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一 - d
2017 / 02 / 22 ( Wed )
 黒染めの革の長靴を、眼差しでなぞる。膝当てまで付いているとは珍しいデザインだ、ちょっとかっこいいな、なんてぼんやり思った。

 視線は更に上った。裾を長靴に仕舞い込んだ黒いズボン。それを覆うのは、白く縁取られた紺色――膝丈の薄い羽織り物のようだが、左右のどちらかを上に重ねるのではなく身体の中央に緩く引き合わせる、見慣れないタイプだ。
 羽織り物を留める細いベルトは靴と同じ黒い革。そのベルトから細長いものが提げられている。美しい彫刻の施された鞘に見えた。

(あの大きさはナイフ、よね。股の上にこんな目立つモノをぶら下げる心理……)
 なんとも言えない気分になって、セリカは顔を上げた。
 半袖の羽織り物の下から覗くのは、ボタンをきっちりかけ合わせた詰襟の黒いシャツ。シャツは普通だが、羽織り物の仕様には稀なるものを感じた。ヌンディーク公国の人間はこんな服装ではなかった気がする――

「ぅわおっ」
 眼差しが交差した途端、喉から変な声が漏れ出た。ずっと片足立ちの体勢を保っていたことを身体が突然思い出したのか、腰から力が抜けた。
(スカートじゃなくてよかった!)
 開いた脚をすかさず閉じる。旅装として履いていた麻ズボンに感謝した。同時に、見知らぬ他人を随分とジロジロ見ていたのだと今更ながら思い出す。
 とりあえず謝ろうと思って、相手を見上げた。

 青灰色の瞳とまた目が合った。と言っても左目だけだ。浅い筒みたいな変わった形の帽子から流れる布に、顔の右半分が隠れている。
 青年はこちらを見下ろすだけで助け起こそうとしない。無関心そうな表情を浮かべている。

(こいつ、いつから居たの)
 何故話しかけもせずに突っ立っていたのか。理由もなく人を驚かせるのは、あまりに礼節に欠ける。不審者かと警戒しながらセリカは立ち上がった。青年はやはり微動だにしない。

 正面から見据えて、また驚くこととなる。
 なんと目線の高さが同じくらいだった。差は一インチ未満だろうか、首を曲げることなく対応できる。
 確か、ゼテミアンの女は大陸中の他の国よりも平均身長が高いと言われていた。

(本当だったのね)
 とはいえ、セリカは知り合いの女の中では背が決して高くない方だ。きっとこの青年こそ、平均より低いのだろう。
 立ち話をしながら人を見上げることはよくあっても、ありのままで目線が合うのは新鮮だった。そのせいか、いくらか毒気が抜ける。

「惜しかったな」
 やがて、気だるげに青年が言った。低めの声で、丁寧で聴き取りやすい発音の共通語だ。
「え、何がよ」
 一方、セリカはつい突っかかるような語調で応じた。

 すぐには答えず、青年が首を巡らせる。その弾みで、彼が左耳に着けている涙滴型の装飾品が目に入った。
 銀色のチェーンから垂れる大きな涙。暗めの群青色に、白い斑模様と金の斑点が浮かんでいる。
 こういった不純物の多い石はラピスラズリと呼ばれず、別の名があったはずだ。それが何だったのか、思い出せそうで思い出せない。

(流石は宝石大国、ヌンディーク公国ね)
 その辺を何気なくほっつき歩いている若者ですらこんなにも美しいアクセサリーを身に着けているものなのか、と感心せざるをえない。或いはそれなりの家柄の者なのだろうか。見慣れない服装だけれど、身なりは綺麗だ。

「……的を射る練習はしていても、生き物を狙ったことが無いだろう」
 青年の視線の先を一緒に辿った。先ほどヤマウズラを外して空しく地面に突き刺さった矢が、そこにある。
 馬鹿にされているのだと、遅れて理解した。
「あっ――る、わよ! 勝手に決めつけないでくれる!?」
 矜持が傷付けられた反動が頭の中で跳ね回る。セリカはずかずかと矢の傍まで歩いて、ひと思いに引っこ抜いてみせた。

「鳥は、頭を上げた時に人間(おまえ)の匂いを捉えていた。あの後また餌に夢中になったように見えたが、警戒心が残って、俊敏に避けることができた。風上に立ちながら匂いを十分に消さないのは、初心者のやりそうなミス――」
「初心者で悪かったわねえ!」
 腹立たしい。背後から淡々と理屈をこねていないで、いい加減に黙ってはくれないだろうか。

「そんなに言うならあんたが射止めてみなさいよ」
 セリカは青年の真正面まで戻って、ずいと弓矢を両手で押し付けた。
 瞬きひとつせずに彼はそれを見つめ、無理、と返した。

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