分もやはり祖国と同じに思えた。ゼテミアン公国の首都も、玄関を飾る巨大円柱などが特徴的な、旧い建築物がひしめき合うような場所だ。
 願わくば一度じっくりと町を観光してみたい。

(願ったところで、叶わないか……)
 夜の翼に追いつかれないように、御者は急いで馬車を走らせていた。最初こそ「あれは何?」の質問に答えてくれていた彼は、目的地に近付いた頃には相槌すらしてくれなくなっていた。
 緊張感が伝わってくる。遅れたのはセリカの所為なのだが、自分が咎められるのを怖れているのだろう。

(悪いことをしたな)
 門を通って少しすると馬車を降りた。
 燭台を持った初老の男性が、広大な前庭を彩る噴水の前に佇んでいる。ゼテミアン大使だ。彼の後ろに使用人らしき人影が数人控えていた。
 まずは挨拶を交わし、荷物を預けたり馬を休ませる手配などを済ませた。

「全く、すっかり暗くなっているではないか。何をちんたらやっていたのか。こちらは会談も終わったというに」
 大使が御者を責め立てる。二人の間に、セリカがサッと立ち入った。
「遅くなったのはあたしが寄り道をしたがったからよ。他の皆を責めないであげて」
「公女殿下……相変わらず、貴女は困ったひとです」
 初老の男性はあからさまなため息を吐いた。

「結果としては無事に着けたんだから、別にいいじゃない」
「無事に着けなかったら、誰かの首が撥ねられたかもしれませんぞ。以後、ご自分の振る舞いにもっと責任をお持ちください」
 ――あんたなんかに言われなくてもそれくらいわかってるわ!
 腹の奥から湧き上がる怒りを飲み込んで、代わりにセリカは顔に薄笑いを張り付けた。

「ご忠告どうも。善処するわ」
 ふん、と大使は鼻で笑ったようだった。いくら生まれが上だからとこちらが粋がっても、父の側近である彼にしてみれば、セリカなど単なる世間知らずな小娘に過ぎない。
 悔しいが、この力関係は揺るぎない。

「先方と話も付きましたし、私はもう休みますぞ」
「そうなの、ご苦労だったわね」
 労いの言葉をかけつつ、依然として薄笑い。
 大使は踵を返しかけたが、途中で立ち止まった。伝え忘れた何かを思い出した様子である。

「ああそうです、ヌンディークの宰相殿が迎えに来ています。なんでも、殿下の為に晩餐会を催すそうですよ」
「……晩餐会?」
 セリカの笑みが僅かばかり崩れた。
「どうぞ、良い夜をお過ごしくだされ」
 大使は曖昧に笑ってから、それきり口を噤んだ。その背中を、セリカと侍女のバルバティアが追う。

(誰が何を催すって? あたしの為に?)
 正直のところ、結婚式までに誰とも会わせてもらえないものと予想していたので、それまでの時間を独りで自室で過ごすのだと勝手に思い込んでいた。
 それが、初日で晩餐会。そうと知っていればもっと急いで来たのに――。

 旅の疲れがあるのに今から猫被らなければならないなんて面倒だ、という気持ちが半分。残り半分は、どんな顔ぶれが来るのだろうか、と楽しみな気持ちがあった。更に言えば――許婚も来るのだろうか。
 十九歳のセリカラーサ公女は、夢見がちな乙女ではない。まだ見ぬ夫と運よく素敵な絆を築けるなどと、夢想したりしない。

(でも自分の人生だもの。何でもいいから楽しめる要素を見つけてこそ、生き甲斐があるってものよね)
 たとえば武術の特訓を付けてくれそうな義理の兄弟とか、親友同士になれそうな義理の姉妹とか。
(せめて婚約者があたしより腕の立つ男だといいな)
 そうであれば、仲良くなれずとも尊敬の念を抱ける。
 期待したい、けれども期待しすぎるのが怖い。逸る気持ちを抑えて、セリカは静かに歩を進める。

「公女殿下。ご存じですか」
 正殿に続く階段を上る間、大使がまた声をかけてきた。
「何を?」
「貴女の夫となられるのは、ヌンディーク公国第五公子です」
「…………そう」
 唐突に開示された情報を噛み締めんとして、その場で立ち尽くした。

(大公の五番目の息子。五番目か……ビミョーそうな立ち位置ね)
 その心境、果たしていかがなものであろうか。公位継承権を持たないのだから、男児にとっては張り合いの無い人生になりそうな気はする。
 きっとこの辺りの境遇は人格にも反映されていよう。
 ――やはり期待しすぎない方がいいのだろうか。

 セリカは目を伏せて心を落ち着けた。
 次に顔を上げた時には極上の微笑を浮かべて、階段の上で待ち受ける大使と宰相の元へと歩み寄った。

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